脳に刺した電極で“強烈な陶酔感”、実の娘も実験台に… 悪魔の科学者は「洗脳装置」を開発したのか?

2022年11月27日(日)11時30分 tocana


 ホセ・マヌエル・ロドリゲス・デルガード(1915年8月8日〜2011年9月15日) は、米イェール大学で生理学を教えるスペイン人教授だった。同大学は、脳への電気刺激による洗脳の研究で有名である。


脳を刺激して行動を制御する実験

 デルガードは1915年にスペイン・ロンダで生まれた。当初は目の健康と障害を専門とする眼科医になろうとしていた。しかし、生理学と神経学を学んだ後、専攻を脳に変更した。1950年にイェール大学医学部に移り、動物の脳に電気刺激を与えることを可能とする独創的な装置を製作し、実験を開始した。


 デルガードの製作した初期の装置は、被験者が自由に動けない仕様で、多くの被験者が感染症にかかるという問題もあった。これが無線で操作できるように改良されたことで、実験者が実験を制御できる一方で、被験者は完全に自由に動くことができるようになった。具体的には、被験者の脳に電極を埋め込み、操作者がスイッチを切り替えるだけで使える仕様だった。この装置は「スティモシーバー」と呼ばれる。


 スティモシーバーを利用した実験で、デルガードは被験者の行動と感情に対する脳波の影響を観察した。サルを使って、攻撃を制御する脳の領域を刺激して攻撃的にしたり、逆に好戦的な性格を抑えたりすることに成功した。また、ネコを使って、不随意の筋肉運動を誘発する方法を研究した。


 さらに、「パディ」と名付けられたメスのチンパンジーの扁桃体(情動反応を司る大脳辺縁系の一部)にスティモシーバーを埋め込み、一種のバイオフィードバック(生体自己制御)を設計した。このバイオフィードバックでは、特定の脳信号が生成されるたびに嫌悪反応が引き起こされる。そのため、パディは非常に大人しくなり、注意力と意欲が低下した。デルガードはパディの実験を人間に応用して、パニック発作などの障害を抑えることができるという仮説を立てた。


精神病患者を被験者としたスティモシーバー実験

 デルガードは後に、精神病患者を被験者としてスティモシーバーの実験を行った。「これまでのすべての治療法に抵抗した絶望的な病状の患者」を選び、そのうちの約25人に電極を埋め込んだ。患者のほとんどは統合失調症またはてんかんの患者だった。デルガードは人間の脳のどこに電極を配置するのが最適かを決めるため、1930年代にてんかん患者の脳を研究したカナダの脳神経外科医ワイルダー・ペンフィールドの研究などに注目した。


 デルガードによると「4人の患者の扁桃体と海馬のさまざまなポイントを無線で刺激すると、快感、高揚感、深く思慮深い集中力、奇妙な感覚、極度のリラックス、色彩視覚などの反応を含むさまざまな効果が得られた」と述べ、「脳の伝達物質は一生、人間の頭の中にとどまり得る。脳の神経伝達を活性化するエネルギーは、無線周波数を介して送信される」と結論付けた。


 デルガードは、スティモシーバーを使用して、感情を引き出せるだけでなく、特定の身体的反応も引き出せることを発見した。患者の運動皮質(脳の前頭葉の一部で、意図的な筋肉の運動を制御する領域)を刺激すると、手足の動きなどの身体的反応が起こった。しかも、患者はその反応に抗えなかった。「先生、あなたの電気は私の意志よりも強いと思います」と言った患者もいた。


 こうした実験結果の中でも最も有望な発見の一つは、大脳辺縁系に存在する「中隔」と呼ばれる領域の発見であるともいわれる。デルガードが中隔を刺激すると、患者は強い陶酔感を得た。この陶酔感は肉体的な痛みや抑うつを克服するほど強力だった。



マスコミによって「悪魔の科学者」の烙印を押される

 スティモシーバーの最も有名な実験は、1963年にスペイン・コルドバの闘牛場で実施された。デルガードは、脳内にスティモシーバーが埋め込まれた闘牛とともに競技場へ入り、リモコンを操作して闘牛の行動を制御した。デルガードによって刺激された闘牛の脳の領域は、随意運動を司る尾状核だった。スティモシーバーの刺激によって闘牛は攻撃本能を失ったような状態となった。


 この実験について、米ペンシルベニア大学ペレルマン医学部倫理学教授ジョナサン・モレノ氏は、「彼(デルガード)は偉大な人物でした。闘牛実験の大胆さは皆に感銘を与えました。他の多くの研究者がそのようなことを達成できたかもしれませんが、それでも彼らはげっ歯類の脳を電気で制御しているだけでした。一方、デルガードは大衆の想像力を掌握した人物でした」と評した。


 米紙「ニューヨーク・タイムズ」も一面記事で、闘牛実験を「脳の外部制御による動物の行動の人為的な操作について、これまでに行われた中で最も壮観なデモンストレーション」であると解説した。


 デルガードは多くの発明を生み出し、「技術の魔術師」と呼ばれた。スティモシーバーの他に、制御された量の薬物を特定の脳領域に放出する埋め込み型デバイスである「ケミトロード」や、心臓のペースメーカーの初期バージョンも発明した。


 一方で、1970年代初め、米国を中心として世界中で、スティモシーバーが人間を洗脳して操る装置であるというデマが広まった。デルガードは、自ら開発した技術が特定の思考を生み出したり、攻撃的または感情的な反応を特定の対象に向けたり、被験者に複雑なタスクを実行させたりすることはできないと弁明した。しかし、脳にスティモシーバーを埋め込まれて操られていると訴える者たちまで現れた。これらの訴えが妄想であることが判明した後も抗議が続き、デルガードは米国から実質的に追放されて母国スペインへ戻った。


 デルガードは自らの業績を「科学的知識を進歩させ、人間の福祉を改善するという道徳的および社会的義務」に基づいていると主張した。それにもかかわらず、1980年代にスペイン・マドリード自治大学で、自分の娘を含む多数の被験者に対して人体実験を行ったため、一部のマスコミによって「悪魔の科学者」の烙印を押された。その後もデルガードは記事や書籍を通じて自身の研究と哲学的アイデアを発表し続け、全部で500本以上の記事と6冊の本を執筆した。


 脳性麻痺やパーキンソン病の患者に対する効果の点から、スティモシーバーを再評価する動きがある。しかし、スティモシーバーが洗脳につながるという偏見は根強く、医学の世界では依然としてスティモシーバーはタブー視されている。脳科学研究が進む昨今、デルガードの業績が全世界で注目される日が訪れるかもしれない。


動画は、「YouTube」より


参考:「Cognitive-Liberty.online」、「Discover Magazine」、ほか

tocana

「実験」をもっと詳しく

「実験」のニュース

「実験」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