語り手と聞き手をつなげ、人が集まる場を育てる。場を編集する仕事 “コミュニティビルダー”。

10月1日(木)6時0分 ソトコト

『Tinys Yokohama Hinodecho』のコミュニティビルダーとしても活躍する柴田大輔さん。

※本記事は雑誌ソトコト2018年10月号の内容を掲載しています。記載されている内容は発刊当時の情報です。本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

人が集まり、コミュニケーションが生まれる場は誰が、どんなふうにつくるのか?
そもそも、今なぜ、リアルなコミュニケーションが求められているのか?
“コミュニティビルダー”と称する柴田大輔さんの仕事ぶりからひもときます。

イベントをつくり旗を振る、
コミュニティビルダー。

コミュニティビルダー。

聞き慣れない肩書だが、どんな仕事なのだろう。ひと言で言えば、「コミュニティをつくるための旗振り役」だそうだ。その振り方はさまざまだが、柴田大輔さんは「イベントを開くこと」で新たなコミュニティが生まれるきっかけをつくっている。「僕が思うコミュニティは、僕が一つの点だとしたら、それが面に広がること。個人や地域の課題を共有し、解決しようと集まった人たちの熱狂の継続によって生まれるのがコミュニティだと思います」と柴田さんは言う。

 自身が企画して開催するイベントは年間200回以上。とんでもない数だ。まちづくり、ライフスタイル、映画などイベントのテーマも多彩で、さまざまな職種の参加者が集まる。イベントのつくり方を尋ねると、「6週間前にゲストを見つけます。超有名人ではなく参加者との距離が近い方が多いですね。4週間前までに企画を詰め、Facebookなどでリリースし、本番前にゲストと1回打ち合わせをしてからイベントに臨みます」と流れを話す。当日のプログラムで大事にしているのは、「参加者の質問時間を長めに取ることと、交流会や懇親会を大事にすること。一歩踏み出す前に、多様なつながりを築いてほしいから」。そして、課題解決への熱を感じる参加者に出会うと、「一緒にイベントやりませんか?」とゲストとしての登壇を促すことも。「承諾をいただけたら、その場でスケジュールをフィックスします」と柴田流のイベント術を教えてくれた。

高架下でのイベント
京急の電車が走り過ぎる高架下で夜な夜なイベントが開かれる。

 イベントのテーマは、「日頃から僕が疑問や課題に思っていることや、これは世の中に刺さるだろうと想像できる事象からピックアップして選んでいます。ネタが尽きそうになったら仲間と飲み会を開き、悩み事を聞いているうちに5つぐらいのテーマはすぐに思い浮かびます」と笑顔。「日本は課題が山積。テーマが尽きることはありません」。また、イベンターにとって集客は不安要素ではあるが、柴田さんは、「集客はそれほど気にしていません」と言う。「世の中にはこんな課題があるというメッセージを、イベントを通じて伝えられたらいい。集客目的の花火を揚げるのではなく、継続的にコトが発生するよう仕掛けることが重要なので」。

 そんな柴田さんが仕掛けるイベントには、毎回数十人の参加者が集まる。平均25人としても、1年で5000人が参加する計算だ。なぜそんなにイベントに人が集まるのだろうか? 「誰もがSNSを情報源として頼り、知った気になっていますが、行って、見て、聞いていないから自分の言葉で語れない。課題だって一切解決しない。その状況に気づき、寂しさを感じた人たちが、リアルな人とのつながりやコミュニケーションを求め始め、イベントに足を運ぶようになっているんだと思います」。

 そう言う柴田さんもFacebookを多用するが、「イベントに到達するための発信ツールとして使っているだけ。本当はできるだけスマホやパソコンの前にはいたくない。それよりも人と直接、話したいです」と”人好き“の顔を覗かせる。「僕も以前はスマホの情報ですべてを知った気でいました。でも、イベントを開くようになってからは、やっぱりリアルだなと。直接会わないと本音は聞き出せないし、心にも残りませんからね」。

 気になるテーマを設定し、ゲストや参加者と語り倒す日々を過ごすなかで、「いろいろな人の人生に出会うことで、思考の幅が広がり、行動の質も上がります。ほぼ毎日、僕はそんな生活をしているから、誰よりも豊かになれる気がします。それが、コミュニティビルダーの仕事の最大のメリットです」と満足げに語った。

リアルな場の価値を高める、
『はじまり商店街』を設立。

 柴田さんがコミュニティビルダーになったのは、2017年4月。未来の暮らし方を提案する『YADOKARI』が運営していた東京・日本橋のイベント・キッチンスペース『BETTARA STAND 日本橋』のコミュニティビルダーに、業務委託で採用されたのがきっかけだ。「都内の家具メーカーで2年間、営業として勤めましたが、モノを売る仕事が合わず、辞めて鎌倉に移住しました。鎌倉ではシェアハウスの管理人やカフェなどさまざまな仕事に就きました。人が好きな僕には楽しく、それなりに仕事もこなせたのですが、シェアハウスは基本、借り主さんを待つ仕事。コミュニティビルダーは自分から発信して何かを得られる仕事だと感じ、応募しました」。

 コミュニティビルダーとなった柴田さんは矢継ぎ早にイベントを打ち、『BETTARA STAND 日本橋』を、人がつながる場として大いに盛り上げた。2年間の限定営業だったため18年3月に惜しまれつつ閉店したが、内容的にも営業的にも大成功を収めた。そんな柴田さんの手腕を認める『YADOKARI』共同代表のウエスギセイタさんは、「大ちゃんは、とにかくよく動く」と評する。「ゲストには必ず会いに行くし、常にまちを散策し、情報収集しています。自分で『パトロール』と呼んで」。旗振り役としての行動力と人望を買われた柴田さんは、『BETTARA STAND 日本橋』閉店後、4月に横浜・日ノ出町に誕生した複合施設『Tinys Yokohama Hinodecho』のイベント部門を任され、3か月間で85回も開催。隣接する黄金町のエリアマネジメントセンターのスタッフをゲストに呼ぶなど、地域とのつながりも築いていこうとしている。

茅ヶ崎ストーリーマルシェ
神奈川県茅ヶ崎市の『松尾建設』が隔月で開催している「茅ヶ崎ストーリーマルシェ」。柴田さんはここでもコミュニティビルダーとしてトレーラーキッチンをディレクション。

 そして、2018年7月。柴田さんは、『BETTARA STAND 日本橋』でマネージャー統括を務めていた熊谷賢輔さんとともに、『YADOKARI』の完全子会社『はじまり商店街』を設立。コミュニティビルダーとして独り立ちした。相棒の熊谷さんは、「SNSの普及の反動で、リアルコミュニケーションが価値になる時代が来ています。『はじまり商店街』は、イベントを通じて課題を共有するリアルな場をつくることで、その価値を高めていきたい」と設立の意図を語る。柴田さんは、「まだ活動拠点となる場はありませんが、いろいろなまちに出向き、そこで『はじまり商店街』が点となり、面に広げていく。まずはその点を、地方を含めて各地に増やしていきたいです。そのためにはコミュニティビルダーの数も必要になりますから、育成スクールの開催も視野に入れて取り組んでいます」と意気込む。コミュニティビルダーという新しい仕事が増え、日本各地でイベントが開催され、課題を共有し、解決するコミュニティが増えていく。柴田さんはそんな社会を目指している。

photographs by Yuki Ohashi text by Kentaro Matsui

ソトコト

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