イグノーベル賞は排泄物がお好き? 涙を誘う大研究

9月21日(月)6時0分 JBpress

オンラインで開催された2020年イグノーベル賞授賞式でのマーク・エイブラハムズ氏。(画像:Improbable ResearchのYouTubeより)

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(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2020年9月18日(日本時間)、恒例イグノーベル賞の授賞式がオンラインで開催され、今年も、「こんなことを大真面目にやっている人がいるのか」と世界の多様性に驚かされる10の業績が発表されました。

 これらの受賞業績は、イグノーベル賞に面白おかしく取り上げられていますが、科学的な背景を持つ歴(れっき)とした研究だったりします。(そうでもないものもあります。)

 ここで私がサイエンスライターとして、10本の受賞研究が何を意図して何を明らかにしたものなのか、すべて原論文にあたって紹介しましょう。


イグノーベル賞とは

「人々を笑わせ、それから考えさせる業績」に対して授与されるイグノーベル賞は、1991年、雑誌編集者で会社経営者(当時)のマーク・エイブラハムズ氏(1956-)によって創設されました。

「イグノーベル(Ig Nobel)」は「下品な」とか「不名誉な」を意味する「ignoble」と「ノーベル(Nobel)賞」をかけた駄洒落で、つまり「下品なノーベル賞」あるいは「不名誉なノーベル賞」を意味します。

 授賞式はいつもならハーバード大サンダースシアターで執り行なわれ、紙飛行機が舞ったり、持ち時間をオーバーした講演を係の少女が情け容赦なく断ち切ったりする光景がみられるのですが、今回は諸事情によりオンラインでの開催となりました。


ヨウスコウワニはドナルドダックの声で鳴くか?

イグノーベル音響学賞
受賞者:ステファン・レーバー、西村剛、ジュディス・ヤニッシュ、マーク・ロバートソン、テカムセ・フィッチ(オーストリア、スウェーデン、日本、アメリカ、スイス)
受賞理由:ヘリウム入りの気密室でヨウスコウワニ(メス)を鳴かせたこと*1

 日本人はイグノーベル賞の常連ですが、今回は京都大霊長類研究所の西村剛准教授が受賞しています。

 鳥をはじめとする、異性を鳴き声で呼ぶ動物では、その鳴き声に含まれる共鳴周波数(フォルマント)が、その個体のサイズを表していることがあります。体が大きいと発声器官も長く、声が低くなり、すると異性に強くアピールするという原理です。(ヒトにあてはまるかどうかは知りません。)

 ワニも鳴き声で異性に呼びかける動物です。この研究は、世界で初めてワニの発声原理を調べたものです。

 実験方法として、ワニを空気中とヘリウム中で鳴かせて、その声の高さを比べます。

 ヘリウム中では音速が空気中よりも速いため、波長が同じ音でも、周波数が上がり、高くなります。ヘリウムを吸うと声が甲高くなる現象が知られていて、これは「ドナルドダックボイス」と呼ばれます。

 しかし一方、物体を叩いて出すような音の高さは変わりません。ヘリウム中ではリコーダーの音は変わりますが、シンバルの音は変わらないのです。

 したがって、もしもワニが(器官を叩いたりするのではなく)声帯に類する器官を使って鳴いているならば、ヘリウム中では鳴き声の周波数が変わるはずです。

 こうして実験したところ、ワニもヘリウム中では甲高いドナルドダックボイスで鳴くことが分かりました。つまり、ワニは声帯のような器官を使って鳴いていて、そのために声で体の大きさが(ワニの異性には)分かるのです。


ナルシストは眉で分かる・・・のか?

イグノーベル心理学賞
受賞者:ミランダ・ジャコミン、ニコラス・ルール(カナダ、アメリカ)
受賞理由:ナルシストを眉で判断する方法の考案*2

 ナルシストは一見魅力的だったりしますが、その対人関係や振る舞いはネガティヴなので、避けるべき存在です(私の意見ではなく、原論文の記述です)。

 これまでの研究では、人々がナルシストを判別して避けることができることは分かっていましたが、何をもって判別しているのかは不明でした。

 この研究によると、その鍵は眉毛でした。

 まず実験対象者にアンケートに答えさせて、その人のナルシスト度を測ります。次にその顔写真を加工したり細工してから別の被験者に見せて、ナルシストかどうか当ててもらいます。

