『百田尚樹『殉愛』の真実』の宝島社が今度は『日本国紀』の検証本を出版! 保守派の歴史学者・秦郁彦が百田の詐術を

8月31日(土)23時55分 LITERA

『百田尚樹『日本国紀』の真実』(宝島社)

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 7月に出版した新作小説『夏の騎士』(新潮社)を最後に「作家引退」を宣言した百田尚樹センセイだが、周知の通り、その後もTwitterでは安倍政権擁護やリベラル派バッシングを日々繰り返すなどご健在。“嘘八百田”の愛称で親しまれているセンセイのこと、しれっと小説にカムバックするのも時間の問題のように思えるが、当面のところは“極右安倍応援文化人”のお仕事をメインにしていくらしい。


 そんななか、百田センセイの“作家としてのお仕事”をキツーく点検する一冊が、このたび発売された。『百田尚樹『日本国紀』の真実』という本だ。


 タイトルでピンと来た人もいると思うが、これは例の“エセノンフィクション”こと『殉愛』(幻冬舎)のウソを徹底的に暴いた『百田尚樹『殉愛』の真実』(以下「殉真」)と同じ、宝島社が出版したものである。


 角岡伸彦氏や西岡研介氏ら“本物”のノンフィクションライターやジャーナリストたちが取材・執筆した「殉真」をめぐっては、故・やしきたかじんの妻で『殉愛』の“ヒロイン”である屋敷さくら氏から裁判を起こされたが、裁判所は一審・二審ともに原告さくら氏側の訴えを全面的に棄却(上告せず確定)。ひるがえって、「殉真」の信頼性と『殉愛』の嘘デタラメに司法のお墨付きを与えるかたちとなったことは記憶に新しい。


 ようするに、そんな百田氏にとって目の上のタンコブであろう宝島社が『殉愛』に続いてメスを入れたのが、あのベストセラー“コピペ事故本”こと『日本国紀』というわけなのである。


 今回の『百田尚樹『日本国紀』の真実』(編・別冊宝島編集部。以下『日本国紀の真実』)では、世間で大きな批判をあびた「Wikipediaからのパクリ」問題の詳細な再検証はもちろんのこと、版を重ねるごとにコッソリ修正された50カ所以上の「正誤表一覧」(1刷と9刷を比較)も掲載。さらに“スター作家・百田尚樹”を作り出した見城徹・幻冬舎社長の「製造者責任」にも切り込むなど、丁寧な検証と鋭い論考が盛りだくさんだ。


 だが、そんな同書のなかでも一際目を引くのが、近現代史家の秦郁彦氏へのインタビューだろう。保守派の歴史専門家だが実証的な研究や実績で知られる秦氏は、あの『日本国紀』をどう読んだのか。その口から出てくるのは、冷静ながらも辛辣な言葉の数々だ。


 秦氏は『日本国紀』について〈古代から中世、明治維新のころまでは、まあまあ無難に書いてある〉としたうえで、〈しかし昭和に入ってくると、思い込みやイデオロギーが強く入ってきて、もっと疑問を持って書いてもらわなくてはならないところが、そうなっていない〉と指摘する。その一例としてあげるのが、南京事件(南京虐殺、あるいは南京大虐殺)をめぐる記述だ。


●秦郁彦が百田尚樹「『南京大虐殺』はなかった」の嘘とトリックを一刀両断


 百田センセイは『日本国紀』のなかで、5ページも紙幅を割いて〈客観的に見れば、「『南京大虐殺』はなかった」と考えるのがきわめて自然である〉と書いている。


 一応、紹介しておくが、『日本国紀』のロジックは、民間人を便衣兵(扮装した兵士)と間違えて殺したかかもしれないが〈こうしたことが起こるのが戦争である〉と正当化したり、〈占領される直前の南京市民は二十万人である〉が〈日本軍が占領した一カ月後に南京市民が二十五万人に増えている〉から虐殺されたわけがないとか、南京事件を最初に伝えたオーストラリア人記者・ティンパーリは〈実は月千ドルで雇われていた国民党中央宣伝部顧問であったことが後に判明している〉からでっちあげだ、というようなものだ。


 しかし、著書『南京事件 「虐殺」の構造』(中公新書)において史料や証言から「南京事件による被害者は約4万人」と結論づけた秦氏は、百田センセイの「大虐殺はなかった」論を〈昔から「幻派」や「なかった派」が駆使する定石の手法で、特に新しい解釈や主張はありません〉と否定的に一刀両断する。たとえば「便衣兵誤認説」に関してはこうだ。


