宇宙は「ボルツマン脳」が作り出した虚構か? 我々が仮想現実空間にいる可能性が高い理由

2022年10月31日(月)7時0分 tocana


 宇宙の歴史はすべて嘘だったかもしれない。知的情報サイト「Big Think」(10月21日付)から、物理学の常識を覆す思考実験「ボルツマン脳」をご紹介しよう。


※ こちらの記事は2018年10月22日の記事を再掲しています。


■ビッグバンとエントロピー


 約138億年前のビッグバンで宇宙が誕生し、長い年月をかけ、惑星、銀河系、そして地球、生命体、人類が次から次へと生まれてきた。これはエントロピー増大の法則の観点からも記述することができる。


 エントロピーとはざっくり言って、「無秩序(乱雑さ)の度合い」のことをいう。たとえば、卵を黄身と白身に整然と分けた状態はエントロピーが小さいが、両方をボールに入れかき混ぜるとエントロピーが増大する。また、エントロピーは常に「小さい(秩序)→大きい(無秩序)」という方向に進むため、かき混ぜられた卵をそっくりもとの完璧な黄身と白身の状態に戻すことはできない。


 先ほどの例でいえば、最低のエントロピー状態であるビッグバンから、エントロピーが増大していき、地球が誕生し、人類が誕生してきたということだ。


 しかし、なぜ低エントロピー状態であるビッグバンがそもそも存在したのだろうか(宇宙は始まったのだろうか)? この疑問に1つの回答を与えたのが、19世紀の物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマンである。


 熱現象の不可逆性(エントロピーの増大)を証明したことで有名なボルツマンであるが、同時にエントロピーが減少する可能性にも言及している。時間の経過とともにエントロピーが増大する確率は高いものの、エントロピーが減少する確率もゼロではないというのだ。


 エントロピーが減少するとは、たとえば、部屋の中に散らばった全ての分子が、部屋の隅っこにかたまってしまう事態を指す。もちろん、こうしたことが起こる確率は極めて低いが、統計的には可能なのだ。


 このアイデアを宇宙に適用してみると、エントロピーが増大し切ってしまった熱平衡状態の宇宙であっても、ランダムな確率で低エントロピー状態に逆行することで、ビッグバンが発生し、宇宙が開始されることになる。


 宇宙はビッグバンとビッグクランチを繰り返すとする「サイクリック宇宙論」に似たアイデアであるが、いずれにしろ、宇宙が1回性のものでないとすれば、「宇宙は無から生まれた」とする説明不可能な想定を回避することができる。


■複雑すぎる宇宙の謎


 しかし同時に、この宇宙解釈は問題も提起する。サルがキーボードの上でランダムに無限回跳ね回ったら、低確率ではあるが、いずれシェークスピア全集と一言一句違わないものを打ち出すことができるだろう。だが、確率的に考えれば、シェークスピア全集よりもはるかに短いリンカーンのゲティスバーグ演説が打ち出される確率の方が高い。


 同様に、ビッグバンがランダムな出来事であり、宇宙の生成もランダムであるならば、我々の知っているような複雑な宇宙よりも簡単なものが生成される確率の方がずっと高いはずだ。このことは量子のランダムなゆらぎの観点から言っても物理学的に支持されているそうだ。


 では、「より簡単なもの」とは何だろうか?



 それは1枚のピザであるかもしれないし、1匹のアリかもしれない。しかし、我々が生きるこの宇宙について考えるならば、考える主体が必要になるだろう。そうでなければ、宇宙の存在についてこうして思いを巡らせることも不可能だからだ。この場合、より簡単なものは「意識」ということになる。


 宇宙の歴史も肉体も必要としない最小単位であるこの「意識」は、「ボルツマン脳」と呼ばれる。我々の経験や記憶は全てこの「ボルツマン脳」の中で起こっていることであり、意識の外には何も存在しないのだ。


 ボルツマン脳のアイデアは、アメリカの哲学者ヒラリー・パトナム(1926-2016)が考案した思考実験である「水槽の中の脳」とも重なる部分がある。以下が「水槽の中の脳」の概要だ。(詳しくはコチラ)


「科学者が、ある人から脳を取り出し、特殊な培養液で満たされた水槽に入れる。そして、その脳の神経細胞をコンピュータにつなぎ、電気刺激によって脳波を操作する。そうすることで、脳内で通常の人と同じような意識が生じ、現実と変わらない仮想現実が生みだされる。このように、私たちが存在すると思っている世界も、コンピュータによる『シミュレーション』かもしれない」


 まとめよう。宇宙の発生・生成がランダムな確率で起こるエントロピーの増減に依存しているならば、ビッグバン→複雑な宇宙の誕生→意識の誕生といった経過を経ず、ビッグバン→意識の誕生(ボルツマン脳)という、より簡単な経過を経る方が確率的に高い。ゆえに、我々は仮想現実空間に生きるボルツマン脳である可能性が高い。


 とはいえ、カリフォルニア工科大学の理論物理学者であるショーン・キャロル博士などからは、ボルツマン脳を経験的に証明することができないと批判されており、あくまでボルツマン脳は理論的な可能性にとどまっている。


 果たして、宇宙の歴史は全てボルツマン脳の妄想なのだろうか……? 決して答えのでない問いだが、秋の夜長に思いを巡らせてみるのも良いかもしれない。


参考:「Big Think」、「New Scientist」、ほか

tocana

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