6年先の万博の姿、想像できた? 豊田市で親子らがロゴ試作に挑戦!

11月25日(月)15時58分 OVO[オーヴォ]

初めて作ったロゴマークを手にする新見周矢さん(左から2人目)=愛知県豊田市中央図書館

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 日本では、「五輪といえば東京、万博といえば大阪」とつい連想してしまう人も少なくないかもしれない。共に五輪、万博という国際イベントの、日本での初開催地。五輪は1964年の「東京五輪」後に冬季の札幌、長野で開催、万博は1970年の「大阪万博」後に沖縄海洋博、つくば万博、大阪・花博、愛知万博が続いて開かれたが、初回開催地のイメージはなかなか根強い。

 21世紀も「2020年東京五輪」「2025年大阪・関西万博」開催と、20世紀同様のコンビが再び顔を出すことになった。来年の東京五輪は、花形の男女マラソンと競歩全5種目の会場が東京から札幌市に急きょ変わった。東京とは一味違った日本の“五輪”の新鮮なイメージを、北の大地から世界に発信してほしい。

 25年の大阪・関西万博は、70年大阪万博の象徴となった故・岡本太郎氏デザインの「太陽の塔」のようなシンボルは設けない。大阪・関西万博は、個人の幸福や環境保全など17分野のさまざまな課題の解決を目指す国連の「持続可能な開発目標」(SDGs)達成への貢献も開催目的の一つに掲げている。そのような背景から開催テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」と幅広く、一つのシンボルに万博を象徴させるのは難しいのかもしれない。

 過去の各万博のテーマ、「人類の進歩と調和」(70年大阪万博)、「海—その望ましい未来」(75年海洋博)「人間・住居・環境と科学技術」(85年つくば博)「花と緑と生活の関わりを捉え、21世紀へ向けて潤いのある社会の創造を目指す」(90年大阪・花博)「自然の叡智(えいち)」(愛知万博)と比べても、テーマの“射程”は広い。関連するカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の行方も絡みどんな万博になるのか—。期待が膨らむ一方で、焦点の定まらなさも気にかかる。

 太郎氏の“太陽の塔”のような力強いシンボルはないにしても、一般の人が万博全体をイメージできるなんらかの“よすが”は、25年に向けた万博機運の盛り上げには欠かせないだろう。万博準備・運営団体の日本国際博覧会協会は、大阪・関西万博の「ロゴマーク」の公募に合わせて全国各地でロゴマーク作りに挑戦するイベントを開催している。これは、いまだ具体的な姿を想像しにくい大阪・関西万博への一般の関心を高める貴重な機会になっているようだ。

 このイベント「ロゴマークをデザインしてみよう!」は11月10日の石川県野々市市を皮切りに始まり、12月1日までに全国計9会場で開かれる。11月23日は、愛知万博の会場の一つになった愛知県豊田市の市中央図書館で開かれた。万博を経験した土地柄か、想定を上回る親子連れら46人が参加し、ロゴマーク作りに初挑戦した。

 イベントでは、ともにデザイナーの和田武大さん、時岡佑太さんが、ロゴマークの意義や役割についてレクチャー。参加者たちは、「輝く」「進歩」「未来」「夢」「いのち」「世界」「つながる」「交流」など、あらかじめ用意された万博関連のキーワードカードを頼りに、自分なりの万博イメージを膨らましながらロゴマークを仕上げていった。

 和田さんは「手を止めないで」「(一度書いたものを)消さないで」などと、参加者に声をかけながら、頭に浮かんだものを図柄にするコツをアドバイス。和田さんは「ロゴマーク作りは、そのロゴマークで何を伝えるかをよく考えることと同時に、とにかく手をよく動かすことが大切」と助言した。

 母親や友人と参加した豊田市の中学1年、新見周矢さん(12)は「日本と世界が万博で交流を深めてほしい」との願いを込め、日本列島などをモチーフにしたロゴマークを作った。「難しかったけど楽しかった。万博とロゴマークへの興味が少し湧いた」と語った。友人の中学1年、川原純太さん(13)=豊田市=は「万博のキーワードを書いたカードに助けられたので、思っていたよりすらすら描けた」と手応えを話した。

 大阪・関西万博のロゴマークは11月29日正午から12月15日正午まで作品の応募を受け付ける。応募作品の中から、来春までに万博の理念を表すロゴマークが決定する予定だ。太郎氏の「太陽の塔」については、いまだに語られることが多い。“宴”が終わっても、多くの人の記憶にいつまでも残るロゴマークの誕生に期待したい。

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