「ウスムラサキホウキタケが並ぶと本当に嬉しくて……」きのこ狩り名人の愛はすごかった

9月19日(木)19時30分 文春オンライン

 金沢市から車で1時間と少しの白山国立公園の近く。道路でくつろぐサルの群れに邪魔されつつ、山中の道を車で進む。サルたちは大人しく道からどいてくれたものの、すぐにカーブを繰り返す山道なので、何度も同じ群れと出くわすことになる。


 車から降りた瞬間、山椒の匂いが鼻をついた。今回、きのこ狩り取材にご同行いただいた名人・大乗文子(おおのり・ふみこ)さんによれば、このあたりは「出作り」と呼ばれる春から秋にかけて山中で生活するための小屋があった場所で、その周囲には山椒やミョウガといった作物が植えられていたためだという。



きのこ狩り名人・大乗文子さん


きのこの下にはヘビが隠れていることも


 名人は柄の長い「きのこ鎌」を時に杖がわりにして進む。きのこやきのこの周囲の草を刈ったりする他、大きなきのこの下にはヘビが隠れていることがあるので、これで周囲の地面を突いて確認したりと、大乗さんのきのこ狩りには欠かせない存在だという。



 大乗さんによれば、このところまだ気温30度に達する日が続いて乾燥しており、例年よりもきのこが生えていないという。毎年9月下旬から約1か月間がきのこ狩りの最盛期で、このあたりの山では両手で抱えるほどのサイズの舞茸やなめこがとりわけ人気だ。


刺されるとスズメバチよりも痛い


 筆者らが回ったポイントは、1週間前は猛毒のドクツルタケがたくさん生えていたというが、この日はドクツルタケによく似たシロタマゴテングタケを何本か見かけた程度だった。白く美しさを感じさせるきのこだが、これも猛毒で知られている。



 電力会社の送電塔近くに出ると、後ろから羽音が聴こえた。振り返ると、目の前には巣に群がるハチたちが。大乗さんによれば、刺されるとスズメバチよりも痛いという。山に足を運ぶことは、危険な動物と遭遇する可能性も付き物だ。




クマはお互いに気がつかないと危ない


 山の危険な動物といえば、最近ニュースになることの多いクマについても聞くと、やはり山で遭遇することがあるという。


「目が合わない距離だけど、クマがいると下で音立てるようにしていますね。連れがいたらワーワー大きな声でしゃべるとか、そこらへんのものを叩いて音出すとか。木の葉が擦れる音とかでお互い聞こえないことがあるんですね。そういう時にこっちで人間が来たと知らせてやると、向こうも避けてくれる。とにかく自分が来たと物音を立てることを心がけています。お互いに気が付かないと危ない」



 きのこ狩りの最中、大乗さんの携行する鈴の音が辺りに響いていたし、筆者らと会話を絶やさなかったせいか、幸いなことにクマとの遭遇はせずに済んだ。複数人できのこ狩りをすることはクマを防ぐ他にも、複数の目で様々な方向に目が行くので、きのこが見つかる可能性が高まるそうだ。


 取材前は厳しい藪の中を進むのも覚悟していたが、歩きやすい道を進むことが多かった。山に慣れない我々への配慮かとも思ったが、大乗さんによれば、きのこも人間と同じで木漏れ日照らす風通しの良い場所を好むという。また、下草が刈られるなど、人の手が入った場所がいいとのことだから、歩きやすい道なのは必然なのだろう。



硬い柄を持つ大きなアカヤマドリが見つかった


 筆者は地面に目を凝らして進んでいたが、名人は時に木々にも目を向けていた。名人によれば元気な木にきのこは生えず、枝が2、3本ほど折れ始めてから「見所がある」という。だが、最近は木々の植生も温暖化の影響からか変わってきているという。12月に雪が降らないこともあり、きのこの生える時期も変わっており、きのこのピークが徐々に後ろ倒しになっているという。


 毒きのこや価値の低いきのこが続く中、硬い柄を持つ大きなアカヤマドリが見つかった。虫に喰われやすいきのこで、これも少し虫に喰われていたが、それでも食べられるという。煮物に入れるとカボチャのような色が汁に移るので、カレーの様な色の濃いものに入れるのがいいそうだ。



 見つからないと言う割には、1時間という短時間で次から次へときのこを見つける名人。しかし、舞茸やなめこ、椎茸といった地域の人も採るものを別にして、それ以外のきのこを採るようになったのは、成人後だいぶ経ってからだそうだ。そのきっかけは、松が生えていない場所でマツタケを見つけたことだという。



「松のない所にマツタケなんて信じられないでしょ? でも、これマツタケだからと家に持って帰って、『さあこれどうしよう』って時に、金沢に池田先生というきのこの本書かれている先生がいらして、電話番号調べて電話をかけたら『持ってらっしゃい』と言われ、持っていったら説明してくれて、そこで『2年前にきのこ会を立ち上げたので貴方たちもきのこ知りたかったらどうぞ』と。それで地元のきのこ会に入会して現在に至ります。それが20年前」


