前面展望もここまで【私鉄に乗ろう94】阪神電車 その14

10月14日(月)7時0分 鉄道チャンネル

トップ画像は大好きな阪神本線淀川桐ですれ違う車両。淀川は琵琶湖に発する唯一の河川で、瀬田川、宇治川と名前を変えて淀川になります。流路延長75.1kmの一級河川。

淀川駅は相対式ホーム2面2線。

ホーム。残念ながら、駅名標がちょっと遠い!1905年(明治38年)の開業。コンコースには高架化される以前に架かっていた淀川橋梁の一部が装飾されているとのことで、やはり本線の橋梁が架け替えられたという筆者の記憶は正しかった様です。

淀川駅を出ると大阪駅周辺の高層ビル群が見えてきました。

1.0kmで野田駅。

島式ホーム1面2線。

駅名標。1905年(明治38年)の開業。記憶では駅の北側に阪神国道線・北大阪線の野田駅がありました。1975年(昭和50年)に阪神国道線・北大阪線が廃止された時、筆者は大学2年生だったので記憶しています。駅が高架化される以前の話です。駅の南、大開町はパナソニックの創業者松下幸之助さんが起業した地です。父親の実家、祖父の町工場(金庫製造)もありました。工場の場所は、今は福島区役所敷地の一部になっています。工場の機械をイタズラしてはよく怒られていました。(笑)工場(こうば)の周囲は古い大阪の下町の雰囲気でした。夏の夕方は、狭い路地に床几(しょうぎ、縁台)を出し、腰掛けた半裸のおっちゃんたちが団扇でパタパタ扇ぎながら談笑していました。今となっては、上方落語でしか聞くことのできない古い大坂弁で話しているのを聞くのが楽しみでした。

野田阪神駅で姫路に向かう山陽電車の直通特急とすれ違いました。

この先、下ってトンネルに入ってしまいます。従って前面展望もここまでです。

1993年(平成5年)に地下駅になる前の福島駅の方が記憶には鮮明です。梅田の地下駅から出てきた車両がまだ地下からの上り坂の途中みたいな場所に駅があった様に覚えています。

見えているガードはJR環状線。

地下鉄部分は撮影できません。阪神梅田駅に到着、14:20。朝7:00に飾磨駅で駅そばを食べてから武庫川団地前駅でサンドイッチをつまんだだけです。ほとんど立ちっぱなしで揺れる電車の中、足を踏ん張って前面展望を撮っていたので、流石に還暦を過ぎた爺は疲労困憊。長い路線の前面展望を撮るのは楽しいけれど、草臥れます。(笑)

子供の頃から慣れ親しんだ阪神電車ですが、車窓の変わり様に言葉もありませんでした。大手私鉄でここまで線路が変わった会社も珍しいのではないでしょうか。まぁ小田急も新宿〜多摩川間が激変していますけれどね。そうだ、今度は小田急を撮りに行こう!・・・でも小田急も傾向的には地下鉄化という傾向です。つまり前面展望が撮れません。

(写真・記事/住田至朗)

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