『源氏物語』助けを求める朧月夜を、源氏は部屋へ連れ込んで…<悪事をはたらく若者>を主人公に据えた語り部・紫式部の妙

2024年11月21日(木)6時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで——。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。

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源氏の言葉


<巻名>花宴

<原文>まろは皆人(みなひと)にゆるされたれば

<現代語訳>わたしはすべての人にゆるされているのだから

宮中での桜の宴(えん)が終わった夜、源氏は藤壺(ふじつぼ)に逢いたいと思い、後宮の殿舎へ向かいました。

しかし源氏が出会ったのは、右大臣の姫君である朧月夜(おぼろづきよ)でした。源氏は暗闇のなかで出会った朧月夜を抱きかかえ、そのまま奥の部屋に入ってしまったのでした。

朧月夜は「ここに誰か……」と助けを求めますが、それに対しての源氏の言葉が、「わたしはすべての人にゆるされているのだから、少しも困りません。どうぞお静かに」というものです。

なんという、ふてぶてしい言い方かと思われます。皆人(みなひと)が源氏をゆるしているのではなく、源氏が自分をゆるしているのです。源氏の自信と、傲慢さのあらわれです。

源氏の向こう見ずな自信


ところが不思議なことに、朧月夜はこの声を聴いて、少し気持ちが静まったと語られているのです。

朧月夜は、この日の桜の宴で、源氏が自作の漢詩を披露する、声と姿に接していたのでした。

暗闇のなかで間近に聴いた声は、昼の光のなかで聴いた、まさに憧れの人のものだったのです。

源氏の言葉は、このときの源氏でなければ言えないような、向こう見ずな自信にあふれています。

世間知らずな青年期だからこその傲慢さですが、そうした若さが、このうえなく魅力的に語られているのがこの場面だといえるでしょう。

悪徳が美徳に転じる瞬間


こうした悪事をはたらく若者、悪漢といわれる人物を主人公とする物語のジャンルに、ピカレスクノベルがあります。

それらはおもに、下層の悪漢の語りでしたが、ここではむしろ、古代物語の貴族が持つ悪を、ある種の美徳として語ろうとしているようです。悪徳が、美徳に転じる瞬間です。


(写真提供:Photo AC)

朧月夜はこのような、あざやかな不良少年と出会ってしまった、良家のお嬢さまという類型を生きることになります。

しかもこのとき朧月夜は、皇太子の後宮に入ることを予定されていました。

ただ、こうも思われます。

親の決めた結婚の道を進まなければならない良家の女子にだって、このように危険な出会いがあってもよいではないかと。

語り手も、そう思っていたのではないでしょうか。

朧月夜の扇


夜が明けます。朧月夜は最後まで名を明かしません。

「たとえ、わたしが恋死(こいじ)にしても、あなたは、わたしが誰だかわからないと言って、訪ねてくださらないでしょうね」と、源氏へ歌いかけます。

女房たちが起きだします。二人は別れなければなりません。

源氏は自分の扇と、朧月夜の扇を取り替えます。次に会えたときの、目印にするためでした。

朧月夜の扇には、水に映った月が描かれていました。

※本稿は、『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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