Netflixの『マイクラ』映像化の陰に『フォートナイト』あり。なぜ、今ゲーム原作の映画が増えているのか?【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(1)|Jini

11月27日(金)20時0分 FINDERS

ゲームジャーナリストJiniと共に、作品、カルチャー、そしてビジネスなどあらゆる角度からゲームの最前線に迫っていく連載「ゲームジャーナル・クロッシング」がスタート。

第1回となる本稿では、「今、ゲーム原作の映画が増えている理由」をテーマに、マリオ、ファイナルファンタジー、ポケモンといった名作を入り口に、いくつかの作品を取り上げていきたい。さらに、今最も勢いのあるコンテンツ企業「Netflix」の作品群を通すことで見えてくる、ゲームと映画の関係性とその未来について探っていく。

Jini

ゲームジャーナリスト

はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、今年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。

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マリオ、FFでの失敗を経た、ピカチュウの成功

多くのゲーマーにとって、あるいは映画ファンにとって、ゲームを原作とした映画の発表はあまり歓迎されなかった。

大半が、つまらないのだ。『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』は今でもマニアにとってはお笑い草である。くたびれた配管工のおっさん(ボブ・ホスキンス)が、なぜか原作とは正反対のサイバーパンク感あふれる地下帝国に忍び込み、妙にグロテスクなヨッシーが出てきて、火を噴くのではなく火炎放射器をぶっぱなすクッパ(デニス・ホッパー)と戦うという珍妙な内容だ。マリオの生みの親ともいえる宮本茂は「作家性の持った違う解釈ができる作品は面白いです」と微妙な表情で語り、主演のボブ・ホスキンスは「自分のキャリア史上最悪」と嘆くなど、約50億円の製作費を使った割に散々な結果に終わった(まぁ、筆者を含め正直嫌いになれないファンもいるとかいないとか)。

『マリオ』は映画側の無茶が原作のゲームを歪めてしまった典型だが、ではゲーム側が映画に寄ればよい作品が作れるかといえばそうとも限らないと、我らがスクウェア(現スクウェア・エニックス)が証明してくれた。2001年に公開された『ファイナルファンタジー』である。ゲームクリエイターの坂口博信自らメガホンをとり、史上初のフルCG映画として、製作費1億3700万ドルをかけ、テーマソングにL'Arc〜en〜Cielを起用するというスクウェアの威信をかけたプロジェクトだったが、興行は振るわなかった。

ゲーム原作で映画を撮ることの難しさは、この2作の挑戦からもうかがえる。どちらも膨大な予算を投じて、キャストや宣伝もぬかりなく、それでもなお失敗した。つまらなかった。それはなぜか。プレイヤーが操作することで体験を作るメディアであるビデオゲームと、観客がシートに座って映像について思考を巡らせるメディアである映画は、媒体の性質がまったく異なるからだ。だからゲームと同じストーリーで映画を、あるいは映画と同じストーリーでゲームを作ったとしても、うまくいくはずがないのである。

ところが近頃、改めてゲーム原作の映画が注目を浴びている。中でも評価が高かったのは、ロブ・レターマン監督の『名探偵ピカチュウ』だろう。ジャスティス・スミス演じる青年が、なぜか人間の言葉を話せるピカチュウと共に、自分たちのルーツをたどるという物語だ。最初こそピカチュウがしゃべる、しかも妙にモサモサしているとファンに警戒されたが、いざ蓋をあけてみればゲームのポケモンにはない、大人が旅をする上での温かみ、また苦みのような味わいを含んだ良作で、最終的には製作費1億5000万ドルに対して1年で3倍の4億5000万ドル近い興行収入を得た。

なぜマリオやファイナルファンタジーがこけて、『名探偵ピカチュウ』はうまくいったのか? それは、原作のゲームに依存することなく独自の映画を作ったからだ。『名探偵ピカチュウ』はゲームの魅力、例えば愛らしいポケモンや、彼らの同居する世界観といったベースをそのままに、少年ではなく青年の目線で作り上げられていた。つまり子供の頃にゲームボーイなどでポケモンに夢中になったものの既にそこから離れてしまった……という青年たちの共感を得られるような映画なのである。これは「今の」子供に寄り添うオリジナルのポケモンにはない、映画ならではの「ポケモン」だった。

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「ライバルはフォートナイト」

今、ビデオゲームは映画と同じように、年齢も、国籍も問わず、あらゆる人間に親しまれるメインカルチャーになっている。ゲームをテーマに映画を作るのは、ごく自然なことだ。特に映画という領域で、ストリーミングという形式で文化そのものを変革しようとするNetflixが、このコラボレーションを試みないはずがなかった。

『ドラゴンズドグマ』 、『ウィッチャー』 、『マインクラフト: ストーリーモード』 、『悪魔城ドラキュラ −キャッスルヴァニア−』 、『カルメン・サンディエゴ』。

いずれも世界的に人気のあるゲームだが、実はこれらすべて既にNetflixで映画化されている。それに加え、『ハイスコア ゲーム黄金時代』や『リーグ・オブ・レジェンドの原点』といったNetflix名物のドキュメンタリーシリーズでもゲームを取り上げており、今後は有名ホラーゲームの『バイオハザード』、 独立スタジオの注目株『返校』 、2020年最大の注目作『サイバーパンク2077』 、フランスの人気暗殺者ゲーム『アサシンクリード』の映像化が予定されている。今Netflixは、怒涛の勢いでゲーム原作映画の製作に取り掛かっており、しかも好評を得ているのだ。

