大盛りを頼んだことのない男、まるいケーキを一人で食べた

9月30日(水)8時0分 messy



 

枡野浩一 神様がくれたインポ/第二回
「大盛りを頼んだことのない男、まるいケーキを一人で食べた」

 小説なのだからもっと情景描写をすべきなんだろうかと思いながら、またひとつラスクをコーヒーにひたして食べました。誕生日から二日たった朝。屯田兵から貰ったラスクはとうになくなり、きょう食べているのは誕生日プレゼントとして新たに貰ったラスクです。

 たくさんの食料や現金や手紙をありがとうございました。ラスクを下さったのは誕生日に『神様がくれたインポ』の第一回が発表されたせいでしょうか。仕事場「枡野書店」のドアの外に置いてある、ポスト代わりの半透明プラスチックケースの中に、ラスクやレトルトカレーやパックごはんが入っていました。これを書いている今も枡野書店の中にいます。

 書店というのは名ばかりで、枡野書店は現在もう本屋ではありません。ごくたまにイベント会場として利用しているけれど、九名も集まれば満席というささやかなスペース。ゆうべはアダルトビデオ監督の二村ヒトシさんと、ニコニコ生放送のトークイベントをやりました。『男らしくナイト』というタイトル。「男らしくなさ」について話したので、この『神様がくれたインポ』と内容は一緒です。

 いつも代金はこちらで決めずに、お気持ちを投げ銭としていただくようにしています。たまに驚くような額をいれてくださる方がいて、お笑い芸人をやっていた時期も結局、枡野書店でのイベントがいちばん黒字でした。

 投げ銭を募ることを乞食のようだと馬鹿にする方が時々いますが、何かの価値をはかって買う側が値段を決めるという仕組みは、理にかなっていると私は思います。「原稿料」だって買う側が勝手に値段を決めるのです。そもそも物書きは乞食のようなものだ。という意見だとしたら、とくに異議はありません。

 馬鹿といえばキーボードの「め」は相変わらず馬鹿になったまま。「め」をコピー&ペーストで書いたりしているから、原稿がはかどりません。しめきりはきのうでした。書きながら保存したら文字化けし、全部やりなおしです。神様の怒りを買ったのかもしれません。

 昼飯を食べている時間もないので今、プレゼントでいただいた缶入りカロリーメイトを飲みました。最近売っているのを見かけませんが缶入りカロリーメイトが好きです。栄養素さえ足りるのなら、カロリーメイト的なものだけを口にして暮らしていきたいほど。何も食べないで何年も暮らしていると自称する人々を撮った、ドキュメンタリー映画を観に行ったことがあります。参考にして真似したかった。でも彼らが本当に何も食べずに生きているのかどうか、よくわかりませんでした。

 いつか読んだ筒井康隆の短編小説のように、土に埋まってそのまま木になってしまえたらいいなとよく考えます。食欲と性欲は密接に結びついているという説もあるし、そうでもないという説もありますが、私の場合は食欲も性欲も一般的な男性よりは淡白な気がする。

 「これ、ほんとに大盛りですか?」と怒った声で言っている男性を、たまに食堂などで見かけます。そんなことで怒るのかと驚愕します。私は生まれてから一度も大盛りを頼んだことがない。逆に「少なめに」とお願いします。身長が百八十三センチあるせいで大食いだと誤解されるのか、何も言わないでいるとサービスで大盛りにされてしまうからです。

 中華料理のチェーン店「福しん」で定食を頼んだら、ラーメンが付いてきたことがあります。「こんなの頼んでませんよ!」と怒り気味にクレームをつけてしまった胃弱の私。「これは、おともラーメンと言いまして、けっこう食べれますよ」と店のおねえさんに言われました。食べてみたら、けっこう食べれました。正しい日本語は「食べられました」です。でもそれ以来あの店には近づいていません。

 誕生日の深夜。厳密には日付が変わってからだから翌日ですが。歌人の加藤千恵さんが司会をつとめる、地上波ではないテレビ番組に生出演しました。もともとはスマートフォンで観るための有料チャンネルらしく、インターネット経由で無料で観ることもできる。その場合インターネットの動画番組といったい何が異なるのかよくわからないまま、四回目の出演を果たしました。最近読んでよかった新書本の話をしたり、短歌を視聴者たちと合作する「付け句」という遊びをしたりです。

