UFO目撃・遭遇事件4選

2022年10月8日(土)7時0分 tocana


 空を飛ぶ謎の飛行物体「UFO」の目撃・遭遇事件は古今東西いくつも存在する。古くは先史時代の壁画、最近では米軍機が撮影した映像などにその痕跡が残されており、日本でも謎の円盤が漂着した「虚舟(うつろぶね)」の伝説が江戸時代に記録されていたり、70年代には介良(けら)事件として知られるUFO捕獲騒動も世間を騒がせた。


※ こちらの記事は2021年10月27日の記事を再掲しています。


■UFOとは?


  一般的にUFO(未確認飛行物体)は、宇宙人の乗り物を意味して使われる言葉だが、定義上は説明のつかない航空現象をすべて含む。宇宙人の乗り物という意味を明確にする場合は「エイリアン・クラフト」という呼称が用いられることが多い。


 UFOという言葉が最初に使用された例は1953年に発刊されたUFO研究家ドナルド・キーホーの著書もしくは、1956年にUFOを空軍の公式用語として採用したエドワード・J・ルッペルトによるものだとされている。それ以前は最初のUFO目撃談とされる1947年の「ケネス・アーノルド事件」で、実業家のケネス・アーノルドが目撃した飛行物体について「水の上を滑る円盤のように」動いていたと言ったことから、「空飛ぶ円盤」という言葉が使われていた。現在、アメリカ軍では異星人の乗り物という意味合いが強くなったUFOに替えて、「UAP(未確認航空現象)」という言葉を採用している。


 ケネス・アーノルド事件以降、未確認の空中現象の目撃情報が増えてきたため、1948年以降アメリカ空軍は「プロジェクト・サイン」、「プロジェクト・グラッジ」「プロジェクト・ブルーブック」と呼ばれる一連のUFO調査プロジェクトを開始した。当初UFOはソ連の精巧な航空機である可能性が高いというものであったが、他の世界からの宇宙船ではないかという、いわゆる地球外仮説(ETH)も唱えられるようになった。


 米国では今も毎年数百件のUFO目撃報告があるが、その多くは航空機など既知の人工物体、流星、蜃気楼、遠方のサーチライトや自然物の誤認だとされている。「プロジェクト・ブルーブック」では、分析した1万2618件のUFO事件のうち、大部分は「説明可能なもの」として報告されているが、5.5%にあたる701件では、「未解決・説明不可能なもの」と結論づけられている。


 UFOは米軍により真剣に研究されていた歴史があるが、映像メディアが発達してくると、真偽の疑わしい怪しげなUFO写真・映像が量産された影響もあり、今日に到るまでUFO現象は笑いの種として消費されるようになった。そのため、つい最近まで地球外仮説は一部のビリーバー(信奉者)だけが信じる根拠のない憶測だと見做されるのが常であった。しかし、2020年にアメリカ国防総省がUAPの映像を公表したことで、地球外仮説が大きく注目されるようになった。


 UFO(エイリアン・クラフト)に乗る宇宙人によって誘拐されるエイリアン・アブダクションも多く報告されており、誘拐被害者(アブダクティー)は、未知の生命体により強制的にUFOに連れ込まれ、外科手術やインプラントの埋め込みを行われ、多くの場合で記憶を抹消された後に解放されるという体験をしていると言われる。


 さて、ここからは編集部イチオシの世界が驚愕したUFO目撃・アプダクション事件4つを改めてご紹介しよう。


UFOの目撃・遭遇事例4選

■事例1:ロズウェル事件


 1947年7月、米ニューメキシコ州のロズウェルから120キロほど離れた牧場に円盤型の飛行物体が墜落した。墜落した飛行物体の処理にロズウェル陸軍飛行場から米軍が出動し徹底的な回収作業を行った。米軍は秘密裏に回収作業を進めたかったが、墜落場所が牧場であったため見物人も多く集まり数々の目撃談が残されてしまう。


 集まった見物人の中には残骸を直接手に取った者もおり、残骸の中にはアルミ箔のような金属、ゴムひも、棒などがあったという。拾ったアルミ箔のような金属片をよく見ると、花の模様が描かれており非常に柔軟で簡単に手で握りつぶすことができたが、手を放すと皺ひとつないまま元の状態に戻ったという。


 また、木材のようなものにはピンク色や紫色で不思議な文字らしきものが書かれてあったが、誰もこの文字を解読できなかったそうだ。そしてこの木材のようなものを燃やそうと火をつけた者もいたが、全く燃えることはなく煙さえ出なかったという。これらはロズウェル事件に関する数々の伝説の一部に過ぎない。


 米軍は墜落した飛行物体を回収後すぐ「気象観測用の気球であった」と発表し、目撃者は「一族皆殺しになりたくなければ他言無用」と念を押されて事実は闇に葬られた。しかし約30年後になって軍関係者の「当時回収したものはUFOと宇宙人の遺体であった」という証言や、回収した機体と宇宙人の画像とされるものが世に出回り、再びこの事件は掘り起こされ証言者が数多く現れることになる。また、今でもその機体と遺体は米軍最高機密基地「エリア51」に収容されているとまことしやかに伝えられている。


 その正体についてさまざまな憶測が飛び交っているが、特に耳目を集めたのは、「ナチス製UFO説」、「タイムトラベラーの乗り物説」などだろう。だが、真相はさらに奇妙かもしれない。米政府の極秘UFO調査プロジェクト「AATIP(先進航空宇宙脅威識別計画)」のイニシアチブを取っていたことで知られる元上院議員の大物政治家ハリー・リード氏が、ロズウェル事件で回収されたUFOの金属片がロッキード・マーティン社に保管されていると発言していたり、AATIPを指揮していたルイス・エリゾンド氏もUFOの金属片も所持しており、科学的分析を進めていると発言していることから、エイリアン・クラフトの意味でのUFOがロズウェルに墜落した可能性は極めて高いとトカナは考えている。


