橘家文蔵 「お札はがし」は聴き応えある大ネタとして定着か

10月25日(木)16時0分 NEWSポストセブン

橘家文蔵の魅力を解説

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 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、橘家文蔵の聴き応えのある「大ネタ」についてお届けする。


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 豪快かつ繊細な芸風で人気の橘家文蔵。長年「文左衛門」として親しまれた彼が三代目を襲名して丸2年、今ではすっかり文蔵の名が馴染んでいる。9月2日、神保町らくごカフェで文蔵がネタ下ろしを披露する「ザ・プレミアム文蔵」を観た。


 1席目はネタ下ろしで長編『牡丹灯籠』から「お札はがし」。お露の幽霊に萩原新三郎が取り殺される有名な場面だ。文蔵はもともと怪談噺には興味がなかったが、「本当に怖いのは人間である」ということを描いていると気づき、怪談を面白いと思うようになったのだという。


 地の語りで浪人の新三郎とそれを世話する伴蔵・お峰夫婦のプロフィールを丁寧に説明してから、伴蔵とお峰の会話へ。この夫婦の会話が実にリアルで面白く、ときに滑稽噺のテイストをも交えて笑いを呼ぶ。


 その伴蔵の台詞の中で、新三郎とお露にまつわる「これまでの経緯」を手短に紹介するくだりは、聴き手に親切であると同時に、この夫婦は「お札をはがすと何が起こるか」を知っているのだと明らかにしておく、という伏線にもなっている。


 特筆すべきはお峰の可愛さ。「幽霊が毎晩来る」と亭主に聞かされて「やだ、お化けキライ!」と怖がるトーンの「可愛さの中に滲む可笑しさ」は文蔵ならでは。そんな彼女が、一転してドライに(しかもあくまで可愛く)「じゃあ幽霊に百両もらいましょうよ」と言い出すあたりに「女の怖さ」が表現されている。そして、そんな「しっかり者で可愛い女房」に言いくるめられ、新三郎が殺されると知りながらお札をはがそうと決意する伴蔵の「男の弱さ」の描きかたも見事だ。



 新三郎の身を護る仏像を取り上げる手段として「行水させましょう」と計略を語る女房、「よくそんなことすぐに思いつくなぁ!」と感心する亭主、という構図が滑稽噺の長屋の夫婦みたいだ。落語らしさを前面に押し出した、笑える「お札はがし」。聴き応えのある「文蔵の大ネタ」として定着しそうだ。


 休憩を挟んで後半には『大工調べ』を。これは与太郎の可愛さが突出していて、冒頭の棟梁との会話からして他の演者と一線を画す可笑しさ。棟梁の「江戸っ子らしさ」は文蔵の真骨頂で、大家への腰の低い対応から怒りを爆発させるまでの流れも実に自然、大家への啖呵はリズムに流れることなく「腹から出ている」台詞。対する大家の因業ぶりも際立っている。喧嘩になってマゴマゴする与太郎の「毒づきかた」の可愛さで爆笑させてサゲ。文蔵らしい痛快な『大工調べ』だった。


●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。


※週刊ポスト2018年11月2日号

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