eスポーツ全盛 平成に登場した「ストリートファイターII」 実際に対戦相手同士が殴り合いなった!|中川淳一郎

9月25日(水)9時30分 TABLO

対人ゲーム初期の頃はゲーセンで喧嘩になった事も

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平成3年に登場したアーケードゲーム『ストリートファイターII』(カプコン)は世界的なヒットをした。その後は『ストリートファイターII’』『ストリートファイターII’ TURBO』、さらには『スーパーストリートファイターII』が登場した。本稿ではこの4作品について述べる。

『II』を初めて見たのは、アメリカのゲームセンターだった。そのゲームセンターでは通常25セントコイン1枚でプレーできたのだが、ストIIは2枚入れる必要があった。それでも常に人気があり、プレーの様子を後ろの客が興味深そうに見ていた。

当時はネットがあるわけでもない。新ゲームの事前情報を得ることは極めて難しかったため、突然現れたこの行列に仰天するとともに、聞こえてきた音声にも仰天した。

「はどーけん!」「しょーりゅーけん!」「たつまきせんぷうきゃく!」と日本語が聞こえてきたのだ。日々英語しか聞かない生活を送っていたのに、突然の日本語だ。すっかりストIIが好きになった。

ちなみに春麗が勝利した後、ジャンプした後に笑顔でピースサインを出して「ハハハハハハハ、やった!」と言うが、今YouTubeで米のアーケード版のこのシーンを確認したら「やった!」は聞こえなかった。意味が分からないので削除したのだろうか(間違いだったら申し訳ない)。その一方、E.本田の「どすこい!」は残っていた。

ゲームの話題を学校でされることなどあまりなかったのだが、この時ばかりは違った。同級生らはストIIの話をしている。日本発のゲームということは理解しているようで、日本人である私に色々聞きたがったのである。ところが何を言っているのか分からないものがある。「ラユ」としきりに言われるのである。話を聞いていくと日本の空手家で昇竜拳の使い手であるという。つまり「RYU」を「りゅう」と読むのではなくアメリカ人は「ラユ」と読んでしまうのである。

私の名は「Junichiro」だが、これは「ジュニチロ」になる。さらに言われたのは「お前は昇竜拳と波動拳ができるか?」だった。これには「できるわけねーだろ。じゃあお前、ガイルの『ソニックブーム』出せるのかよ? インド人だったらダルシムみたいに火が吹けるのかよ」と伝えたら「確かにそうだな。ゴメンよ」と言われた。

そしてeスポーツへ…

かくして『II』が大ブレイクした後に登場したのが『II’』である。この頃私は日本に戻っていたのだが、予備校帰りにJR立川駅南口の「オスロ—」か北口の立川通り沿いにあったゲームセンターで『II’』をプレーするのが日課になった。人間同士が行う対戦モードが人気あったが、私はそれ程上手ではないため、単体の筐体で対CPU戦をするのみだった。

だが、対人戦というものはあまりにもエキサイトし過ぎるため、実際のプレイヤー同士で殴り合いになったと新聞記事で読んだことがある。あの頃のゲームセンターでは、若干の「紳士協定」があったようにも思える。「ハメ技」を決めまくったりはしないことやら、「ラウンド3」で勝負をつけるため、ラウンド1で勝利した者はラウンド2で手抜きをしてわざと負ける、といった感じだ。

それだけ人気のストIIだったが、スーパーファミコンでも登場し、当時の大学生は「これでもう100円玉をつぎ込む必要ないぜ、ウヒヒ」とばかりに徹夜で自宅にてストII勝負をしまくっていた。

だが、第3作となる「II’TURBO」についてはあまり思い入れがない。現在でも私はプレイステーションの『カプコンジェネレーションズ 〜第5集 格闘家たち〜』をプレーしている。これは『II』『II’』『II’TURBO』の3本が入ったものだが、『II’TURBO』は買ってから約20年、まだ一度もプレーしたことがない。

春麗が「気功拳」を打てるようになったことなど変化はあり、進化したはずなのだが、動きが速すぎてついていけないのだ。一方、『スーパーストリートファイターII』は香港の格闘家・飛龍(フェイロン)の必殺技で炎を発しながら足で昇竜拳を放つような「熾炎脚(しえんきゃく)」の威力の凄まじさもあり、気に入りスーパーファミコン版も購入した。

今ではeスポーツに『ストリートファイターV』が採用される時代になり、世界には大金持ちも登場してきたが、平成初期の『II』の熱狂が今、こうして花開いたんだな、と感慨深くなる。(文◎中川淳一郎 連載『俺の平成史』)

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