井本陽久さんが選ぶ「教育╳ウェルビーイングを感じるアイデア本5冊」
2022年7月22日(金)11時0分 ソトコト
ノンフィクション作品『シーラという子』の著者、トリイ・ヘイデンは何人もの精神疾患の子どもと向き合ってきましたが、傷害事件を起こして教室に送られてきた6歳の女の子・シーラほど扱いにくい子どもは初めてでした。ヘイデンはシーラに寄り添い、彼女を受け入れる決意をします。シーラの振る舞いに、いい、悪いのジャッジを下さず、行動を変えさせようともしない。シーラを変えるのではなく、受け入れられる自分に変わろうとしたのです。
教育とは、子どもを親や教師の理想とする人間に変えることではなく、親や教師が変わること。ありのままのその子を愛おしいと思えるようになることだと僕は思っています。シーラがどんなに凶暴でも、ありのままの彼女を愛する。ただ、それによってシーラを「よい状態」、ウェルビーイングに誘導することはできません。なぜならそれは、現状のシーラを「悪い」とジャッジしているがゆえの発想だから。ジャッジしていたら、相手は絶対に心を開きません。
僕はフィリピンのスラムに、子どもたちの学習支援に通っていますが、みんな「自分は幸せだ」と笑顔で言います。親も、「もっといい暮らしをしたいけれど、それは神様が決めること。今の状態を幸せだと思えば、幸せになれます」と。あるがままの状態でいること、今の自分の状態を受け入れること。それが、ウェルビーイングだと痛感させられます。
ヘイデン自身が変わろうと努めた結果として、シーラは少しずつ心を開き、社会に出ます。うまくは生きられないけれど、自分の人生をたくましく歩いていこうとしたのです。
『木のいのち 木のこころ 天』は、宮大工の棟梁だった西岡常一が木や人について語る本です。「塔組は木組。木組は木の癖組。木の癖組は人組。人組は人の心組。人の心組は、棟梁の工人への思いやり。工人の非を責めず己の不徳を思え」という言葉が昔から宮大工に伝わっています。一本一本の木には癖があり、その癖が生きるところに使いなさいと。例えば、山の南斜面に生えていた木は建物の南側に、大きく曲がった木は力を強く跳ね返すからあえて柱や梁に使う。いい木、悪い木があるのではなく、木の個性があるだけ。それを生かす。それが、宮大工に伝わる知恵だと著者は語ります。そして、弟子にも個性があり、できること、できないことを把握しながら組み合わせて配置しなさいとも言います。
教育も同じ。その子のまま、個性を生かして生きてほしいです。
『いもいも教室』主宰/栄光学園数学科講師・井本陽久さんの選書1〜2
『いもいも教室』主宰/栄光学園数学科講師・井本陽久さんの選書3〜4
photographs by Yuichi Maruya text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2022年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。