【北朝鮮】公開処刑の瞬間を捉えたドキュメンタリー映画『素顔の人々』 ! 生き地獄の中で暮らす人々のリアル

11月11日(火)15時0分 tocana

 11月15日からシネマヴェーラ渋谷にて「金日成のパレード」と、同時上映の「北朝鮮・素顔の人々」が2週間限定で上映される。北朝鮮が世界に"誇示"する栄光と、ひた隠しにする暗部をとらえた映像ドキュメンタリーである。

【予告編動画は、コチラ→ http://tocana.jp/2014/11/post_5169.html】

■国民たちが自我を失っていくプロセス

 ポーランドのドキュメンタリー映画界の巨匠、アンジェイ・フィディックが手がけた「金日成のパレード」は北朝鮮の体制が「世界に見せたいもの」を一切の主観をまじえずひたすら列挙していく。絢爛豪華な平壌の地下鉄、病院、映画撮影施設、大規模軍事パレードやマスゲーム、金日成主席と金正日総書記に万雷の拍手を送る民衆......、登場する人物は口々に体制の素晴らしさと、いかにその恩恵を受けているかをアピールする。

 それはまるでサブリミナル映像のようだが、かといって当局に差し出されるままの材料をそのまま映し出すプロバガンダでないことは明白だ。この映画における徹底した客観主義は、人が国家という強大な幻想の前に、いかにして自我を失っていくかを逆説的に示している。また映像が20数年前のものであることは考慮されるべきだが、父子三代にわたる独裁体制の揺るぎなさを再確認できるものでもある。


■命懸けの撮影が捉えた悲劇と強さ

 一方、『北朝鮮・素顔の人々』はショーケースの裏にある、中朝国境地帯の殺伐とした暮らしぶりを北朝鮮の住民自身が隠しカメラによって撮影した30分ほどの記録映像。当局に不利な映像を撮影した者は処刑されるため、身元は完全に伏せられている。まさに命がけの撮影であり、きわめてレアな映像である。

 映像は時折、脱北者による解説を交えながら深部まで迫っていく。

 建物一つない荒野にできた真っ黒な人だかりは、住民が生活のために物を売買する露店だ。「チャンマダン(市場)」と呼ばれ、地方都市を支える「裏経済」である。人々が糧を得るため必死の形相で駆け回り、「コッチェビ」と呼ばれる浮浪児たちが残飯を漁る様子は、どこか平壌の人間より生き生きとし鬼気迫るものがある。

 さらに隠しカメラは、公開処刑の衝撃的な実態もとらえている。

 ある日、住民全員が河原に呼び出され、「人身売買」や脱北未遂を行ったとされる者の公開処刑が行われる。脱北者の解説によると、罪人は弁護人も裁判もなく、即座に処刑されるという。当局の号令を合図に銃声が鳴り響くと、木の棒にくくりつけられた人体がバタリと倒れる。さらに驚くべきは、泣き崩れる受刑者の家族の姿とは対照的に、何事もなかったかのように淡々と刑場から立ち去る住民たちの様子である。誰もがうつむき言葉がないが、足取りはしっかりしている。慣れてしまったのか、それとも逆らう気力もないのか...。

 だが一方では、そのような生き地獄の中、人間性を失わない"強さ"を窺わせる場面もある。5、6歳程度の浮浪児たちが「歌えなきゃ食えないもん」といってカメラの前で、自作の曲を歌いはじめる。その中で、とある少年が自作したという曲を歌いだすが、そこには母親への想いだけが歌われ、体制を賛美する辞句はない。

「母ちゃんだって腹減ってたのに食べ物を俺らにくれた
母ちゃんは自分の夢も希望もみんな俺らにくれた
俺ら大人になっても母ちゃんを探すよ......」

 北朝鮮事情に詳しいジャーナリストによると、「私的な叙情を歌うのは禁じられているというほどでもないが、公的な音楽においては政治的要素を含まない曲ほとんど製作されないし、流されない」という。

 撮影者の「母ちゃんはどうした? 父ちゃんは?」という問いかけに「答えられないよなあ」と一斉に笑う明るさは、彼らの悲惨な境遇とはそぐわず奇妙に映る。

 北朝鮮における「ハレ」と「ケ」の両極を映し出した「金日成のパレード」と「北朝鮮・素顔の人々」。この2つの映像はともに、北朝鮮の現実そのものである。それと同時に、ソ連崩壊後の世界で唯一、社会主義体制を貫き通す北朝鮮の不気味なまでの強靭さを伝えるものともいえるだろう。
(文=北林 青)

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