 番組で『神様がくれたインポ』の略称を募集したら、『神ンポ』に票が集まりました。

 加藤千恵さんは十七歳のとき短歌集を商業出版してデビュー。十四年たった今では直木賞作家の朝井リョウさんと、人気ラジオ番組「オールナイトニッポン」のパーソナリティをつとめるほど活躍しています。初短歌集のプロデューサーをつとめたのが私でした。いつしか彼女のほうが稼ぐようになり、時々ごはんをごちそうになったりしてます。楽屋で誕生日プレゼントとして、花束と保存のきくスープとプロポリスキャンディを貰いました。

 生放送が終わったあとはタクシーチケットを利用して、一人で新宿二丁目のバーに行きました。伏見憲明さんがオーナーの店です。水曜日は主婦のマキさんがママをやっていて、築地で働く旦那様が仕入れた魚介類をふんだんにつかった海鮮丼を、安く出してくれます。それは水曜日と木曜日だけのサービスなので、水曜日か木曜日は海鮮丼と決めておけば、何を食べるか迷わなくていいから楽です。私は空腹なのに喉を通るものが何かわからなくて、街をさまよってしまうことがよくあるのです。

 バーには泥酔した美人の先客がいました。誕生日だったことを伝えたら「ケーキ買ってきます、コンビニのだけど食べますよね」と一方的に宣言し、だいぶ時間がたってからモンブランとパンケーキを持って戻ってきました。有り難くモンブランをいただきました。

 今年の誕生日はまるいケーキを食べませんでした。それでも悲しい気持ちにならなかったので「治ったんだ」と思いました。少し前までは誕生日に、まるいケーキを食べなくてはならないという強迫観念にとらわれていた。

 結婚していたころだから、少なくとも十二年以上は前のことです。籍を抜くまでの裁判期間を考えると十三年前か十四年前か。私の誕生日になぜか、当時の妻のご両親が島根から上京してきたことあります。妻も私もそれを事前に知らされていませんでした。ご両親は自分で缶ビールとコンビニ弁当を買って持ってきていた。それを素早く二人で食べ、宿を予約してあるからと、あっというまに帰ってしまいました。私はコーヒーを淹れたり、自分なりにご両親をもてなしたつもりでしたが、あとで妻が「なんで私の親を大切にしてくれないの?」と激怒しました。そして妻はそのまま子供たちと一緒に眠ってしまいました。

 これから誕生日のまるいケーキを、切り分けて家族で食べようとしていたときだったのです。ご両親が予告なしで突然上京したのは、私たち夫婦が気をつかわないように、との心づかいだったのかもしれません。しかし想定外のことに動揺して、それが私の顔に出ていたのだと思います。私はまるいケーキの一部を一人で食べ、仕事場に帰って寝ました。当時は妻の希望で週末だけ一緒に過ごし、それ以外は風呂なしの仕事場で過ごしていた。

 離婚後、風呂のあるアパートで暮らしていた期間は約九年でした。今いる枡野書店にも風呂はありません。住居としてではなく仕事場として借りた部屋。でも結局は忙しくて両親の住む東京の生家にはなかなか帰ることができず、銭湯に行ったり漫画喫茶でシャワーを浴びたりしつつ日々をやりすごしています。

 誕生日には大勢でまるいケーキを食べたい。その強迫観念は途轍もなく強いものでした。誕生日ケーキを食べていない友達を祝いたくて、深夜営業のケーキ屋でまるいケーキを買って、新宿二丁目のバーまで届けたこともあります。深夜営業するケーキ屋が阿佐ヶ谷の中杉通りにあり、私が阿佐ヶ谷に仕事場を借りることにした理由の何パーセントかは、そのケーキ屋があるからだったのだと思います。

 数年前の誕生日、原宿のイベントスペースを借り切って、誕生日ケーキを食べる機会をつくったこともありました。ケーキを食べるために借り切ったわけではなく、借り切ってイベントをしている数日間に誕生日が訪れたのです。というか誕生日に合わせて自分でイベントを企画したのです。誕生日の当日、私は自分で予約して購入したまるいケーキを、床に落として駄目にしてしまった。あわてて新しいまるいケーキを友達に頼んで買って来てもらいました。その新しいまるいケーキを「今度は落としてはいけない!」と意識して持ったら、また落としてしまったのでした。

 私は四十七歳。歌人の寺山修司の没年です。彼は阿佐ヶ谷の河北総合病院にて肝硬変で亡くなりました。離婚後も彼の良き理解者であった元妻の女優、九條今日子は去年、やはり肝硬変で亡くなりました。七十八歳でした。

(つづく)

中村うさぎさんとのトーク企画『ゆさぶりおしゃべり』(第1回は10/7夜)

最新情報はツイッター@toiimasunomo で。

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