「食べれる食べられないは関係ないんですよ、私は」


 このマツタケとの出会いをきっかけにして、きのこ会のメンバーと一緒に山に分け入り、きのこを採っては先生に説明してもらったという。北陸各県にはきのこ会があり、同好の士がさまざまな情報交換や「ツアー」を行っている。「同好会みたいなものですね。みんながきのこを持ち寄ると、毎回新しい発見があるんです」と名人は笑いながら語る。



 また、きのこを探す楽しみは、なにも食べることに限らないと名人は語る。


「食べれる食べられないは関係ないんですよ、私は。こういうきのこがあったのか、って。それが一番うれしい」


 珍しいきのこに出会えると、名人も嬉しくなる。中には十数年に1度という激レアなきのこもあるという。


「2年ほど前にコウボウフデという珍しいきのこが山ほどあったんです。ちょっと青黒いキノコなんですけど、沢のあたりからいっぱい生えてて。十何年前に1回採ってきたら先生に『珍しいきのこをありがとう』と言われたのが、それっきり見てなかったのに、2、3年前に再び出ていたんですよ。たくさん生えていたので、これだけ見たら『やや稀』なんて思わないでしょ」



「食べてどうじゃなくて、見た目でやったーと思うね」


 そんな名人が見つけて一番嬉しくなるきのこを聞いた。


「ホウキタケ。サンゴみたいなきのこ。舞茸は美味しいけれど、普段から採っているからあまり感激しない。ウスムラサキホウキタケが並ぶと本当にサンゴなんですよ。紫のサンゴ。あれは楽しい。綺麗だし、軸が真っ白で、サンゴの枝がまだ若いホウキタケは綺麗ですよ。食べてどうじゃなくて、見た目でやったーと思うね。私自身が嬉しい」


 ウスムラサキホウキタケが手元の図鑑に載っていなかったので、名人に言われて検索すると、燃え上がるような淡い紫が印象的な美しいきのこだった。名人が興奮するのもわかる。



「山から採ってきたものは“山分け”です」


 きのこ狩りが趣味の名人だが、きのこを売るようなことはないという。


「私は皆さんに自分が食べて絶対安心というものだけを採ってきただけあげます。それ以外は冷凍試すとか実験をやったりして大丈夫だったら食べてもらうけど。山から採ってきたものは“山分け”です」


 だから、楽しみはきのこを採るにとどまらない。


「3年くらいまえに『うちの山ちょっと見てくれる?』と言われた時にね、日当たりいいし良い山なんですよ。『この下の木を手入れしたら色々なきのこ生えるよ。この山良い山だから』と言ったら、本当に去年すごいことになった。誰かに見せたいってくらい、マツタケが出て……。言った通りになった時は嬉しかった」


 1時間ほどのキノコ狩りの収穫は、アカヤマドリ2つに留まった。なお、別行動をしていたグループは、いずれも食べられるムラサキアブラシメジモドキやウスヒラタケを採ることができたという。




 名人はきのこの他に山菜も採る。だが、きのこは山菜と比べても難しいという。


「山菜は早い遅いが分かるし、ある場所も決まっているけど、きのこは気候にものすごく左右される。きのこの場合は、本当に難しいんだよと知ってもらいたい」


一番美味しいと思うきのこは……


 きのこ狩りの帰り、山野草を探すために寄り道をしたところ、道路脇できのこを見つけた。名前だけは多くの人が知っているだろうオオワライタケ。立派で食べられそうに見えるが、食すと幻覚などの神経症状を引き起こす毒きのこだ。毒抜きをして食用にする方法も一部にはあるようだが、「わざわざ食べるほどのものでもないと思うけどね」と名人は笑う。いずれにせよ、危険なきのこは身近にも生えていることを教えられた。



 そんな名人が美味しいと思うきのこを聞いてみたところ、一瞬間をおいた後、こう答えた。


「しいたけ(笑)。私、しいたけは万能だと思っているの。いつでも手に入って、いろんな料理に使っても抵抗ないし、冷凍しても干しても使える。しいたけに関しては、天然と養殖で味に差は感じない」


 いちばん美味しいきのこは、我々の身近にあったということか。


 これから10月にかけて、白山周辺はきのこのピークを迎える。食べるだけに留まらないきのこの魅力を求め、今日も名人は山に向かうのだろう。



※きのこ狩りは必ず知識のある人と一緒に行うか、鑑別できる場所で確認を行いましょう。


写真=山元茂樹/文藝春秋

取材協力:白山ろくスローツーリズム研究会



(石動 竜仁)

文春オンライン

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