女性下着5000年史 「シェンティ」が「パンティ」になるまで

9月4日(水)16時0分 NEWSポストセブン

ローマ時代の別荘跡に残るモザイク画(写真/akg-images /AFLO)

写真を拡大


 人類はいったいどんな下着を着けてきたのか? 女性の下着、パンティの歴史は古く、紀元前3000年頃の古代メソポタミアの壁画などで見られる、腰に巻いた布がルーツとされる。古代エジプト(紀元前2700年頃〜)では「シェンティ」と呼ばれた腰布が着用されていた。シェンティは革紐をベルトとして腰布を固定したもので、衣服として着用された。この時点ではまだ上着と下着の区別はついていなかった。


 やがてシェンティや薄い布の上に、別の衣服を身につける習慣が生まれた。そうして「下着」の概念が生まれるようになる。


 紀元前7世紀の古代ギリシアでは、胸を保護する「アポディスム」と呼ばれる胸帯がブラジャーのように使用されていたようだ。当時、同様のものは世界各地で使用されていたとされる。


 紀元前8世紀の帝政ローマでは、パットのように布で詰め物をして着用する胸帯状の「ストロピウム」や、アンダースカートとしての「カスチュラ」が着用されていた。この時代の娼婦はカスチュラを穿き、宝石のついたリボンで太ももを装飾し男性を誘惑していたという。下着は徐々に性差を表わし始めていった。


◆バストやウェストを締め上げたコルセット


 5〜10世紀頃の中世ヨーロッパ前期にキリスト教がヨーロッパに広がると、聖職者たちが女性たちを戒律により束縛しようとした。胸の膨らみははしたないものとされ、バストやウェストを締め上げ、胸の膨らみを抑える「コルセット」が誕生する。


 中世を経て14〜16世紀のルネサンス期になると、コルセットは、乳房を下から持ち上げバストを強調し着用するものに変化する。女性の下半身はドレス(スカート)を着用していたが、当初スカートの中は何も着けない「ノーパン」状態だった。


 衛生上の問題や、乗馬の際に捲れ上がり陰部が露出してしまうなどの弊害から、男性のズボンから着想された「カルソン」というステテコのようなズボン状の下着が誕生する。しかしカルソンは「女性が男性の服装を真似ることは悪魔的である」とする風潮などで一旦廃れてしまう。


 女性が再びズボン状の下着を穿くようになるのは1789年に起きたフランス革命が契機とされる。テレーズ・カバリュスという女性が、コルセットに代表される身体を締め付ける伝統的な宮廷ファッションに異を唱えたことで、逆に布地が薄く、緩やかでゆったりとした開放的な装いが流行する。その下には腰から足首を覆うズボン状の「パンタレット」を穿いた。その丈はキュロットのような膝丈になり、さらに短くなっていった。これが現在の「パンティ」の源流とされている。


 一方胸部の下着は、1889年、フランス人女性・エルミニー・カドルが、コルセットを腰とバストの部分で分割・独立させた下着を開発する。また1914年にはアメリカ人女性のメアリー・フェルプス・ジェイコブがコルセットに替わるものとして特許を取得した、「BRASSIERE(ブラジャー)」が誕生した。第一次世界大戦の時期において女性も貴重な労働力とみなされ社会に進出。女性の下着は動きを補佐する役目を求められ、ブラジャーは一般に普及した。


「ズボン状の下着」としてスタートしたパンティの系譜は、足首丈から、膝丈と徐々に面積を小さくしていき、1938年頃に子供の下着だった「プチ・バトー」という短いパンティが大人の間にも広がりを見せ、現在までショーツとして使用されている。複雑な仕組みの窮屈な下着の時代は、ブラジャーとパンティの登場によって終わりを迎えるのだった。


◆取材・文/山田鍵


※週刊ポスト2019年9月13日号

NEWSポストセブン

「下着」をもっと詳しく

「下着」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