 すると、被験者は結構うまく、写真の主がナルシストかどうか当てるのですが、眉を細工した場合には正解率が下がるということです。

 なんだか今度は「ナルシストに見られないアイブロウ」が流行する予感がしますね。


ピンポンダッシュ戦争

イグノーベル平和賞
受賞者:インド政府とパキスタン政府(インド、パキスタン)
受賞理由:互いの外交官による夜中のピンポンダッシュ*3

 インドとパキスタンの不仲は国際的に知られています。時には核攻撃をほのめかして威嚇しあうほどです。

 2018年、両国の国境で軍事衝突が頻発し、緊張が高まりました。この時、イスラマバードのインド大使館とデリーのパキスタン大使館は、嫌がらせを受けているとそれぞれ訴えました。発表によると、車が尾行され、電気や水道が止められ、そして真夜中にピンポンダッシュを受けたということです。両国政府は相手に厳重に抗議しました。

 ところでこの行為は“surreptitiously ring each other’s doorbells in the middle of the night, and then run away before anyone had a chance to answer the doors”という長い英文で説明されていますが、これを日本語にすると「夜中のピンポンダッシュ」ときわめて簡潔に表すことができます。ピンポンダッシュは「侘び」「寂び」などと同様、日本文化特有の概念なのかもしれません。


それ、死んだミミズじゃダメなんですか?

イグノーベル物理学賞
受賞者:イヴァン・マクシモフ、アンドリー・ポトツキー(オーストラリア、ウクライナ、フランス、イタリア、ドイツ、UK、南アフリカ)
受賞理由:生きているミミズを高周波で振動させるとどんな形になるか実験*4

 物体に音を当てて振動させると、その表面は波打ち、独特の模様が浮かび上がります。これをミミズで行なった実験ですが、苦手な人には論文の写真は「閲覧注意」かもしれません。


キスは所得格差を表わす・・・?

イグノーベル経済学賞
受賞者:クリストファー・ワトキンス、ジュアン・デヴィッド・レオンゴメス、ジャンヌ・ボベット、アグニエスカ・ゼラズニヴィッツ、マックス・コーブマッハー、マルコ・アントニオ、コレア・ヴァレア、アナ・マリア・フェルナンデス、ダニール・ワグスタッフ、サムエラ・ボルガン(UK、ポーランド、フランス、ブラジル、チリ、コロンビア、オーストラリア、イタリア、ノルウェー)
受賞理由:さまざまな国における所得格差とキスの平均頻度の相関の定量化の試み*5

 ロマンティックな(原論文ママ)キスの文化が、国民所得、所得格差、病気の流行に影響をおよぼすかどうか調査した研究です。調査対象に日本は含まれていません。

 この調査によると、ロマンティックなキスを頻繁にする国では所得格差が大きいとのことです。論文では進化論を持ち出してその理由を説明していますが、私には理解不能でした。誰かに解説をお願いしたいです。


殺しのアウトソーシング

イグノーベル経営学賞
受賞者:奚广安、莫天祥、杨康生、杨广生、凌显四(中国)
受賞理由:この5人の殺し屋は、請け負った殺しを次々に下請けに出して、結局誰も殺しを実行しなかった*6

 受賞理由のとおりの事件です。彼らは殺人も合理的に処理する悪人だったのか、それとも小心者なのか・・・。


2本の余計な脚は大きな違いをもたらす

イグノーベル昆虫学賞
受賞者:リチャード・ヴィッター(アメリカ)
受賞理由:多くの昆虫研究者がクモを怖がるという証拠を採集*7

『アメリカ昆虫学誌』に掲載された、研究論文というよりエッセイです。

 昆虫研究者にアンケート調査を行ない、クモ恐怖症の昆虫研究者が存在することを示しました。回答者41人中、10人がクモ恐怖症と答えました。

 ただしクモ恐怖症の一般人と違って、クモに対して(スリッパなどを用いる)攻撃的な行動を取る昆虫研究者は見当たらなかったようです。


お蕎麦屋に行けません

イグノーベル医学賞
受賞者:ニーンケ・フーリンク、ダミアーン・デニス、アーノルド・ファン・ローン(オランダ、ベルギー)
受賞理由:長い間無視されてきた「音嫌悪症(他人が飲み食いする音が気になる)」を診断*8

 ある人々は、他人の咀嚼音や呼吸音などある特定の音を不快に感じ、攻撃の衝動を感じます。これは「音嫌悪症(ミソフォニア)」と呼ばれますが、これまで病気とは見なされていませんでした。

