第8回 GPSもなく、六分儀も失い、月も奪われる日が近づいていた。——角幡唯介「私は太陽を見た」

11月15日(水)17時0分 文春オンライン




 氷河を登りきったのは12月14日のことだった。村を出発してから9日目、停滞もふくめると、たかだか標高差1000メートルの氷河の登高にまるまる1週間かかったことになる。


 なかなか濃密な1週間で、3回ほど死神の横顔がちらちらと見える場面もあり、これが国内の冬山登山なら〈けっこうすごい山だった〉みたいな記事をブログに書いて、他人に自慢して、みんなに〈いいね〉を押してもらえる程度の内容はほこっていたが、しかし残念ながらこの長い旅ではまだ全行程の1割ほどを消化したにすぎなかった。


 ただ苦労はしたが、一応、旅の最大の難所のひとつと目されたセクションを無事に終えることができて、私はかなり安堵していた。それを考えると旅は順調だと言ってよかった。それにまだ満月の時期で、あと10日間は月が出ている。月の出ている明るいうちに氷床とツンドラを越えてアウンナットの無人小屋に着くのが最初の目標だが、今のところまだ間に合いそうである。


極夜では、いつも目印となるものも見えず




 翌日は霧で視界が悪かったので休憩を兼ねて停滞した。夜、といってもずっと夜なので夜という言葉に意味はないのだが、一応24時間制の午後8時とか9時ぐらいになると天気が回復したため、私は外に出て犬とじゃれあって遊んだ。


 次の日から私と犬は行動を再開した。氷河を登り氷床の上に出た後のルートは大体決まっており、まず右手にある大きな別の氷河の縁を7キロほど真北に進むことから始まる。


 7キロといってもGPSがないので完全に感覚をもとにした話である。


 メーハン氷河から氷床を越えて100キロ先のアウンナットの無人小屋までは、過去に何回も往復しているのでルートの特徴はほぼ完璧に把握していた。いつもなら7キロほど進むと右の大きな氷河にクレバス帯が見えてくるので、その位置を参考にして、進行方角をそれまでの真北から北北西335度にかたむける。その角度で氷床を直進すれば、やがてちょうどいいところで氷床を下りられて、ツンドラ大地に突入するという感じである。


 ところがこのときは極夜なので目印となる右の氷河のクレバス帯が見えなかった。月が出ていれば見えるかなぁと想像していたが、実際には全然見えなかった。月が出ていると周辺の雪面がその光を反射して、足元の雪の状態がヘッデンなしでわかるほど明るくなるので、夜の闇における月光は何もかも照らし出す偉大な存在に思えるが、現実的には少し離れただけであの右の大きな氷河のクレバス帯すら見えないんだなぁと、私は意外に感じた。


 この真北から335度の方角に針路を変えるポイントを誤ると、起点を間違えることになるため、その後のナビゲーションがすべて狂ってしまう。したがってここだけは絶対的に正確を期したいところだったが、目印が見えない以上、正確もクソもあったものではなく、私は歩く速度と時間をもとにけっこう大雑把に距離を判断して針路を変えた。



©角幡唯介



激しい登りの後に待っていたのは雪と氷の砂漠だった


 針路変更ポイントのあたりで地吹雪に吹かれて、また1日停滞を余儀なくされ、翌日に行進を再開した。


 そこから先は左手にある、また別の大きな氷河の源頭部に下りて、谷の中のサスツルギ(風で雪がえぐれてできた巨大な風紋)帯を通過し、ふたたび傾斜の強い斜面を登ることになる。暗くて周囲の地形がよくわからなかったが、針路変更ポイントからしばらく進むと、実際にそんな感じになったので、とりあえずルートは外していないと判断し、私は直進した。サスツルギ帯を越えて急な雪面の登りに入ると、重たい橇にペースががくんと落ちた。私も犬もゼーゼーと息を荒げ、バテバテになったが、数時間ほど地形に対して呪いの言葉を吐くうちにようやく傾斜が落ちてきた。


 激しい登りが終わりホッと一息ついたが、ただ、難しいのはむしろそこからだった。その先の氷床は地形的な特徴がまったく失われ、いよいよ真っ平らな雪と氷の沙漠と化すからだ。明るい季節なら南西方向に氷床のむこうの山々の様子が見えるので、それで大まかな位置を確認できるのだが、極夜なのでそれも見えなかった。月光で少しは見えるかなと期待していたが、クレバスと同様、遠すぎて全然見えなかったのだ。


位置が分からなくなったら、もう終わり


 メーハン氷河という難所を越えたとはいえ、その先の氷床とツンドラのセクションも氷河に劣らぬ難所だった。氷床もツンドラも明確な地形的特徴のない、のっぺらとした無表情な二次元平面空間がつづく。暗闇で、かつ地形的な目印がない以上、地図はほとんど役に立たない。おまけに六分儀が飛ばされてしまったので、私は位置を確認するための計器を何も持っていなかった。



©角幡唯介


 それの意味するところは明白だった。私は真方位で335度の方角に進んでいたが、その方角からズレることは絶対に許されないということだった。というのも、氷床を越えるとその先はツンドラ大地にかわり、そこからは真北に針路を変えて、うまくいけばアウンナットの無人小屋に向かう谷に入ることになるのだが、しかしもし氷床段階で針路を誤ってしまえば、最終的には小屋に出る谷を外して、変な谷から海岸線に出ることになってしまう恐れがある。そうなると海岸線はどこも似たような地形をしており、同じ方角を向いているところも多いので、小屋の東にいるのか西にいるのかさえわからないかもしれない。位置がわからなくなれば村にもどることができなくなり、もう終わりである。終わりとはどういうことかというと、死ぬということだ。


月が沈むまであと4日……


 できることなら月が沈まないうちに小屋まで行ってしまいたかった。小屋に到着しさえすれば、位置を完全に確定できるうえ、そこからは海岸線を北に向かえばいいだけなので、ナビゲーションに関する不安はなくなる。もう迷うことはなくなるのだ。月光というのは完全ではないが、それでも極夜の中での行動は月明かりだけが頼りである。時期的にはちょうど冬至が近づいて極夜のうちでも最も暗い時期に入っていた。ただでさえ暗いのに、それが新月が近づいて月の出ない時期に入ってしまうと、完全に暗くなって余計迷う心配が増す。なんとか月の出ている明るいうちにこの厄介な氷床・ツンドラセクションを越えて、精神的に一安心できる無人小屋に行ってしまいたい。今回の朔望で月が完全に沈むのは12月24日だ。そして今は12月20日である。あれ、もう20日? 私は改めて日付を確認してびっくりした。ついこの前までまだまだ余裕があると思っていたのに、気付くと月が沈むまで4日しか残されていなかったのだ。停滞したり犬と遊んだりしているうちに時間がどんどん過ぎていき、おまけに月の動きに合わせて1日を25時間で設定していたので、いつの間にか24時間制にもとづいた通常の日付を追い越してしまっていたのである。


 時間が経つということは月が欠けて光が弱まるということだった。すでに月齢は20を越えていた。月の朔望は平均29.5で一周するので、月齢20というのは人間の一生を80年だとすると50歳を過ぎたあたりである。


 月の死が近づいてきた。早くしないと月が沈んでしまう。私は急に焦りをおぼえはじめた。



©角幡唯介



(角幡 唯介)

文春オンライン

この記事が気に入ったらいいね!しよう

GPSをもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