「いままで宇宙ステーションに守られていたんだな」ひとりぼっちで宇宙に出た時に感じたこと

11月30日(土)6時0分 文春オンライン

初めて宇宙に行った日本人が“ミール”の窓から見た「宇宙で最も美しい夜明け」 から続く


 1990年、日本人が初めて宇宙に飛び立ってから約30年。これまでで合計12人の日本人が宇宙飛行を経験し、地球をこの星の「外」から眺めてきた。歴代すべての日本人宇宙飛行士への取材を行い、彼らの体験を一冊にまとめた『 宇宙から帰ってきた日本人 』が発売中だ。今回はEVA(船外活動)で宇宙飛行士を待っている光景について!


◆◆◆


宇宙空間へ実際に飛び出して作業を行なう船外活動(EVA)


 宇宙飛行士が語る宇宙の印象の多くは、国際宇宙ステーション(ISS)やスペースシャトルの船内から眺めた様子についてのものだ。だが、もう一つの宇宙体験として、宇宙空間へ実際に飛び出して作業を行なう船外活動(EVA)がある。


 宇宙空間へ飛び出して作業を行なうこのEVAは、宇宙船内に滞在するのと比べて全く異なるインパクトを生じさせる体験だという。


 1999年に宇宙開発事業団(現・JAXA)の宇宙飛行士に選出された星出彰彦は、2度目のミッションとなる2012年8月30日、日本人として3人目となる船外活動を行なった人物だ。2020年に3度目の飛行が決定している彼は現在、若田光一に続くコマンダーになることが予定されている。現在はヒューストンのNASAにいる彼とは、JAXAの東京事務所でテレビ電話による取材を行なった。2012年のミッションにおいて、星出は合計3度のEVAを経験した。そのなかで彼が最も印象的だったと語るのは、最初のEVAのときのものだ。


ロボットアームの先端に足を固定し宇宙空間を移動


 その日、彼らに与えられた任務は、ISSへ新しいモジュールを設置する準備としての電力ケーブルの設置、およびMBSU(Main Bus Switching Unit)と呼ばれる電力切替装置を交換する作業だった。このミッションで星出は、ロボットアームに乗って宇宙空間を移動した。



EVA中、アームで移動する星出彰彦 ©JAXA/NASA


 EVAでは、モジュールの外壁の手すりをたどって移動するのが一般的だ。しかし、その作業では小型の冷蔵庫ほどの大きさのMBSUを両手で持ち運ぶため、ロボットアームの先端に足を固定し、取り付け場所まで移動したのである。


 このとき、エアロックのハッチから宇宙空間にふわりと出た彼は、初めての船外活動を楽しむ余裕はまだなかった。これからの仕事のことで頭がいっぱいで、手順を何度もシミュレーションしては、二つ先、三つ先の作業に対する心の準備をしていたからだ。よって最初はISSの外に出たことに対して、何らかの内的な感情を意識することはなかった。MBSUの交換作業を始めてもそうだった。


「そもそも大きな装置をしっかり持たなければならないので、ロボットアームの先端に乗って移動しているときも装置が視界を塞いでしまっていたんです。それで周囲の光景も眺められませんでした」


目の前に何にも遮られていない宇宙と、足下に地球があった



 だが、ロボットアームによってゆっくり移動していくと、彼の身体はじきにISSの先端部分を越えた。MBSUの装置を抱えたままの彼は、視界の横に「きぼう」の船内実験室の前方部分を捉えた。「あれ?『きぼう』の前側が見えるということは、自分はそれより前にいるんだ」と、彼は思った。そのとき全ての構造物は自分の後ろ側にあり、前を遮るものがMBSUの装置だけとなっていることに、彼は気付いたのである。


 そこで装置を少しどかして周りの様子を見ると——。


「目の前に何にも遮られていない宇宙と、足下に地球があったんです。そのとき見た光景を、私はいまだに言葉にできていません。私は3回、船外活動を行ないましたが、そのまさに1度目のときに、ロボットアームの先端に乗って、宇宙ステーションのいちばん前に出て、何にも遮られない状態で宇宙と地球を見たんです。宇宙ステーションの構造物は全て後ろにあって視界に入らない状態。あの場所から宇宙と地球を見ていたのは、ほんの数分に過ぎないと思いますが、本当に無言にならざるを得ない美しさを感じました」


「自分はいままで宇宙ステーションに守られていたんだな」


 星出はISSの外から視界いっぱいに広がる宇宙と地球を見ながら、「自分はいままで宇宙ステーションに守られていたんだな」と強く実感したという。星出の1度目のフライトのときは、ISSにまだキューポラは取り付けられていなかった。地球を眺めるのにちょうど良い位置にある窓はほとんどなく、星出が他のクルーとかわるがわる地球を見るために覗き込んだのは、実験室である「きぼう」の窓だった。