 この研究は42人の音嫌悪症患者を(ウェブサイトで)集めて調査したものです。音嫌悪症をひとつの精神障害としてあつかうことを提案し、その診断方法を示しています。

 赤の他人の咀嚼音や呼吸音なんか快く感じないのが普通だと思いますが、音嫌悪症患者は、仕事や授業を受けることが困難になるレベルで不快に感じるそうです。コロナ社会は案外快適に感じているかもしれません。


ひどいスパルタ教育

イグノーベル医学教育賞
受賞者:ジャイール・ボルソナーロ・ブラジル大統領、ボリス・ジョンソン英首相、ナレンドラ・モディ印首相、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール・メキシコ大統領、アレクサンドル・ルカシェンコ・ベラルーシ大統領、ドナルド・トランプ米大統領、レジェップ・タイイップ・エルドアン・トルコ大統領、ウラディミール・プーチン露大統領、グルバングル・ベルディムハメドフ・トルクメニスタン大統領(ブラジル、UK、インド、メキシコ、ベラルーシ、アメリカ、トルコ、ロシア、トルクメニスタン)
受賞理由:COVID-19の流行時、政治家は研究者や医者よりもただちに人の生死に影響を与えられることを世界に示した

 出典は「無数の記事・報告」とあります。痛烈な皮肉ですね。イグノーベル賞は時折、このように受賞者に対する批判の意をこめて贈られることがあります。

 なお、ルカシェンコ・ベラルーシ大統領は、今回が2回目の受賞です。2013年には、「公共の場で拍手することを違法とし、腕の片方無い男性をそれに反したとして逮捕したこと」によって、イグノーベル平和賞をベラルーシ警察と共同受賞しています。


嘘を訂正するには、嘘をつくことの何倍もコストがかかるのです

イグノーベル物質科学賞
受賞者:メティン・エラン、ミッシェル・ベッバー、ジェイムズ・ノリス、アリッサ・ペローネ、アシュレイ・ルツコスキー、マイケル・ウィルソン、メリー・アン・ラガンティ(アメリカ、UK)
受賞理由:凍結した人糞から作ったナイフは役に立たないことを実証*9

 論文のタイトルがそのまま受賞理由になっている珍しい研究です。

 人類学者・作家のウェイド・デイヴィスは、1998年の著作“Shadows in the Sun”の中で、イヌイットの老人が自分の排泄物を材料としてナイフを作り、犬を殺すエピソードを紹介しました。このエピソードは有名になり、学術文献にも大衆文化にも広く浸透し、使われました。

 しかし最近、デイヴィスの著作や作品には事実に基づかない記述が多々あることが指摘され、批判の対象となっています。

 この研究はそうした批判の一環で、人糞を使ってナイフは作れないことを実験で確かめたものです。

 研究は大学の生命安全委員会の承認を得て行なわれました。著者のひとり(エラン)は8日間にわたって高タンパクのイヌイット流食生活を送り、5日分の排泄物を採取しました。手や鋳型を使ってナイフを成形し、−20℃で凍結させました。論文付録にはこの工程が写真入りで掲載されています*10

 このナイフを用いて、同じく−20℃で凍らせた豚の皮、筋肉、腱の切断を試みましたが、ナイフは溶けるばかりで成功しませんでした。また、別の著者(ベッバー)も試料を供出して同じ実験を行ないましたが、やはりナイフは役に立ちませんでした。

 結論として、デイヴィスの紹介したエピソードは実行不可能でした。

 排泄はイグノーベル賞の得意分野で、その種の研究はこれまで何回も受賞しています。しかしそのほとんどはヒト以外の動物に関するものであって、このように人糞を直接こねくり回す実験は見たことがありません。かぐわしさに涙が出るほどの業績です。2020年イグノーベル賞のトリを飾るにふさわしいでしょう。

*1:https://jeb.biologists.org/content/218/15/2442
*2:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/jopy.12396
*3:https://www.theguardian.com/world/2018/mar/16/pakistan-recalls-envoy-from-india-harassment-claims-doorbell-ringing など
*4:https://nature.com/articles/s41598-020-65295-4
*5:https://nature.com/articles/s41598-019-43267-7
*7:https://academic.oup.com/ae/article/59/3/168/6813(閲覧注意)
*8:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0054706
*9:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352409X19305371
*10:https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S2352409X19305371-mmc1.docx(閲覧注意)

筆者:小谷 太郎

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