ノーベル賞受賞で再注目「免疫療法」は「まゆつばもの」だらけだった

10月16日(火)11時0分 文春オンライン

 京都大学高等研究院の本庶佑特別教授がノーベル賞を獲ったことで、がんの「免疫療法」に注目が集まり、ネットでもものすごい数のニュースや解説記事が流されました。


「まゆつばの免疫療法」にご用心


 その多くが、本庶教授の発見をもとに開発された免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ(一般名・ニボルマブ)」の仕組みを解説したり、効果を絶賛したりする内容でした。この薬によって、皮膚がんや肺がんをはじめ多くのがん患者の命が救われたのは確かです。



笑顔で会見に応じる本庶佑京都大学特別教授 ©時事通信社


 ところが、しばらくすると今度は、「この薬が万人に効果があるわけではなく、命に関わる副作用もあるので、がん専門医のもとで適正に使用してほしい」と注意を促す記事を見るようになりました。


 さらに、がんの免疫療法といっても、「免疫チェックポイント阻害薬のように効果のあるものだけでなく、効果の定かでない『怪しい治療』もあるので注意してほしい」と警鐘を鳴らす記事も出るようになりました。


 なぜ、後になって過熱する患者の期待にブレーキをかけるような報道がされるようになったのでしょうか。それは免疫チェックポイント阻害薬が不適切に乱用されたり、「ほんものの免疫療法」と「まゆつばの免疫療法」が一緒くたにされたりしては大問題という、がん専門医の危機感があるからです。


 実際、免疫チェックポイント阻害薬が登場するまで、がん医療の現場では免疫療法は「まゆつばもの」と見られてきました。がん専門医の危機感を理解するには、その歴史を知る必要があるでしょう。


当時の治験はいい加減だった


 実は、人間に備わった免疫の仕組みを利用して、がん細胞を叩こうとする発想は、かなり前からありました。古くは1970年代に登場したクレスチン、レンチナン、ピシバニールなど「免疫賦活剤」と呼ばれた薬です。クレスチンはサルノコシカケ科のカワラタケ、レンチナンはシイタケ、ピシバニールは溶連菌が原料でした。これらを投与すれば患者の免疫が活性化されて、がん細胞を叩くことができると考えられていたのです。


 しかし、がんの専門医によると、これらの薬が承認された当時の治験(国から医薬品の販売許可を得るために行われる臨床試験)は、データの取り方や解析の方法が非常にいい加減だったそうです。クレスチンに至っては、胃がんの術後に投与すると生存率が向上するという国内で行われた臨床試験のデータの扱いに誤りがあることがわかり、実際には生存率が向上しないことも明らかになりました。



毎年百億単位の莫大な売上をもたらした


 にもかかわらず、これらの薬は医薬品売上ランキングの上位に入るほどがん患者にたくさん使われ、製薬会社に毎年何百億円という莫大な売上をもたらしたと言われています。クレスチンとレンチナンは有効性が定かでないことから次第に臨床現場で使われなくなり、結局、昨年から今年にかけて相次いで販売が中止となりました。ピシバニールも、がんの標準治療(世界中の臨床試験の結果に基づき、現時点で行える最も効果のある治療)には組み入れられていません。



「がんが消えた! 治った!」


 ちなみに、クレスチンやレンチナンがそうであるように、キノコには免疫を活性化する作用があるとされています。そうした細胞や動物レベルでの実験データを元に、医薬品としてではなく健康食品として広まったのが、アガリクスやメシマコブなどでした。20年近く前、「がんが消えた! 治った!」「奇蹟のキノコ・アガリクス」といったタイトルの本の広告が連日のように新聞に載っていたのを覚えている人もいるのではないでしょうか。


 あれは実は「バイブル商法」と言って、本の形式を借りて健康食品を宣伝するための広告でした。「がんに効く」とされていても健康食品やサプリメントは医薬品ではないので、薬事法(現在の医薬品医療機器等法)に基づき、効能・効果の宣伝を禁じられています。しかし、バイブル商法では「本の宣伝」という抜け道を使って、堂々と新聞に広告を出していたのです。



がん患者を食い物にする「がんビジネス」


 その本を買うと、アガリクスやメシマコブを飲んだおかげで「医師から見放されたがんが消失した」「末期がんから生還した」という体験談が何本も載っていました。そして、巻末やしおりに商品問い合わせの電話番号があり、そこに電話するとアガリクスやメシマコブが買えるという仕組みになっていました。


 しかし最終的には、これらの本を出していた出版社が薬事法で摘発され、体験談やがんに効くとされたデータもねつ造であることが発覚しました。やはり、がん患者を食い物にする「がんビジネス」だったのです。こうした広告は新聞に載らなくなりましたが、かたちを変え主戦場をインターネットに移し、販売が続けられています。


有効性が認められなかった「がん免疫細胞療法」


 もう一つ、免疫でがんを叩こうという発想から生まれたのが「がん免疫細胞療法」です。もっとも古典的なのが、1980年代に米国国立がんセンターのローゼンバーグ博士が開発した、「活性化自己リンパ球療法(LAK療法)」でした。患者の血液から採取した免疫細胞を研究室で培養し、増殖・活性化したリンパ球を点滴で戻すという治療法です。


 日本でもいくつかの大学病院や地方のがんセンターなどで臨床研究が行われていいました。国から、保険診療と併用できる「高度先進医療」(現在の「先進医療」)としても認められ、自費を支払えば患者もこの治療を受けることができました。