なぜNetflixはここまでゲーム原作の映像化にこだわるのか? そのヒントは2018年の株主総会にある。NetflixのCEO、リード・ヘイスティングスは株主を前にしてこう話す。「我々が戦っているのは(DisneyでもHBOでもなく)『フォートナイト』だ(そして既に負けている)」と。

『フォートナイト』はEpic Gamesの人気ゲームタイトルで、2020年には3億5000万人のユーザーを突破したとされる。またこれらのゲームはGaaS(Game as a Service)といって飽きない限りずっと続けて遊べるよう設計されている。さらにゲームを実況・配信する文化がYouTubeやTwitchで生まれると、実際にプレイせずとも広い意味での「ゲームを楽しんでいる層」が広がっていった。

FORTNITE公式サイトより

こうした「サービス化されるゲーム」は『フォートナイト』だけではない。3人のチームで最後まで生き残りをかけて戦う『Apex Legends』はそのスピーディな戦いが評価され2019年10月に7000万人のプレイヤーが接続するなど、ゲームそれ自体も大きな人気を博したが、何よりも動画・配信が大いに強いタイトルでもある。配信技研によれば、2020年10月で最も視聴されたゲームとして、『Apex Legends』は『あつ森』や『Minecraft』を抜いて堂々1位を獲得した。今やゲームは「遊ぶ」だけでない、「観る」時代でもある。

コンテンツ帝国たるNetflixにとって、最大の競合はどんな映像プラットフォームでもなくゲームという他業種なのだ。こうしたゲーマー層を映像の魅力の虜にしてしまえ、という実にストレートな戦略がNetflixにあると考えられる。

中でも、2019年12月から配信され始めた『ウィッチャー』は、Netflix作品において最もシーズン1が視聴されたドラマになるなど、極めて評価が高い。元々、ポーランドの作家、アンドレイ・サプコフスキの小説を原作に、同じくポーランドのゲーム・ディベロッパーであるCD Projektが『ウィッチャー』としてゲーム化したところ、ポーランドのみならず全世界で高い評価を得た。その経緯もあり、ドラマ版『ウィッチャー』は小説版の短編集を元にしながら、細かな世界観、デザイン、アクションなどはゲーム版を踏襲してオリジナルの映像を目指すという、贅沢な座組で作られている。例えるなら、小説版という親に対して、ゲーム版の兄、そしてドラマ版の弟といった具合だ。

Netflix公式サイトより

紛争の絶えないヨーロッパに似た風景を舞台に(言うまでもなく、各国に分断され続けたポーランドの歴史を少なからず反映した痛烈な世界観だ)、モンスター退治のみを請け負う「ウィッチャー」という存在の孤独が浮かび上がる本作。原作で表現されたダークファンタジーが十全に再現されている。一方で恐ろしいモンスターや敵の剣士たちとの殺陣、そしてヘンリー・カヴィル演じる主人公・ゲラルトのシブいながらもユーモアを感じさせる伊達男ぶりは、ゲーム版の魅力がしっかりと引き継がれている。総じて、ドラマとして極めて完成度が高く、来年2021年に公開が予定されるシーズン2に関しても期待の声が大きい。

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これからのゲーム原作映画は「インタラクティブ・ドラマ」の時代だ

原作ゲームを尊重することで、ファンに訴えかけていった『ウィッチャー』や『名探偵ピカチュウ』などが評価されたことで、ゲーム原作映画が増えつつある現状はわかった。

では将来どのような「ゲーム原作映画」が生まれるのだろうか。その次に、ゲーム原作映画に求められるもの、ゲーム原作映画ならではの表現とは何だろうか。

私はズバリ、「インタラクティブ・ドラマ」の時代が本格的に訪れるだろうと思っている。インタラクティブ・ドラマ、つまり「双方向的ドラマ」とは、視聴者がリモコンやタッチパネルなどを通じて、物語の選択肢を選ぶことができるタイプのドラマのことだ。

すでにインタラクティブ性を取り入れた実験作は次々と発表されており、中でもNetflixの『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』は素晴らしい作品だった。ゲームを愛するオタク少年が実際にゲームを作ろうとするが、どんなゲームを作るか、またゲームを作る上でのトラブルをどう回避するかを、視聴者は主人公の代わりに選ぶことができるが、徐々に主人公は自分の人生が操られているような感覚を覚えて……という、『ブラックミラー』ならではのゾクゾクするスリルとインタラクティブ性が見事に融合した傑作だ。

一方、ビデオゲームは「インタラクティブ・メディア」と元々呼ばれていたぐらい、プレイヤーとの双方向的な表現を模索した文化だ。古くはミステリーゲーム、デートシム、RPGなどあり、最近ではQuantic Dreamの『Detroit: Become Human』など映画同然のリアルな描写で無数のルートに分岐する物語を楽しめるような意欲作も増えている。

「インタラクティブ・ドラマ」はまさに、お互いを求めて走り出したゲームと映画のランデブーポイントなのだ。映画ならではの映像表現、そしてゲームならではの双方向性。その2つの性質をうまく取り込むなら、やはり元々インタラクティブ性の備わったゲームを原作に作品を作るのが手っ取り早いように思うし、今後のゲーム原作映画はきっとインタラクティブ・ドラマが中心になるはずだ。

個人的には、来る『ウィッチャー』のシーズン3あたりで、ゲラルトが誰と一夜を過ごすか選べるようになったらすごく面白いと思う。

FINDERS

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