 ミッションの終わり頃になると、星出はその「特等席」に寝袋を括り付け、美しく輝いている地球を寝る前の時間帯に眺めた。そうして「そろそろ寝ようかな」と思ってシャッターを閉めるまで、次々と移り変わる地球の姿に見惚れていた。



4か月間の滞在でも全く飽きなかった“ISSから見る地球”


「実は私は初めて宇宙に行く前は、飛行士の誰もが『地球が美しい』と言っているのを聞いても、それはそうだよな、と思うだけだったんです」と、彼は振り返る。



「地球の美しさは地上にいても想像できる。正直に言ってそう思っていました。だから、私自身は宇宙に行ったら、地球よりも星を眺めたいと考えていた。それなのに実際にISSから地球を見ていると、本当に目が離せなくなってしまったんです。宇宙ステーションは90分で地球を一周するわけですが、山や海や都市、夜明けや昼や夜と景色が刻一刻と変化していく。それは時間があればいつまででも見ていたいと思わせる美しさで、4か月間の滞在でも全く飽きませんでした。もし仕事ではなく旅行者として宇宙に行ったら、私はずっと窓にへばりついていると思います」


 だが、EVAを行なうためにISSの外に出て、何も遮るもののない状態で地球や宇宙を見たとき、彼の胸に生じたのはさらに別の感情だった。


「宇宙ステーションのなかから宇宙を見ても、結局は窓を通して見ているわけですから、視界には船外の構造物や船内の窓枠が入ってしまいます。その窓もけっこう厚いので、どうしても層の反射など、何かしら視界を遮るものがあるわけです。それが宇宙に身一つで出て行くとなくなり、『これまでは守られていたんだ』という感覚を初めて感じました」


 その光景はISS内からのものとはどのように違うものだったか。


「いま自分は宇宙全体を肌で感じているんだ」船内との感覚の違い


「もう、何て言うんですかね。船外で何も目の前に遮るものがない状態で宇宙空間にいたときの感覚は、やはり船内にいたときとはぜんぜん違いました。目の前には地球と宇宙しかない。宇宙の闇の深さ、それに対する昼間の地球の青さ。その世界を宇宙服のバイザーを一枚隔てただけの肉眼で見ていると、息を飲むとはこういうことなのかと感じました。


 足下に見えた地球を含めて、いま自分は宇宙全体を肌で感じているんだ、という気がしたんです。あのとき、私の耳には他の宇宙飛行士と地上のチームが交信している声が聞こえていました。仕事の緊張感はもちろんあって、次の作業のことは頭の片隅にありました。でも、ロボットアームが作業場所に着くまでには、まだ少し時間がかかると分かっていました。


 何かを考えて、次のアクションを起こす必要がなかったので、『いまこの瞬間だけはこの時間を独り占めしたい』という気持ちになったものです。とにかく自分だけの時間として、その景色を見ていたい。目の前にあるこの景色を、とにかく集中して吸収させてほしい、と思ったんです。だから、その数分のあいだは、どうか誰も俺に話しかけないでくれ、と念じながら、ただただ地球と宇宙の闇に対峙していました」


宇宙に出て行くこと、そして、人類が宇宙に住むこと


 彼にとってEVAでの「数分間」は、自らの人生にとっての大きなハイライトの一つとなった。


「宇宙に出て行くこと、そして、人類が宇宙に住むことによって生み出されるのは、無限の可能性なのではないかと私は思っています」と、彼は言った。


「いまは一握りの宇宙飛行士だけの世界ですが、多くの人が宇宙に出て行くようになったとき、新しい産業だけではなく、新しい文化や思想が生まれてくるのではないか。それらは地球から遠くに行けば行くほど新しくなり、また、人類はそうすることを求めているんじゃないか……。


 宇宙ステーションの外に出たとき、目の前に広がる宇宙の底のない闇に、私は畏怖を感じました。同時に、この地球があってこそ、初めて僕たちはより遠くに行けるんだな、と確かに思った。例えば宇宙ステーションにある空気も水も、結局は地上から持ってきたものであるわけです。


 地上からのサポートなしに、人は宇宙では暮らせない。地球という存在がなかったら、私たちはこの真っ暗な宇宙で生きてはいけない。そういう状態に長く身を置いてみると、『自分は地球に生かされているんだ』というこれまでの漠然とした感覚に、確かな説得力が出てきたと感じています」


 人はなぜ宇宙へ行くのか——。


 日本人宇宙飛行士は何を見たのか、史上初・歴代12人の飛行士への総力取材を行った『 宇宙から帰ってきた日本人 』発売中。




(稲泉 連)

文春オンライン

「宇宙」をもっと詳しく

「宇宙」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