■事例2:レンデルシャムの森事件


 “英国版ロズウェル事件”とも呼ばれる「レンデルシャムの森事件」は1980年12月27日から29日にかけて起こった。イギリスのサフォーク州にあるウッドブリッジ空軍基地(当時は米空軍が駐留)近くのレンデルシャムの森の中に何度かUFOが着陸したことが公式に認められたものの、その詳細は謎に包まれている。一部の証言の中ではUFOは光輝く三角形型であったともいわれ、また小さな宇宙人の目撃や接触についても言及されている。


 UFO着陸現場の放射能の値が若干高かったことなどを除き、写真などの具体的な物証はなく目撃者の証言と残された文書の検証のみが解明の手掛かりになるのだが、矛盾する証言や偽証ではと疑わせる発言も多く、また、そもそも軍や当局も積極的に調査する意思があまりないように思えるふしもあって調査は何も進展もせず事実上の“迷宮入り”となった。


 しかし近年になって当時調査に携わった軍人らから次々と新証言が飛び出し、再び注目を浴びている。たとえば、当時の基地副指令チャールズ・ホルト中佐は、UFOの捜査任務のため森に入った当直の警備指揮官らが3時間にわたって音信不通となった新事実を暴露、ホルト氏は3人がエイリアン・アブダクションに遭っていた可能性を指摘している。



■事例3:ルス・チュパチュパ事件


 1977年、ブラジル・パラ州コラレスで無数のUFOが地元住民に目撃された。このUFOはただ姿を見せるだけでなく、光を発して住民を傷つけた。そこで住民は夜警団を組織し、火を焚き、花火を打ち上げた。こうすることでUFOを遠ざけることができると考えたからだ。それでもUFOによる被害は続き、住民の1人が空軍に救援依頼をしたことで、ブラジル空軍はホランダ・リマ大尉らを派遣し、「オペラサオン・プラート」を開始した。調査は4カ月間継続したが、怪しげな光が撮影されたほか異常はなかったと報告された。しかし、作戦終了後長い間沈黙を守ったホランダ大尉が、1997年のインタビューで真実の一部を語ったところによると、UFOが放つ光はただ住民を傷つけるだけでなく、おもに女性の血液を吸い取っていたという。住民はこの光を「チュパチュパ」と呼んでいたことから、この事件は「ルス・チュパチュパ」と呼ばれることが多い。ルスはポルトガル語で“光”、チュパはポルトガル語で“吸う”ことを意味する。チュパチュパに狙われた住民は10人、男性2人、女性8人だった。著名UFO研究家で物理学者のジャック・ヴァレ氏は、チュパチュパはUFOの放った光であり、住民が負った傷の状態はマイクロ波による傷に似ていると指摘。ホランダ大尉はインタビューの3か月後に不可解な死を遂げたが、当局に消されたと疑う声が今も根強い。


■事例4:パスカグーラ事件


 事件は1973年10月11日の夜、米国ミシシッピ州パスカグーラで起こった。町の造船所に勤めるチャールズ・ヒクソン(当時42歳)とカルヴィン・パーカー(当時18歳)が、近くのパスカグーラ川で釣りをしていたところ、急に騒音が聞こえ、水面に青い光が反射したという。2人が振り返ると、背後には青い光を放つフットボールのような形のUFOが浮かんでいた。UFOは高さおよそ3m、横幅はおよそ9mほどで、地上から60cmくらいの高さを浮揚していたと報告されている。


 UFOから3体のエイリアンが出てくると、2人は恐怖で凍りついた。エイリアンは身長150cmほどで、裂け目のような目と口があり、耳と鼻にはニンジンのような突起があったという。体はシワシワで全身が灰色、首はなく頭と胴体が直接くっついたような形状をしており、カニのハサミのような手を持っていた。


 エイリアンたちはUFOと同じく浮遊して、怯える2人に近づき、捕まえてUFOへと連れ込んだ。チャールズによると、UFOの壁から巨大な目のようなものが現れ、彼の体を隅から隅まで観察するように動いていたという。その間、彼の体は全く動かなかったそうだ。十数分で二人は解放され、元いた場所に戻されていた。


 事件から45年後、カルヴィンは当時の体験を綴った著書を出版した。事件当時から好奇の目や懐疑的な反対意見に晒され、沈黙を守り続けてきたカルヴィンだが、死期を悟ったことで自分が体験をしたことの意味を知りたいと思ったのだという。その思いは間違いなく本物だろう。またすでに亡くなったチャールズも自分の体験は真実だと最期まで訴えていた。きっと、チャールズもケルヴィンと同様の思いを抱いていたのだろう。


 いかがだっただろうか? 以上4つの事件は数あるUFO事件の中でも確度の高い事件だとトカナは考えているが、地球外生命体や異星人の乗り物が存在し、地球に訪れていると完全に言い切ることはまだできない。求められているのは、こうした事件の科学的な検証だ。多くのUFO研究家や内部告発者らが口にしているように、UFOの目撃という科学的に説明が困難な事象の報告が無数にあるにもかかわらず、政府はそのことを嘲笑し、隠蔽してきたことが問題なのである。米国のみならず世界各国の政府が、全てのUFO情報を開示し、透明性のある科学的検証が行われることを願ってやまない。

tocana

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