 しかし、LAK療法は2006年4月に高度先進医療から落とされてしまいました。通常、高度先進医療(先進医療)として認められた医療技術は、集められたデータで有効性と安全性が認められると保険診療に組み入れられます。ところが、LAK療法は結局、有効性が認められなかったのです。


 LAK療法だけでなく、免疫細胞療法には「樹状細胞ワクチン療法」や「ナチュラルキラー細胞療法(NK細胞療法)」「細胞傷害性Tリンパ球療法(CTL療法)」「ペプチドワクチン療法」など、様々な方法が研究されてきました。しかし、臨床試験によって有効性や安全性が確立されたものは今のところなく、保険診療にも標準治療にもなっていません。



効果があやしい高額な免疫細胞療法


 そもそも、がん細胞には免疫細胞の攻撃から逃れようとする様々なメカニズムがあるため、体内の免疫細胞に「がんばれ」とお尻を叩くだけでは、がんを攻撃するのは難しいという原理的な問題があるのです。逆に言えば、がん細胞が免疫細胞の攻撃から逃れる仕組みを見破り、そのブレーキを外す方法を考え出したからこそ、本庶教授の研究は画期的だったと言えるのです。


 にもかかわらず、一部の民間の医療機関では、有効性も安全性も確立していない免疫細胞療法を保険の利かない「自由診療」で行っており、たとえばあるクリニックでは、2週間ごとに6回点滴を打つ1クール(1コース)の治療で、200〜300万円にもなる料金を請求しています。



 医の倫理では、有効性や安全性が確認されていない治療は「臨床研究」として実施すべきであり、「被験者」として研究に協力してくれる患者からは費用は取らないで、研究費からまかなうべきだとされています。むしろ治験では、患者に日当や交通費に相当する謝礼が支払われます。


 にもかかわらず、免疫細胞療法を行っているクリニックは、本来なら臨床研究として行うべき治療を、患者から非常に高額なお金を取って行っているのです。だから、真っ当ながんの専門医たちは、「そんな治療で患者からお金を取るなんて許せない」と批判しているのです。「そんな治療にお金をつぎ込むなら、おいしいものを食べたり、温泉に行ったりしたほうがいい」。がん専門医に聞けば、そのような答えが返ってくるはずです。


「来期は患者を○%増やす」


 逆に、それほど批判されているのに、なぜ免疫細胞療法を行っている民間のクリニックは、それをやめられないのでしょうか。その大きな理由の一つとして考えられるのが、クリニックのバックに、免疫細胞の培養会社がついていることです。


 これらは「株式会社」ですから、売上を伸ばさなければ株主に突き上げられます。私はある培養会社の投資家向けの資料(IR情報)で、「今期は売上が伸びなかったので、来期は患者を〇パーセント増やす」といった趣旨のことが書かれているのを読んだことがあります。つまり、資本主義の論理に基づいて、運営がなされているのです。


 そのため、こうしたクリニックはネット広告やがんセミナーなどを行って、たくさんのがん患者を集めようとします。ある培養会社の取締役には、大企業の元役員、厚労省の元官僚、大学病院に勤めていた医師なども名を連ねていました。また、最近では、テレビCMでおなじみの某美容外科系の医療法人も免疫細胞療法のクリニック運営に乗り出しています。「医は算術なり」という言葉もありますが──医師だけでなく、企業家にも倫理はないのかと、本当に嘆かわしく思います。



「ほんものの免疫療法」と呼べるための狭き門


 がんの新しい治療法が「まゆつばもの」ではなく、保険診療に昇格して、標準治療としても認められるには、実際の患者を対象に臨床試験を行って、生存期間が延長することを示す必要があります。


 国からの承認を受けるための臨床試験である「治験」には、20〜100人の健康な人を対象に安全性を確かめる「第Ⅰ相試験」、次に50〜200人の患者で有効性、安全性、投与量などを確かめる「第Ⅱ相試験」、そして最後に、200人〜2000人規模で、実際の使用に近い方法で有効性と安全性を確かめる「第Ⅲ相試験」があります。



 この3段階すべてで有効性と安全性が認められ、勝ち残っていくのは容易なことではなく、動物実験で有望な結果を出し、人間で試す前段階まで来た候補物質のうち、国から承認されるのは「250分の1」の確率とされています。オプジーボは、この「狭き門」をくぐり抜け、生存期間の延長を示せたからこそ、多くのがん専門医がまゆつばでない「ほんものの免疫療法」と認めたのです。


日本のがん医療を歪めている大きな要因


 がんの「最先端医療」を競って報道したがるメディアにも大いに問題があります。こうした医の倫理や臨床試験の仕組みを知らないために、まだ実際の患者で確かめもしていない動物実験の段階や、第Ⅰ相、第Ⅱ相試験の段階で「有望な治療」と報道してしまうことが多いのです。


 しかし、一番重要なのは「第Ⅲ相試験」です。そこで出た結果によって、本当に多くの患者の生存期間が延長できるのか、真価がわかるからです(ただし、市販後多くの患者に使われて、初めてわかる副作用も多いので、安全性についても慎重に報道する必要あり)。にもかかわらず、日本の大手メディアは動物実験の段階で大騒ぎするのに、第Ⅲ相試験の結果をほとんどまともに報道しません。それが、日本のがん医療を歪める大きな要因の一つになっていると私は思います。


 本庶教授の研究は画期的な成果と言えますが、がんの「免疫療法」はまだまだこれからで、多くの人が安全に使え、確実に効果を出していくには、研究を重ねる必要があります。今回のノーベル賞受賞の報道によって、多くの人にがん医療の適切な知識が広まることを期待したいと思います。



(鳥集 徹)

文春オンライン

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