【書評】半藤一利と阿川佐和子が語る「昭和を代表する男」

10月13日(金)16時0分 NEWSポストセブン

【書評】『昭和の男』/半藤一利・阿川佐和子・著/東京書籍/1400円+税


【評者】関川夏央(作家)


 半藤一利と阿川佐和子、年齢差二十三のふたりが、それぞれ四人ずつ「昭和を代表する男」を選んで対談した。


 半藤一利がまずあげたのは、終戦時の首相鈴木貫太郎である。日露戦争では勇猛な駆逐艦長、のち海軍大将となった鈴木貫太郎は、昭和十一(一九三六)年、昭和天皇侍従長であった六十八歳のとき二・二六事件の叛乱部隊に自宅を襲われ、ほとんど致命的な銃弾四発を受けた。夫人の「とどめだけはやめてください」という懇願に、安藤輝三大尉は軍刀をおさめ、敬礼して去った。天皇の指示で急行した医師らの緊急輸血で、鈴木は奇跡的に一命をとりとめた。


 昭和二十年四月、七十七歳で首相に任じられた鈴木貫太郎は強硬な陸軍と折衝しつつ、八月九日、御前会議で天皇に意見を求め、ポツダム宣言受諾への道を開いた。また八月十四日、最後の閣議を臨時の宮中御前会議に変更してクーデター軍の来襲をふせいだ。


 しかし天皇は最高指導者として軍に命令できるが、「終戦とか、開戦という問題は内閣の問題」だから、意志表示してはならないのだ。この憲法違反と、老人決死の「のらりくらり」のおかげで、日本は破滅の淵を脱した。


 阿川佐和子が最初にあげたのは日本に帰化したウィリアム・メレル・ヴォーリズである。日露戦争の年に来日、英語教師から建築家に転じたヴォーリズは、東洋英和、神戸女学院、山の上ホテルなど、記憶に残る多くの建物をつくった。それは、建築家の自己主張を旨とする現代建築とは正反対、上品かつ懐かしい「昭和のたたずまい」そのものである。


 半藤一利はほかに、「謹慎小屋」で後半生を過ごした今村均元陸軍大将、編集者時代に濃密なつきあいを持った松本清張、父親・半藤末松について語った。阿川佐和子は、植木等、クロネコヤマトの小倉昌男、最後に作家の父・阿川弘之を話題にしたが、「昭和」の栄光と明朗さ、波乱と惨状と救いをもたらしたのは、みな明治人・大正人であった。


※週刊ポスト2017年10月13・20日号

NEWSポストセブン

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