志布志市のPR動画「うなぎ少女」は、行政が取るべき表現か?

10月1日(土)0時0分 messy

志布志市 ふるさと納税PR動画より(現在は削除済み)

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鹿児島県志布志市による「うなぎ少女」動画が女性差別との批判を受け、削除されました。ツイッターなどでは批判的な意見が多いなか、「何が差別なのかわからない」という意見も見られます。志布志市はその後、「差別の意図はなかった」といった弁解を述べつつ、「不快な思いをさせた」から動画を削除するという対応をとりました。「不快な思い」を理由にすることは、製作者側ではなく、受け取る側の問題にしているということです。このような頓珍漢なコメントをしている時点で「無意識の差別」が頭に刷り込まれていると考えられます。

今回の動画の問題点は大きく二つです。

・児童ポルノ的表現である
・行政の広報である

今回の動画では、学校のプールでスクール水着を着た少女が物憂げに「養って」と訴え、それに対して男性ナレーターが「できるかぎりのことをする」という決意を固めるところから「物語」が始まります。少女は学校のプール周辺で生活しながら、水中を泳いだり、プールサイドで日向ぼっこをしたり、 シーツのような布でできた「テント」を「私の部屋」といって喜んだり、手がぬるぬるしてペットボトルがつかめなかったりしています。そうして一年間「飼育」すると、彼女が「さようなら」といって水に飛び込み、うなぎに姿を変えて、去っていきます。そして、全く別の新たな少女が「養って」と訴えるのです。

こうした一連の表現は、「学齢期の少女を監禁・監視・洗脳し、性行為も含めて少女と接している」ということを暗喩する、「児童ポルノ」ともいえるようなスクール水着美少女イメージビデオです。たとえば、彼女の手がぬるぬるしているのは「精液が手についている」「性行為で使用する潤滑ジェルが手についている」ような状況を暗に示しているようなものです。

しかし、この動画の 「どこがポルノなのか」「何が問題なのか」わからないという人もいるようです。それこそ志布志市の「差別の意思はなかった」「愛情を込めて育てていると伝えたかった」といったコメントはそれを如実に表しているでしょう。「食・動物への愛情」と「性愛」を混同し、しかもその「性愛」の対象を学齢期の少女に対して向けている、そのことが「少女の性的搾取・消費である」という問題点に全く気付けていないのです。

「何が問題かわからない」という人は、埼玉少女監禁事件を考えてみるとよいでしょう。最近初公判が開かれたこの事件の寺内樺風容疑者の動機は長年の誘拐願望、洗脳への関心とされていますが、初公判では2年間にわたる監禁を「監視していたという意識はありません」と述べています。つまり、「何が問題なのか」わかっていないのか、わからないふりをしているのです。



志布志市は全国でも収穫量の多いうなぎを町のアピールにしているようですが、うなぎの宣伝で、児童ポルノを連想させるイメージビデオのような表現にする必要性は一切ありません。うなぎを大切に育てているというメッセージを少女に対する性愛に置き換えて表現するのは、気色悪さしか覚えません。

個人の趣味として、人を巻き込まない形で「学齢期の少女を性愛の対象にする」願望を持っていること自体は、個人の性癖の問題でもあり、他者が安易に非難すべきものでもありません。ただし、成人男性が「学齢期の少女を性愛の対象にする」ことになんら問題がないというわけではありません。社会の倫理的には問題がありますし、その上、今回の動画の場合は、行政が自ら「愛情を込めている」と言って「いいこと」のように扱い、過度に性的な表現を入れています。。「少女を飼育」することが、まるでいいことかのように奨励されていることは当然問題視すべきではないでしょうか。

「性的なもの」を直接明示するのではなく暗喩する「萌え」などの表現は、 あくまで「想像の世界」で「未成年を性的対象とする」行為を補完するような表現です。自動ポルノのような違法性のある直接的表現ではなく、鑑賞者の想像をうながす表現であるため、登場人物の少女たちの性的表現が強いものから全く描かれないものまで、そのレベルも様々です。

少女を裸にする、女性に卑猥なポーズをとらせる、それだけが性的消費ではありません。ただ制服を着て少女が立っている、濡れたスクール水着の少女が座っている、それだけでも文脈によっては十分に性的消費の対象となりえるのです。

本来であれば「女子高生」「スクール水着」「美少女」といったものは、すぐさま性的な意味を持つものではなかったはずです。しかしそれらが性的な意味を持つものとして日本社会で表現されてきたことで、「女子高生の性」「少女との性愛」を連想させるものとなってしまっているのが現状です。

たとえば、グーグルトレンドで「女子高生」を検索してみましょう。関連検索のトップ10には「女子高生 動画」「女子高生 パンチラ」「女子高生 レイプ」「エロ 女子高生」などがずらりと並んでいます。「スクール水着」を検索すると、「川口春奈」「スクールガールストライカーズ」「宮脇咲良」などが上昇中関連キーワードのトップ3としてでてきます。この組み合わせで検索をすると、いずれも露出度の高い服装や、性的なポーズの画像が大量に出てきます。

今回のような画像が私的に作成され、消費され、趣味の世界で完結するものならば表現の自由でしょう。しかし、本来であれば「児童ポルノ」などの倫理に悖る表現自体を規制し、社会の倫理観を積極的に体現すべき行政が作成してしまったことが問題なのです。



このことは、志布志市のガバナンスの問題でもあります。この動画を作成するにあたって、適切なガバナンスが機能していれば「おかしい」「気持ち悪い」「女性差別に当たるのでは」「児童ポルノなのでは」といった意見が、企画段階で提言され、企画そのものが白紙となったはずです。

その上、炎上後に行われた週プレNEWSの取材に対して、志布志市の担当者は「ネット上には個人で複数アカウントを取得する等して、意図的にページを炎上させるグループが存在するようです。この動画に書き込まれた内容やその頻度を見ると、そうしたグループに炎上させられてしまったのではないかと疑ってしまいます」と返答しています。動画での表現に問題があったのではないかと考察するのではなく、「特定のグループによって意図的に炎上させられた」と認識しているようです。こうした対応を見ると、志布志市の行政機能・能力さえも疑わざるをえません。

このような「行政による女性・少女の性的消費」は上げるときりがありません。今回の動画はあまりにも直接的だったので即座に削除されましたが、その他にも自衛隊の「萌え」キャラや萌えアニメとのコラボレーション、オリンピックでの「女子高生」表現なども「少女の性的消費」の要素が含まれています。

「女子高生」「スクール水着」「美少女」といったものが日本社会において何を意味しているのかを考慮すれば、安易にこうした表現をすることが問題であることが理解できるはずです。ポリティカルコレクトネスという観点から「社会において適切な倫理観」を積極的に体現すべき行政が、こうした表現を用いた動画をPRに使うべきではありません。今回の動画は海外メディアも「日本の性差別・変態広告」として、ほかの類似の広告(ブレンディの乳牛の女子高生擬人化など)も引き合いに出して報道しています。

日本では、女性向け商品でない限り、広告の多くが「男性に訴えかける」構図になっています。これは日本で無意識的に、男性こそが「消費の主体」「日本社会の主体」とみなされていることを示しているでしょう。広告を作る側でも、男性に決定権があることが多く、男性主体で男性を意識して広告を作成しているのです。女性活躍が叫ばれ、広告や広報の世界で活躍する女性も増えていますが、まだまだ「男性主体の場所にお邪魔している」程度で、ジェンダー平等性の観点から「おかしい」という声を十分にあげられていないのではないでしょうか。

messy

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