忠臣蔵がなぜ300年近くも愛されてきたのか?文楽の「通し」を観るとよくわかるその理由

2024年10月29日(火)8時0分 JBpress

かつて「忠臣蔵」は年の瀬の風物詩だった。赤穂浪士・四十七士が主君の仇を討つために吉良上野介の屋敷に討ち入ったという、江戸時代に実際に起こった事件を題材にしたストーリーは、映画やテレビなどで目にすることも多かった。この物語、実は文楽が原点。大阪の国立文楽劇場ではこの11月、『仮名手本忠臣蔵』の通し公演が開催される。これは見逃せない!

文=福持名保美 


名作中の名作『仮名手本忠臣蔵』こそ、一度「通し」で見ておくべき

 歌舞伎もそうだが文楽でも、公演チラシを見ると、いくつもの演目名が載っている。

 2024年12月の東京公演は三部制で、第二部は『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』 熊谷桜の段/熊谷陣屋の段と『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』阿古屋琴責(あこやことぜめ)の段。このように見せ場の段(パート)を抜粋して取り合わせるのを「見取り(みどり)」という。それに対してひとつの作品を一日かけて通して演じるのが「通し(とおし)」だ。

 観どころ聴きどころが詰まった「見取り」も楽しいが、ストーリーをじっくり味わえる「通し」には戯曲そのものの面白さに触れられるよさがある。「見取り」でよく演じられる人気演目こそ、一度「通し」で見ておくと、題材となった事件や登場人物のバックグラウンドなどがわかり、次に「見取り」で観たときにいっそう楽しくなるはずだ。

 1746年からの3年間に、大坂・竹本座にて人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)として立て続けに初演された『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』。いずれもまる一日かけて演じられる大作で、人形浄瑠璃にとどまらず歌舞伎でも人気を博し、「三大名作」として現在でも上演回数の多い演目となっている。

 なかでも『仮名手本忠臣蔵』は名作中の名作。創られて以来約300年、途絶えることなく上演されてきた絶対的人気演目なのだ。何度も映画化、ドラマ化もされ、昭和から平成のある時期にかけては、年末といえば「忠臣蔵」だった。20世紀を代表する振付家ベジャールによりなんとバレエにまでなっている。赤穂浪士(あこうろうし)たちが吉良(きら)邸に討ち入ったのが元禄15年12月14日(旧暦)。それにちなみ東京・泉岳寺では今も毎年12月14日に義士祭が催される。

 この実際にあった「赤穂浪士事件」を題材に、赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助(おおいしくらのすけ)を中心とした遺臣四十七士が、主君・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の仇である吉良上野介(きらこうずけのすけ)の屋敷に討ち入り、その首を取るまでの艱難辛苦を全十一段で描いたのが『仮名手本忠臣蔵』。

 四十七士にちなんで、事件の47年後に初演し大ヒット。当時は事件そのままでの上演が許されなかったため舞台を『太平記』の世界に移し、大石は大星由良助(おおぼしゆらのすけ)、浅野は塩谷判官(えんやはんがん)、吉良は高師直(こうのもろなお)など実在の人物をもじったものに変えている。

 現代の私たちが見ても飽きることがない、緩急メリハリの効いた緊密な構成。忠義という武士の論理と、それにより押しひしがれる色恋や親子の愛など情の世界が絡み合い、厚みのあるドラマが繰り広げられる。


赤穂浪士事件を題材に、リアルな演出や人間模様で大人気に

 赤穂浪士事件を題材にした歌舞伎や浄瑠璃、浮世草子などはそれまでもさまざまつくられてきたが、『仮名手本忠臣蔵』があまりによくできているため、現在に至るまで実際の事件のことも「忠臣蔵」と呼ぶようになった。上演回数も圧倒的に多く、不入りの際の切り札として使われてきた、いわばテッパン演目だ。

