意外とこれ、陥りがち。「同情」から始まった恋のリスク

10月15日(火)10時0分 ハウコレ



みなさんは、自分が恋に落ちた瞬間を感じたことはあるでしょうか。人によっては、「一目惚れが多い」とか、「相手の好意に気づいたとき」など、自分が恋に落ちやすい瞬間を把握していることもあるでしょう。


しかし、「相手への同情」で始まった恋や、同情で相手の気を引くという場合、その恋の進め方は極めて難しいものになってしまうのです。


今回は、「同情」から始まる恋のリスクについて考えていきましょう。


■・同情から始まる恋の罠

厄介なことに、同情と愛情というのはとても似通っていて、自分の中にある同情を愛情と勘違いしてしまうことも少なくありません。


男性の場合であれば「俺が幸せにしてやらなければ」と使命感を感じ、女性ならば「この人には私しかいない」と母性をくすぐられてしまう。ここでは、本人たちが気づかない内にランク付けが行われており、恋人同士の間にあるべき「平等」が失われているのです。


■・終わりの見える恋

しかも、同情から始まる恋には「同情の余地がなくなる」というゴールが存在します。ゴールが存在する恋は、達成した時点で恋愛感情またはそれに近い同情が失われてしまうため、長続きしないことが多いのです。


例えば、元カレに浮気をされて傷ついた女性と、彼女に同情した男性が付き合ったとしましょう。浮気で傷ついた心を癒し、彼女が男性に夢中になったところで、男性が女性に「同情する余地」は無くなり、同時に恋愛感情も失われてしまうのです。


■・幸せは「あげる」ものでも「もらう」ものでもない

同情から始める恋愛では、「相手を幸せにしてあげたい」と考え、同情される立場で始める恋愛では、「幸せにしてもらいたい」と考えています。


しかし、そもそも幸せというのは、人に「あげる」ものでも人から「もらう」ものでもなく、自分が「なる」ものなのです。


同情からはじまる恋愛には、「幸せになるためにする努力」という要素が1ミリも含まれていません。尊敬から始まる恋愛を「私もこの人みたいになろう」と努力の糧にするのとではまったく形が異なり、自分の幸せという最も大切なことを見失ったまま空回ってしまうのです。


■・一緒に幸せになろう

要は、誰かを幸せにしてあげようなんてことも、誰かに幸せにしてもらおうなんてことも考えず、自分で自分を幸せにするということを考えればいいのです。


それは仕事で成果を出すことかもしれませんし、自分で誰かを心から愛することかもしれません。ここで言う誰かを愛することと、同情で誰かを愛することの大きな違いは、「自分本位かどうか」という点です。


そして、自分の幸せを分かち合いたいと思える人と、それぞれの幸せを少しずつ共有して生きていけばいいのです。「可哀想な私を幸せにして」とアピールするより、「私と一緒に幸せになってほしい」と自分に誇りを持った恋愛をスタートさせてみて下さいね。


■・おわりに

ここまで恋愛に同情は不必要という書き方をしてきましたが、同情で始まった恋が長く続き幸せな交際をしているカップルも確かに存在します。


しかしそれは、交際中に同情以外の感情、例えば尊敬や共感が生まれたから。すなわち、「同情」という感情だけに頼らず、等身大の相手を見ることで、尊敬できるところや、共感できる部分などを見つけていくことが大切なのです。


しなくたって生きていける恋愛だからこそ、より幸せになるために人生のスパイスとして楽しむのが重要。同情に惑わされることなく、愛し愛されるという恋愛の醍醐味を楽しんでいきたいですね。(桃花/ライター)


(ハウコレ編集部)


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