三世代同居の住宅政策まで…執拗に「家族」を推す安倍内閣

10月15日(木)17時30分 messy

 10月7日に第三次安倍改造内閣が発足しました。「女性閣僚が減った」という指摘が散見されますが、女性閣僚が増えればそれでいいというわけでもないでしょう。「女性の活躍」をどれだけ本気でやるつもりなのかは人数で測れるわけではありませんし、そもそも「女性の活躍」の方向性が望ましいものなのかを人数で測れるというわけでもありません。いずれにせよ、入閣した女性議員の顔ぶれをみると、今後どのような方向で政策が進んでいくのかが見えてくるような気がします。

 私は9月30日に「家族は助け合わなければならない」とする憲法24条改正について、10月5日に「『個人』よりも『家族』を重視」することを目指す憲法改正について、それぞれ記事を書きましたが、今回もまた「家族」にフォーカスして記事を書きたいと思います。

希望出生率1.8の「希望」とは?

 今月9日、石井啓一議員(公明党)が、国土交通大臣就任にあたって行われた各社報道インタビューで以下の発言をしています。

 「安倍総理大臣からは、希望出生率1.8の実現を目指し大家族で支え合うことを支援するため祖父母・親・子どもの三世代が同居したり近くに住んだりすることを促進するような住宅政策を検討・実施するよう指示があった」 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151010/k10010265451000.html

 「大家族で支え合うことを支援するため……」とは、これまでの経緯を鑑みると「介護も育児も何から何まで家族で支えあって下さい、よろしく!」と聞こえてしまいます。今までは二世代の「親子」を想定しているものと思っていたのですが、まさか親子だけでなく祖父母まで含めた「家族」を考えているとは驚きです。どこまで時代を巻き戻そうと間が手居るのでしょうか。

 石井国交相の発言には「希望出生率」という言葉が出てきます。「合計特殊出生率」といって、一人の女性が一生に生む子供の平均数を示す指標はありますが、「希望出生率」という言葉は初耳です。調べてみると、どうも「国民の希望が叶った場合の出生率({既婚者割合×夫婦の予定子ども数+未婚者割合×未婚結婚希望割合×理想子ども数}×離別等効果)」ということのようです。

 国民が子どもを生みたい/生みたくない、どちらを希望するのも自由ですし、国がその希望を叶えられるように努力することは当然のことだろうと思います。しかし国が施策として実施するからには、現実的な目標と道筋が必要になります。日本は欧米諸国に比べて、長らく、合計特殊出生率が低水準のままで維持しています。2005年には過去最低である1.26まで落ち込み、その後、微増傾向にあるものの、2014年は1.42に留まっている。ここから1.8まで残り5年で引き上げる妙案はあるのでしょうか。かなり精力的に取り組まない限り2020年度までに、合計特殊出生率を1.8に実現するのはほぼ不可能……というか国が掲げる「希望」としては非現実的だとしか思えません。

家族、家族、家族

 石井国交相の発言をみる限り、三世代を同居させる住宅政策は少子化対策の文脈の中で取り上げられています。しかし実際には育児よりも、介護にウェイトを置いているように思われました。というのも少子化問題も重要な課題ではあり、どちらも共に対策すべきなのですが、より直近で深刻な高齢化による介護問題になりそうだからです。

 今年3月時点で要支援・要介護の認定を受けた人は606万人ほど。これは国民の20人に1人が要支援・要介護者だということになります。支援・介護の中心となる若者世代が働きながら介護をするのには限界があります。場合によっては親の介護のために離職することになりかねません。現状では、35〜39歳から40〜44歳のパートタイマーに介護離職が多く、またパートタイマーはおよそ7割が女性となっています。おそらく女性が介護のために離職するのが当然という風潮が続いていくでしょうし、それでも人手が足りなくなれば、性別にかかわらず介護離職をせざるを得ない状況になるかと思われます。

 国土交通省は2年前から所管の「UR・都市再生機構」が管理する賃貸住宅において「近所割」という制度を導入しています。これは「同じ団地に二世帯が近居」「半径2キロ以内の別の団地に二世帯が近居」など、二世帯が近居している場合、新たに入居した世帯の家賃が5年間5%引きされるというもの。二世帯が近居していれば、育児も介護も助け合えるという前提で作られた制度なのでしょう。

 この制度、「家族の近くに住みたい」「父母、祖父母を自分で介護したい」と考える方にとっては助かるのだと思いますが、これを国策として進められるのは話が違ってきます。祖父母と親との距離感、親と子の距離感、祖父母と子の距離感は、世帯によって様々です。親子関係ですらうまく築けない人がいるのに、三世代の関係を良好に維持できる家がどの程度あるのでしょうか? また前回、前々回でも指摘しましたが、「家族」を社会の基本単位とすることは、家族が故に引き起こされる問題をより深刻化させる懸念があります。ドメスティックバイオレンス、虐待など、家族間で起きる様々な暴力を例に出せばおわかりいただけるでしょう。

 支援・介護を必要とする人が十分に支援・介護を受けられ、さらに、もし家族が支援・介護する側になっても離職などの犠牲を払わないためには、制度による公的な支援が欠かせません。それを投げ出して「家族」に押し付けるのは国がすることではないと思います。財務省は9日に、2020年度までの財政健全化計画の期間中に実施すべき社会保障制度改革案を固めました。その案の中で介護保険については「利用者負担を2割に引き上げる」「軽度者に対する生活援助の自己負担化」など、利用者の負担を強める方向性が打ち出されています。「家族で見てくださいね、国は面倒を見切れませんよ」ということのように聞こえてなりません。いったいどこまで福祉の領域を「家族」に押し付けようと考えているのでしょうか。もしかしたら福祉以外の領域まで、「家族」で押し通すのかもしれません……。

 現政権がもつ「家族」への思い入れ(思い込み?)はいったいどこから来ているのか。何がここまで「家族」に執着させるのか……。しばらくこの問題を追いたいと思います。
(水谷ヨウ)

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