 文楽や歌舞伎といえば、主筋の首の代わりに自分の子など他の者の首を差し出す「偽首(にせくび 贋首とも)」など現代の私たちには受け入れ難い事態や、お姫さまに狐がのりうつって宙を飛ぶなどのおとぎ話のような設定がよく出てくるが、『仮名手本忠臣蔵』にはそれがない。

 隈取(くまどり)の首(かしら)も出てこないし、衣裳も写実的。御殿で傷害事件を起こした塩谷判官は切腹となり、領地は没収(会社でいうなら倒産)。主君の無念を果たそうという者もいれば、それよりお家の資産を山分けして新しい人生をという声も上がったり、そんな騒動のさなかに逢い引きしていた恋人たち(文楽の常で女性の方が積極的)が騒動の最中の城内に戻れず、女の実家に身を寄せたり、と、リアルな人間模様が繰り広げられる。

 竹本座での初演後すぐに歌舞伎にも移されこちらも大人気となった。

 人形浄瑠璃に敬意を払い、大序(だいじょ)「鶴が岡兜改め(つるがおかかぶとあらため)の段」冒頭では、舞台上の役者たちはみんな下を向いて人形のように動かず、名前を呼ばれて初めて息を吹き返したように動き始めるという演出になっている。

 また、五段目に登場する斧定九郎(おのさだくろう)を元々の山賊姿から、白塗り・黒紋付の着流しという、悪くてかっこいい色悪(いろあく)姿にしたのは歌舞伎役者の工夫で、それが人形浄瑠璃に取り入れられるという逆輸入パターンもある。


通しならではの見どころ満載。東京から気軽に日帰りも可能

 2016年東京・国立劇場小劇場(現在休場中)での『仮名手本忠臣蔵』通し公演は二部制、第一部は10時半開演で大序から六段目「早野勘平腹切(はやのかんぺいはらきり)の段」まで一気に、第二部は七段目「祇園一力茶屋(ぎおんいちりきぢゃや)の段」から十一段目「花水橋引揚(はなみずばしひきあげ)の段」までで、終演が21時半。まさに丸一日かけての全段通しだった。演者は大変、観る側もへとへと。ある意味「修行」だった、という声もよく聞いた。

 今回、大阪・国立文楽劇場11月公演での「通し」は、11時開演の第1部が大序から四段目「城明渡しの段」まで、第2部は五段目「山崎街道出合いの段」から七段目「祇園一力茶屋の段」までで、20時半終演予定。東京からの日帰りも可能な上演時間となっている。歌舞伎などでよく上演されるエピソードが押さえられており、第2部の冒頭には『靱猿(うつぼざる)』という狂言を元にした和める演目も配され、気軽に観にいける。

 配役表を見るとわかるように、人形遣いはひとつの役を通して遣う。このたび文化功労者に選ばれた吉田和生(よしだかずお)は塩谷判官を、桐竹勘十郎(きりたけかんじゅうろう)は早野勘平を、吉田玉男(よしだたまお)は大星由良助を。四段目で敵討の決意をかためた由良助は、それを腹に持って七段目の祇園一力茶屋での遊蕩三昧を演じるのだが、その度量の大きい人間像が、ひとりが通して人形を遣うことでより伝わってくる。

 早野勘平も、三段目の美しい若侍が五段目では落ちぶれて猟師の姿となり、六段目で切腹するに至る過程をひとりの人間として見せるのが、文楽の通しのよさなのである。

『仮名手本忠臣蔵』ならでは特別な演出も面白い。

 四段目「塩谷判官切腹の段」は「通さん場」といわれ、客席への出入りが禁じられてきたが、今回も途中退出・入場ともにご遠慮を。厳粛な空気のなか、判官の最期を固唾を呑んで見守る。着信音が鳴ったら台無しなので、スマートフォンなどの電源を切るのをお忘れなく。

 七段目『祇園一力茶屋の段』では太夫に注目を。文楽では通常、舞台上手(客席から見て右)に設えられた出語り床(でがたりゆか)でひとりの太夫がすべての登場人物を語り分けるのだが、七段目はひとり一役担当となり、計12人もの太夫が登場する。