〈南京事件でもっとも大規模な不法殺害行為のひとつとされるのが、金沢の歩兵第7連帯による約7000人の掃討作戦で、これは戦闘詳報(戦時中の公式報告書)に戦果として記録されています。〉
〈厳密に言えば、しかるべき手続きを経ていない便衣兵の殺害は、国際法では認められていません。先ほどの掃討作戦は「便衣兵の狩り出し」だったわけですが、民間人か、便衣兵かの判別はかなりいい加減なもので、捕虜収容所が用意されているでもなく、軍律会議にかけられることもなく殺害されました。当時の部隊の指揮官は「作戦行動として動いているわけだから、やましいことはしていない」という感覚で、多数の民間人が便衣兵とともに揚子江岸で銃殺されたことは間違いありません。〉(『日本国紀の真実』より、以下同)


「南京人口増加説」についても、秦氏は〈定番のロジックで、あまり詳しくない人を信じさせるのに有効なトリック〉として、その欺瞞をこう解説している。


〈当時の南京の難民区(安全区)は、南京城のなかの8分の1の面積でした。〔引用者注:「なかった派」は〕それを全南京の人口と錯覚させるんです。南京の住民はすべてこの区域に集まっていて、他は空っぽ、無人だったというんです。〉
〈南京市の人口調査については、1年前の1936年(昭和11)の時点で約100万人(南京市政府行政統計報告)という数字があります。この間の人間の出入りは激しくて、正確な数字は算定できないのです。〉
〈では結局南京市に何人いたのかと聞かれれば、正確には分からない。ただ言えるのは、常識的に考えれば20万人以外の市民がなかったとは考えにくいということですね。『日本国紀』にはこうした一般の人が飛びつきやすいトリックが多く含まれています。〉


●『日本国紀の真実』は「百田尚樹」そのものを再検証し、世の中に問う書だ


 また、『日本国紀』で書かれている前述の“中国国民党とティンパーリ陰謀論”についても、秦氏はそのペテンを喝破する。


〈また彼〔引用者注:ティンパーリ〕は英紙マンチェスター・ガーディアンの中国特派員でしたが、〔南京大虐殺に関する〕本を出した動機は義憤であり、また中央宣伝部の顧問になったのは本を出した後のことです。そうした事実を伏せて、鬼の首を取ったように「ティンパーリはお金で買収された中国のスパイだった」というのは、これも予備知識のない人が飛びつきやすいトリックですね。〉
〈自力で本を出して、それが話題になったことで、中国側は利用価値があるとして顧問に招き入れたという経緯です。最初から南京大虐殺を喧伝しようと中国側と手を組んでいたかのように書くのは誤りです。〉


 秦氏も指摘するように、『日本国紀』のとりわけ近現代史の記述は、従来から歴史修正主義界隈で多用されてきたインチキのリバイバルにすぎない。だが、これが(Wikipediaからを含む)大量の「日本スゴい!」的な叙述のなかに組み込まれることで、そのインチキを無防備な読者が誤って受け入れてしまうという仕組みになっている。そして、最終的に安倍政権による9条改憲に賛成するように誘導する。それが『日本国紀』という本の本質だ。


 その構造自体は、本サイトでも発売された当初から再三指摘してきた(参考記事https://lite-ra.com/2018/11/post-4381.html)わけだが、宝島社の『日本国紀の真実』は、それをあらためて多角的に浮き彫りにしている。


 さらに、同書には『殉愛』を巡る裁判(たかじんの長女や元マネージャーが幻冬舎らを訴えた民事訴訟。いずれも被告の敗訴確定)における、百田氏の法廷証言も鮮明にレポートされている。「殉真」の著者のひとり角岡氏によるもので、これを読めば、いかに百田尚樹という作家が無責任で「虚言」を垂れ流す人間であるかがハッキリするというものだ。その意味では、同書は「百田尚樹」そのものを再検証し、世の中に問うているとも言える。


 極右トンデモ発言やヘイトデマ、挑発的な暴言ばかりが注目される百田センセイだが、『殉愛』と『日本国紀』の騒動によって、作家としても完全にメッキがはがれた。“嘘八百田”の「引退宣言」ほど信頼できないものはない。平然とカムバックを許す前に、いま一度、この人の存在を徹底して総括する必要がある。もちろん、本サイトもその言行をチェックし続けるつもりだ。
(編集部)


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