芸能人小説で学ぶ経済学。デフレ下の消費行動を描いたダンカン『節約家族』

12月1日(火)10時0分 messy

ダンカン『節約家族』(世界文化社)

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先日、ふと思い立ってここ20年間の日本の消費者物価指数の推移を調べてみた(いまはこういうサイトがあるからGoogle検索一発で情報にアクセスできるから便利だ)。改めて驚いたのは、ほとんど消費者物価指数が横ばいのまま、20年間を過ごしている現実だ。グラフを眺めていたら「デフレ時代」を強烈に実感してしまった。

普通、経済が上手く回っていれば、物価は上昇していく。つまり、インフレが起こる。例えば、お隣の国韓国を見てみると、(近年急速に経済成長が鈍化・不景気が心配されているとはいえ)1995年から平均年3%以上の物価上昇がおこっている(参考)。ごく単純に言うと韓国では、今年100円で買えるものが、来年には103円出さないと買えなくなる時代が20年繰り返されてきたわけだ。なお、韓国の銀行の定期預金の金利はだいたい3%ぐらいだそうだから、物価上昇と比べて「貯めておくよりも、今使ってしまったほうが良い」と思う人がいるだろう。

デフレ時代の日本では、これとはまったく逆のことが起こっていた。物価は上がらず、むしろ、下がる年もあった。100円のものが来年には98円ぐらいで買える、というならば(貯蓄していても増えないけども)使わずにとっておこう、という気になるだろう。もしかしたら、再来年には100円で買えるものが96円で買えるかもしれない……第一、これからどうなるかわからないから、お金を持っていた方がいいかも……と。不安が消費を止め、経済が回らない状況を作ってしまう。

ダンカン、バカヤローッ」でおなじみだが、実際にビートたけしからそう罵倒されている姿を見たことがある人のほうが少数派であろうタレント、ダンカンが著した小説『節約家族』(世界文化社。2009年)は、まさにデフレ下の日本人のメンタリティを反映するかのような作品だ。主人公の奈美子は、東北の貧乏な家に生まれて、貧しい暮らしぶりをコンプレックスに育った女性だ。彼女は、高校卒業とともに東京に出て就職する。

彼女が上京したのは(作中で正確な年は記されていないが、おそらく)1980年代末、いわゆる「バブル」の時代である。同期の女性はみんなディスコだ、ねるとんパーティーだ、と浮かれている。それを尻目に、もらった給料を彼女はコツコツと貯め続けている。貧乏だった過去を復讐するために、貯めた貯金で「都心の高層ビル群が見える一戸建てを買う」という夢を抱いているのだ。

解消しない貧乏コンプレックス

高卒で中堅印刷会社の経理に勤続10年、ボーナスはすべて貯金、新入社員初年度の生活レベルを変えずに昇給分は貯金に上乗せ……という生活を続け、奈美子の預金口座の残高は1000万円を超える。同じ生活水準を10年維持し続ける彼女は、まるで上向かないデフレ経済下の個人消費を彷彿とさせるが「欲しいものがあるからお金を貯める」というのはごく自然なことだ。この年、奈美子は結婚を決め、1000万円を頭金に中野坂上にワケあり一戸建ての中古物件を購入する。小さいが都心の高層ビル群を眺められる彼女の夢を叶える家だ。

しかし、ここで問題が起こる。奈美子が購入する物件は再建不可物件(建っている物件の建て直しができない制限付の物件)のため、金利の安い銀行で住宅ローンの審査が通りにくく、金利が高いノンバンク・ローンを頼らざるをえない。この場合、奈美子夫妻が支払う額は、都市銀行からお金を借りるのと比べて720万円以上も多くなる。

目の前にある夢を叶えるために30年ローンで720万円以上も多く払うのか、それとも金利の安い都市銀行で借りられる物件を探すのか……。彼女は大いに悩むことになるが「将来的には中野坂上も開発が進み、住んでいた土地が買ったときよりも高く売れるかもしれない」という期待を胸に、高金利ローンを組むことを決めるのだ。

このあたりから本作は経済学めいてくる。家の購入を決めると話はすぐに10年後にワープし、おそらく時は 2000年代末。そもそも住宅購入前にバブル崩壊などがあるはずなのだが、そこは無視され、状況はリーマンショック後の世界となっている。奈美子は夫婦仲も良く、子宝にも恵まれ、余裕があるわけではないが、幸せな生活を送っている。

しかし、やっぱり満足がいかない部分が残っている。彼女の貧乏コンプレックスはほとんど解消しているのだが、住宅購入時に決めた「銀行よりも720万円以上多いローン支払い」が新たな心の傷になっていた。不況脱却の見通しがつかないし、720万円以上多く払うなんて、選択を間違っていたのでは!? と再び悩みはじめるのだ。そうした悩みは「知らぬ間に夫がリストラされており、日中公園でたたずんでいる」という噂から、将来への不安へと変わっていく。そんなときに出会うのが「主婦の節約術」。コツコツとした日々の節約で、720万円の損を取り戻そう、というのである。

デフレ・マインドは転換するか

わたしがこの夫妻のファイナンシャルアドバイザーなら金利が低いローンでの借り換えをオススメしたいけれども、奈美子にその発想はなかったようで、とにかく節約術にハマっていく。ビールを発泡酒に替えるという誰でも思いつくようなものから、トイレのタンクにペットボトルを入れる、電球を暗いものに替えて消費電力を少なくする……など有名なアイデアをどんどん徹底的に実践するのだ。

さらに奈美子の節約熱はエスカレートし、家族をも巻き込んで狂気じみたものになる。公園の水道で水を汲む。デパ地下の試食品を持ち帰ってお弁当のおかずにする(万引きをしていると警備員に連れられた後、勘違いと発覚すると、脅迫じみたことを言って1万円分の商品券と10万円を掠め取る始末)。年始には「自分がお年玉をあげる必要のない家」を回ってお年玉をもらうだけのツアーにでかける。親が死んだように見せかけて香典をもらう。さらには、離婚の手続きをしてシングルマザーのための生活扶助を受け取ることまで「節約術」と言ってしまう(事実婚状態なのに生活扶助を受けていたら、もちろん詐欺罪で起訴される可能性がある)。

奈美子の「今お金を消費するよりも、リスクを減らしたほうが良い(だから、借金は早く返そう)」という思考は、まさにデフレ・マインドの象徴であり、この狂乱の節約生活は、将来の不安とリスクを前にした人間の振る舞いを徹底して戯画化したものだ。しかし、この判断自体は間違っているものとはいえない。むしろ、経済学的には合理性をもった行動として捉えられる。

しかしながら、「将来どうなるかわからないなら、リスクを抱えたままでも消費をおこなう」のもまた合理的な行動と言える。本作が面白いのは、最終的には奈美子に前者から後者への「回心」が起き、そこで家族の絆を取り戻すという大団円を迎えるところである。

選択の結果で生まれる使用価値あるいは満足度を、経済学の用語で「効用」と言う。ここでは「リスク減の効用 > 消費の効用」を選ぶか「リスク減の効用< 消費の効用」を選ぶか、という選択のパースペクティヴの大転換が生じている。小説そのものは凡庸なのだが、予定調和的とは言え、デフレ・マインドを象徴しつつ、お金を使うことの意味を経済学的に考えさせてくれる作品として評価したい。

messy

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