 しかもそのうち、寺岡平右衛門(てらおかへいえもん)役の太夫は、人形・平右衛門登場に合わせて舞台の下手(客席から見て左)に出てきて、無本で語るのだ。詞章の書かれた床本(ゆかほん)も、それを置くための漆塗りの見台(けんだい)もなし。上手の太夫との緊迫した掛け合いが聴きどころ。今回は竹本織太夫(たけもとおりたゆう)が平右衛門を勤める。


2025年2月には、東京公演でも人気作の「通し」が上演

 残りの段のうち、八段目と九段目は国立文楽劇場2025年1月公演第2部で上演。九段目「山科閑居(やましなかんきょ)の段」は、義太夫節最高の難曲といわれ、座頭格の太夫が語るのでお聴き逃しなく。十段目、十一段目が4月公演で上演されるのか、発表が待たれる。

 歌舞伎ではどうしても役者を見に行く気持ちが強い。「〇〇の由良助」「〇〇のおかる」というように、誰が演じるかが重要となる。それに対し、人ではない人形が演じる文楽では、由良助、おかるという役そのものに純粋に感情移入できる。

 また、人形を遣う者がセリフを発せず、太夫という語りのスペシャリストがセリフも情景描写もすべて担当することにより、浄瑠璃の持つドラマ性が際立ってくるのだ。文楽では字幕も出るので(これについては賛否両論あるが…)、江戸時代の言葉も視覚的に理解しやすい。

 なぜ日本人が「忠臣蔵」にかくも心惹かれてきたのか、その理由を探りに、今回の通し公演を観に行ってみてはどうだろう。

 ちなみに2025年2月の東京公演は、大化の改新を題材にした『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』の通し。第1部の「妹山背山の段」ではロミオとジュリエットにもたとえられる悲恋が描かれる。舞台中央に吉野川、その両脇には桜に彩られた妹山と背山。それぞれに太夫と三味線の出語り床が設えられ、掛け合いで悲劇が進んでいく演出が見事。こちらにもぜひ足を運んでほしい。

【公演情報】

国立文楽劇場開場40周年記念 11月文楽公演

国立文楽劇場(大阪・日本橋)
11月2日〜11月24日(12日は休演)

●第1部 午前11時開演(午後3時20分終演予定)
『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』
大 序 鶴が岡兜改めの段・恋歌の段
二段目 桃井館力弥使者の段・ 本蔵松切の段
三段目 下馬先進物の段・腰元おかる文使いの段・殿中刃傷の段・裏門の段
四段目 花籠の段・塩谷判官切腹の段・城明渡しの段

●第2部 午後4時開演(午後8時30分終演予定)
『靱猿(うつぼざる)』
『仮名手本忠臣蔵』
五段目 山崎街道出合いの段・二つ玉の段
六段目 身売りの段・早野勘平腹切の段
七段目 祇園一力茶屋の段

https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2024/611/

【そのほかの公演情報を知るには】

●文楽協会

https://www.bunraku.or.jp/

【チケットを手に入れるには】

●大阪・東京公演
国立劇場チケットセンター(会員登録無料)

https://ticket.ntj.jac.go.jp

各種プレイガイドでも取り扱いあり(一部の公演に限られる場合も)。地方公演はそれぞれの劇場に問い合わせを。

【参考文献・参考サイト】

大谷晃一『文楽の女たち』文春新書
藤田洋『文楽ハンドブック』三省堂
松平盟子『文楽にアクセス』淡交社
三浦しをん『あやつられ文楽鑑賞』ポプラ社
山田庄一『文楽入門』文研出版
吉田玉男・山川静夫『文楽の男 吉田玉男の世界』
『演劇界増刊 忠臣蔵』演劇出版社
『新編日本古典文学全集 浄瑠璃集』小学館 ほか
文化デジタルライブラリー

※情報は記事公開時点(2024年10月29日現在)。

筆者:福持 名保美

JBpress

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