「コロナフリー」を目指すニュージーランドの、日本のメディアが伝えない不都合な真実
2021年9月8日(水)6時0分 キャリコネニュース
最大都市オークランドで新型コロナウイルスの市中感染が確認されたのを受けて、8月17日、ニュージーランドはおよそ1年半ぶりの全国的ロックダウン(都市封鎖)に突入しました。
当時確認された感染者数は、わずか1人だけ。にもかかわらずロックダウンに踏み切る政府の強硬姿勢は、国内でも驚きをもって受け止められました。
新型コロナウイルスを排除するためには厳しい措置をも辞さないニュージーランド政府、そして国を率いる若き女性宰相ジャシンダ・アーダーンの姿は、日本のSNSの一部では羨望の目で見られているようです。
しかし、ニュージーランドがここまで「コロナフリー(コロナのない社会)」にこだわるのには、決定的な理由があるのです。また政府が繰り返すロックダウンにも、大きな代償が伴っています。
今回の記事では、日本のメディアが報じない、ニュージーランドの不都合な真実についてお伝えしましょう。
「コロナフリー」を目指すのは、すでに医療崩壊しているから人口約500万人のニュージーランドの医療体制は非常に貧弱です。公立の病院は予約が3ヶ月待ちや半年待ちになることもザラで、まともに機能していません。
入院のための病床数も、日本が1000人あたり12.8床なのに対し、ニュージーランドではたったの2.5床と、日本のおよそ5分の1しかありません。(※1)
これには、独特の医療システムが関係しています。ニュージーランドでは体調が悪くなっても日本のように内科や外科の専門医にすぐ診察してもらえるわけではなく、まず「GP(General practitioner 一般開業医)」と呼ばれる「かかりつけ医」に行かなければいけません。
GPが診察を行い、より細かい診断が必要と判断されれば紹介状が出され、そこで初めて専門医の医療を受けたり、入院したりできるようになります。そのため、病床数が日本に比べて極端に少ないというわけです。
ちなみに地元民の間では、「GPはどんな症状でも痛み止めだけ出して終わり」と冗談交じりによく言われています。
いわば、平時からすでに医療崩壊しているようなものなのです。このような状態でコロナと共存する選択肢が取れるはずもありません。
ニュージーランドが日常生活を維持するには、コロナを撲滅するしか方法がありません。世界トップクラスの医療制度を誇る日本とは、社会背景が大きく異なるのです。
ロックダウンによって貧困層の失業率が上昇昨年6月、ヴィクトリア大学ウェリントン校の研究チームが、ロックダウンがニュージーランドに家庭に与えた経済的影響をまとめた報告書を発表しました。
それによると、昨年のロックダウン前とロックダウン中において、世帯年収が3万NZドル(1NZドル=約78円)を切る層の失業率が著しく増加しています。
具体的には、ロックダウン前は22%だった失業率が、ロックダウン中は38%にまで上昇しました。その一つ上の年収帯の3万〜5万NZドルのグループ(6%→14%)と比べても、上昇幅の差は明らかです。
原因としては、貧困層ほど肉体労働や小売、外食業など、リモートワークに切り替えるのが難しい仕事に従事していることがあげられるでしょう。高年収の仕事はオフィスワークが多く自宅勤務も可能なため、ロックダウンの影響を受けにくかったと推測できます。
長期間のロックダウンは貧困層の経済的体力を着実に奪い、貧富の差を広げていくことが明らかになったのです。
一週間のロックダウンで、約1489億円の損失が発生する家庭レベルだけでなく、社会経済全体にロックダウンが与える影響も無視できません。
今年8月にニュージーランドの大手銀行ASBが試算したところによれば、ニュージーランド全土が警戒レベル4のロックダウンになった場合、一週間で19億ドル(約1489億円)もの経済的損失が出るそうです。これは年間GDPのおよそ0.5〜0.6%に相当します。(※2)
ロックダウンにあたり、政府は雇用維持のために企業への補助金を給付しましたが、その支払額も今年8月までで4億8000万NZドル(約375億円)以上に膨れ上がっています(※3)。新型コロナウイルスを抑え込むにはロックダウンしかないとはいえ、その経済的代償は無視できないのです。
今のところ封じ込めには成功していますが、今後さらに感染力の強い変異種が出てきたときにロックダウン戦略が通じるのか、またそれに耐えうるだけの財力がニュージーランドに残されているのかは大いに懸念されます。
ちなみに東京大学の試算では、1回目の緊急事態宣言と同じくらい人流と経済活動が低下し、それが1ヶ月半続いた場合、年間およそ1兆5000億円の損失が出るそうです。(※4)
コロナを克服したように見えるニュージーランドでも、その背後では少なからず犠牲を払っています。今回お伝えしたような事実を踏まえた上で、それでもニュージーランドのような厳しいコロナ対策を望むか否か、あらためてお考えいただければ幸いです。
【筆者プロフィール】はっしー
ニュージーランド在住のウェブライター。日本のIT業界の激務に疲れ果て、残業のない職場を求めて2014年にニュージーランドへ移住する。現地企業のプログラマーとして4年半勤めたのち退職。現在はライター業のほか、将棋教室運営、畑の草むしりなどで生計を立てている。
※1 OECD Dataより
※2 地元メディアNewshubより
※3 地元メディアStuffより
※4 テレ朝newsより