アニソンで読み解く「平成」時代:序章・時代の象徴としての「深夜アニメ」

2018年10月20日(土)20時0分 Jタウンネット

Jタウンネットでは、平成29(2017)年3月から「平成ノスタルジー図鑑」なる連載を行っている。改元を前にして、平成文化を振り返るべく、編集部員を中心とした有志からなる「平成ノスタルジー研究会」を結成。いまや懐かしいグッズやサービス、世俗などを紹介してきた。


そんなある日、「入会希望」のメールが届いた。大学院でノスタルジー研究をしているという彼は、「学術団体ではないと認識」しつつも、研究会に興味を示しているという。


「幸か不幸か平成のほぼすべてをこの目に焼き付けることができたと自負しております。ですので、今でも同世代の友人たちと平成の思い出話で盛り上がることがしばしばです」(メールより引用)

添えられたエピソードを読むにつれ、平成に育ったK編集長(当時)も、懐かしい思いになってきた。そこで、これも何かの縁だと、自身の経験をまじえて、「平成」について考察していただくことにした。


「平成最後の夏」が終わった年


平成最後の夏が終わった。来年元号が変わるということで、今年(平成30=2018年)は「平成」に対するノスタルジーがちょっとした流行になっているかのように感じる。そもそも、「平成最後の夏」というフレーズ自体がその象徴だと思われる。


筆者は平成3(1991)年の生まれなので、平成しか生きていない。逆に言えば、平成のほとんどをこの目で見てきた自負がある。それゆえ、やはり思い入れは深く、ノスタルジーを感じてしまう。


ノスタルジーに関しては主に社会学や心理学の立場から、平成時代に関しても(その中核を占めるいわゆる「ゼロ年代」に関する評論まで含めると)やはり様々な分野から膨大な研究がなされているため、ここではあえてそのようなアプローチからこの時代を概観することはせず、あくまで個人的な体験に基づき、平成を振り返ってみようと思う。


平成の象徴「深夜アニメ」


「平成」の象徴として、私が真っ先に頭に浮かぶのはアニメである。もちろん、昭和にもアニメはあったが、平成のアニメは、昭和のそれとは違い、深夜に大量に放送されている点で特殊だと思われる。


深夜アニメに火がついたのは、もともと夕方の枠で放送されていた「新世紀エヴァンゲリオン」を平成9(1997)年に再放送したのがきっかけだとはよく耳にするが、これも諸説ある。なにはともあれ、ゼロ年代までには一般的になった。


アニメが深夜帯に放送されるようになりどうなったか。これはゼロ年代に青春を過ごした方ならわかってくださると思うのだが、中学生や高校生が平日深夜にアニメを視聴する癖が身についてしまった。そもそも、深夜アニメは作品のターゲット層を大人に設定したがゆえに誕生したと思われるが、やはりアニメはアニメ。中高生だって今まで通り見たかったのである。


私的深夜アニメ考


ここで、私の個人的な感覚を書いてみよう。平成10年代前半まで、深夜アニメを見ることに抵抗があったと思う。当時を振り返って、私の考える理由を以下に整理してみよう。


(1)まだオタク扱いされるのがとても恥ずかしいことだった


「オタク=アニメをよく見る」という方程式はまだ残っているとは思うが、とにかくゼロ年代前半あたりまではジーンズにシャツを入れてリュックサックを背負ってそこからポスターがはみ出しているといったオタク像が一般的だった(ちなみに、当時は「秋葉系」などと呼ばれていた)。その烙印を押されてしまうと、クラスメイトから敬遠されるのではないかという危機感があった。


(2)まだ「萌え系」の絵柄は深夜アニメくらいしかなく絶妙な「アダルトさ」を感じさせた


今や「萌え系」すら死語と化したが、当時はそんなタッチの絵は深夜アニメでしかお目にかかれなかったように思う。今みたいにボーカロイドがコンビニの広告に使用されていたり、Vtuberがワイドショーに登場したりなんて想像すらできなかった。そしてそれは、多感な時期の中高生にそこはかとない「アダルトさ」を感じさせる絵柄だった。


(3)そもそもオタク自体少し怖かった


2ちゃんねる(現5ちゃんねる)がまだアングラで怖いオタクの溜まり場というイメージだった。中学生の頃、ガラケーからなんとなくアクセスし、独特の用語が飛び交っているスレッドに書き込みをしてみたのもつかの間「夏休みだな」と返信された時は恐怖を覚えたものだ。


なにはともあれ、深夜アニメは視聴するだけでも少しスリリングであった。視聴に対して原因の分からぬ背徳感を覚えるというのは既に書いたが、たとえば自分の部屋でアニメを見ているときに親がたまたま入ってきたらどうしよう......なんてことにさえ本気で恐怖を抱いていた。


しかしながら—深夜アニメ(及びそれを愛好するオタク)は、平成16(2004)年に2ちゃんねるで生まれ、映画やテレビドラマになった「電車男」の流行により存在が認知され始め、その後出現したニコニコ動画などの動画投稿サイトの影響で完全に市民権を得た。


そして、平成20年代突入するとAKB48が本格的にブレイクし、秋葉原もオタクの街から国際的な観光地へと変貌するのである。


平成のアニメを彩ったアニソンたち


深夜アニメといえば、特徴的な歌詞のアニソンも人気の要因のひとつだが、その歌詞を紐解くと偶然にも世相とシンクロするようなものが多くある。それは意図されたものではないにも関わらず、である。そこで、この連載では、アニソンを用いて当時の世相を懐古することを目的とした。


まず初回では平成18(2006)年にスポットを当て、当時を振り返ってみたい。



筆者:安藤ろぽふ平成3(1991)年生まれ。ロシアにおけるノスタルジーを研究している大学院生。ソ連史、昭和アイドル、平成アニソン、純喫茶が主なテリトリー。基本的に懐かしいものが好き。ツイッター(@return_to_2000)。



平成時代に深夜アニメが普及した

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