食べ歩きのプロ・マッキー牧元が惚れ込む根岸の名酒場『酒舗 鍵屋』とは?

9月24日(火)12時0分 食楽web

食べ歩きのプロ・マッキー牧元が惚れ込む根岸の名酒場『酒舗 鍵屋』とは?
年季の入った銅壷(どうこ)で付けるお酒は、米の丸みを一層引き出す。燗酒はすべて正一合550円 | 食楽web

 酒場とは、ただ酒を飲む場所、ではなくその場、そこに居る人、店主たち、それらすべての化学反応と相乗効果で「何か」が生まれる場所。そんな稀有な空間に、くまなく足を運んだであろう酒場の達人、コラムニストでありタベアルキストのマッキー牧元氏が“最愛の酒場”と呼ぶのが、根岸『酒舗 鍵屋』。氏がそこで享受した、その「何か」とは一体どんなものか、存分に語ってもらいました。

酒を通じて、目指すべき大人の姿を教えてくれる店

『鍵屋』で杯を傾けるマッキー牧元さん
『鍵屋』で杯を傾けるマッキー牧元さん

 タベアルキスト・マッキー牧元。還暦を過ぎて早数年、誰がどう見ても、立派な大人。しかし誰にも、若かりし頃はあります。今やどんな酒場であれ、もはや怯むことなどない氏。けれどかつては、酒場でも、人生においても、正真正銘の「未熟者」だったといいます。

 マッキーさんが初めて『鍵屋』を訪れたのは、30歳を迎えたばかりの頃。当時からタベアルキはしていたものの、とある会社の勤め人をしていた時で、仕事の悩みや、上司への不平不満をボヤく日々だったとか。そんな折、かねてより訪れたいと思っていた老舗酒亭の『鍵屋』の暖簾をくぐり、生き方そのものを戒められたそうです。

「この一朝一夕では作り上げることのできない空気や空間。ここに流れる特別な時間に身を置いたとき、あぁ自分もこの場に相応しい大人になりたいと、思ったんです」(マッキー牧元さん・以下同)

 当時店を切り盛りしていたのは、現店主の先代。マッキーさんはその女将さんの接客や言葉遣いに、背筋の伸びる思いをしたといいます。

「旦那さまのウデが狂うから、うちは休んでも3日間ね(笑)」と女将さん。つまみもすべて手作りで、日々勤勉な姿勢に頭が下がります
「旦那さまのウデが狂うから、うちは休んでも3日間ね(笑)」と女将さん。つまみもすべて手作りで、日々勤勉な姿勢に頭が下がります

「馴染みの客も一見客にも分け隔てのないその態度と姿勢。そしてなにより、一切の無駄がない動きと最小限の言葉数に、参りました。自分はなんて、無駄口ばかりを叩き、前へ進めていなかったのかと、気付かされたんです」

 以来折に触れ、己と向き合うべく、ここを訪れるのだとか。

店を切り盛りする現店主の清水さん
店を切り盛りする現店主の清水さん

 江戸末期に酒屋として商いを始め、昭和24年より居酒屋になったという同店。その当時から、つまみの品書きはほぼ変わることなく、現在も連綿と受け継がれています。

 お酒も然り。燗は、甘口の「櫻正宗」、中辛口は「菊正宗」で、辛口は「大関」と、灘の酒三種のみです。

「僕は普段、仕事がうまくいっている時は菊正宗、キリッと引き締めたい時は大関、緩やかに過ごしたい時は櫻正宗としています。けれど、燗付けはすべてご主人に任せる。だって、それが一番美味しいから。なによりここでは、お燗の温度云々ではなく、“酒を飲むこと”それ自体を教わったんです」

鰻の腹身を使った「くりからやき」(520円)は一人1本のみ
鰻の腹身を使った「くりからやき」(520円)は一人1本のみ

『鍵屋』といえば、大切な約束事が。「女性客のみの入店お断り」です。これは先代からの遺言だそうで、たとえ一人でも男性の連れがいれば、女性も臆することなく入れます。その理由は、「一人でも男性がいれば、連れの女性を守ってあげられるから」とか。

「そういう約束も、酒場における大切なこと。居酒屋という場所で、皆が共にいい時間を過ごすための諒解を、しかと感じさせてくれる。加えて、それを態度で示してくれる先輩方の、なんとも美しい振る舞い……めまいを覚えたことすらあります。改めてここに来ると、身なりや態度、マナーなど、自分もちゃんとした“大人”になりたいと、思うんです」と、マッキーさんは襟を正します。

「冷奴」560円は上野桜木にある「藤屋豆腐店」のもの。井戸水を使って作られる澄んだ味わいは、その温度以上にひんやりと感じます
「冷奴」560円は上野桜木にある「藤屋豆腐店」のもの。井戸水を使って作られる澄んだ味わいは、その温度以上にひんやりと感じます

 そんなマッキーさんから、敬愛する『鍵屋』さんへ、一筆。

拝啓 鍵屋様
 ひと筋縄の呑兵衛になりたいと通い始めて早30年以上経ちました。多くのことを学び、呑兵衛道を歩く勇気をいただきました。でもまだ、ひと筋縄とはいきません。今後も多くの教えをいただきに参ります。
マッキー牧元

丸めて端の部分を焼いた姿も愛らしい「たたみいわし」680円。「見た目にもこのほうが美味しそうかと思い、そうしました。私が考えたのはこれだけです」と、店主の清水さん
丸めて端の部分を焼いた姿も愛らしい「たたみいわし」680円。「見た目にもこのほうが美味しそうかと思い、そうしました。私が考えたのはこれだけです」と、店主の清水さん

 ここは、いつの時代も手本にしたくなる、粋な酔客の集う大人の学び舎。今宵もまた一人、さも、ひとかどの酒徒と思しき者が、静かに暖簾をくぐってゆきます。

(文◎中川節子 撮影◎赤澤昂宥)

●SHOP INFO

酒舗 鍵屋 外観

店名:酒舗 鍵屋

住:東京都台東区根岸3-6-23-18
TEL:03-3872-2227
営:17:00〜21:00(LO) ※女性客のみの入店不可
休:日曜、祝日

●プロフィール

タベアルキスト・コラムニスト/マッキー牧元

国内外問わず、超高級店から赤提灯まで幅広く食べ飲み歩く東京生まれ東京育ちのタベアルキスト。グルメ誌を中心に連載、執筆等多数。自著の『出世酒場』(集英社刊)では、独自の切り口で数々の酒場を取り上げている。

※当記事は『食楽』2019年秋号の記事を再構成したものです

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