「ポルターガイストは精神疾患を超えた現象」 フロイトも認めた“超常現象研究者”が出した結論とは?
2022年11月9日(水)17時30分 tocana
法学博士号を持つニューヨークのエリート新聞記者がキャリアのすべてを捨ててのめり込んだのはポルターガイスト研究であった。ポルターガイストという超常現象の何が彼を魅了していたのだろうか——。
■主婦の身に起る“ポルターガイスト”を検証
1938年、英ロンドン郊外のソーントンヒース在住の当時34歳の主婦、アルマ・フィールディングは自宅で起こる奇妙で不気味な現象について声をあげた。
アルマによれば、部屋の中で眼鏡が飛び跳ね、腕時計のような物体が彼女の服のポケットからポケットへと移動しているのだと説明し、彼女の背中には謎の引っ掻き傷のような跡が浮かび上がっていたのだ。身に危険が及ぶという意味で“ポルターガイスト”と呼ばれる心霊現象に準ずるものであると言ってもよい。
彼女の夫と息子もいくつかの奇妙な現象を目撃していたが、それはアルマの周囲に集中しているようだった。盗まれた指輪が買い物中にまるで魔法のようにいつの間にか彼女の指にはまっていたり、家族でのドライブ旅行中にネズミのような小動物が彼女の膝の上に突然出現したりすることもあった。
このアルマの話に興味を持ったのが米ニューヨークのジャーナリストであるナンドー・フォドーだった。
ハンガリー出身のフォドーはブダペストの大学で法学博士号を取得後に国を出て、ニューヨークとロンドンで新聞記者として働いていた。ジャーナリストとしての活動の傍ら、フォドーは超常現象やスピリチュアル分野にも関心を抱き、心霊研究サークルの「Ghost Club」や「London Spiritualist Alliance」のメンバーとして活動をはじめていた。
アルマの件の新聞報道を詳しく検証したフォドーは、この“ポルターガイスト”は心霊現象ではないと考えた。フロイトの精神分析学にも傾倒していたフォドーは、アルマの中で抑圧されているトラウマの破壊的な影響力が、外界に現れた現象ではないかという仮説を立てたのである。超常現象やスピリチュアルに興味を持ち、サークルに所属していたフォドーではあったが、ある意味では“アンチ”としての立場で、報告されている現象を徹底的に疑っていたのだ。そしてジャーナリズムを離れ、この研究に完全に没頭することになったのである。
アルマに接触したフォドーは、彼女をロンドンの国際心霊研究所に連れて行き、そこでカメラやボイスレコーダー、X線装置などを使ってアルマの身の回りに起こる現象が記録され詳しく分析された。
そこで明らかになったのは、すべてはアルマの“自作自演”であったことであった。彼女の身の回りで突然出現するとされている物体や生き物は、彼女が服の中で隠し持っていたものであることがX線装置で判明し、身体の傷も自分でつけたものであった。しかしそれはアルマが意図的に行っているものではなく、無意識に行われた行為であったのだ。
予想した通りだが、ある意味では残念な結論に達したフォドーだったのだが、その結果としてスピリチュアル界からは除け者にされ、それとは逆に精神分析学コミュニティからは歓迎された。
フォドーのレポートは死の間際にあったフロイトも目を通したといわれ、アルマ・フィールディング事件についてのフォドーの結論は「非常に可能性が高い」と評したといわれている。
■解離状態で行われた“ポルターガイスト”
この一件の後、フォドーは長い時間をかけてアルマ・フィールディングの身の回りに起こったことを検証してまとめた。そして事件から20年後の1958年、フォドーは著書『On the Trail of the Poltergeist(直訳:ポルターガイストの軌跡)』を出版したのである。
同書の中で彼は、社会によって導入された論理的および倫理的手段に基づいてアルマ・フィールディングを評価することは間違っていると主張した。フォドーによれば、アルマには悪意があったのではなく、解離状態(dissociative state)の中でこのような行為を行っていたと説明している。
「解離した女性は、必ずしも倫理や論理に縛られているわけではありません。彼女は承認された社会的本能に支配されていません。彼女は無意識の心に支配されており、それには独自の行動基準があります。これらの特定の現象に関して、意図的な詐欺の証拠を確保することにより、彼女の解離から生じる多くの問題の1つを明らかにしました」(同書より)
アルマを詐欺師と断罪することは大きな誤りであり、この一件は単なる精神的疾患を超えたものであるというのだ。
「解離は、客観的および主観的な心霊現象を引き起こす精神への損傷によるものであるため、さらに先に進むことは心霊研究の範囲内です。実際、この事件を理解したいのであれば、そうしなければなりません。私たちが議論している現象の背後に心理的な原因があった場合、私たちの主題にとって、詐欺的な現象が本物の現象とまったく同じ価値を持っていた可能性は明らかです」(同書より)
同書で展開されたフォドーの理論は、大衆文化の娯楽としてのゴーストストーリーに取って代わるものにはならなかったが、学界などからは大きな支持を得たのである。
アメリカの小説家、シャーリイ・ジャクスン(1916-1965)にもフォドーの著作は影響を与え、1959年の著作『The Haunting of Hill House(邦訳:山荘綺談)』はアルマ・フィールディングの一件から着想を得たものであるといわれている。
フォドーもジャクソンも、ゴーストストーリーを人間の心の恐怖に置き換えた功績があったと一部からは称賛されている。その意味では人間の心の奥底に眠る“何か”は幽霊よりもはるかに怖いということなのかもしれない。
参考:「Mental Floss」、「Wikipedia」ほか