『大人のカタチを語ろう。』待望の書籍化。"最後の無頼派作家"伊集院静が語る「現代の日本の男たちに足りないものは何か」

12月5日(木)6時20分 週プレNEWS

数々の作品で人間のあり方、大人が備えるべき品格を説いてきた作家・伊集院静氏。国内外に政治や経済などの問題が山積する世の中で、それでも足を踏ん張り、前を向いて生きるには?

『週刊プレイボーイ』の連載がもととなった新刊『大人のカタチを語ろう。』の発売にあたり、氏が激動の半生を通じて体得した、大人のあり方、その極意について聞いた。

■学歴社会が人間を未成熟にした

——本書の冒頭には「今の世の中を見ていて、正直、未成熟な男たちがあふれているのに驚いてしまう」とあります。連載執筆中から、ずっとこの問題意識をお持ちだったと。

伊集院 そうですね。かつて海外へ旅をする機会が多かった頃、日本に帰国するたびに、どうも若い男がちゃんとしていない、未成熟なんじゃないかと感じていました。戦争もなく平和である、それ自体はとてもいいことだけど、若い人間がちょっと軟弱になりすぎているのではないかと。

——いわゆる"平和ボケ"?

伊集院 仕方のないことではあるけどね。もちろん私も若い頃は未成熟な人間だったけれども、その頃の私は今の若者と比べて、もう少しまともだったんじゃないかとも思う。そんなときに「『週刊プレイボーイ』で若い読者に語りかけてくれないか」と言われて、なぜ未成熟であるか、なぜ軟弱であるのかについて考えてみようと思った。それでまず、担当編集者に私に話してほしいことを尋ねてみたら、「仕事で周囲に水をあけられている」「恋愛がうまくいかなくて」といった声が挙がった。それはまだいいけれど、「どんな遊びをしたらいいか」「酒はどう飲んだらいいのか」と、一から十まで......。「君たちは、その中の何ひとつとしてまだ確立できていないのか?」と呆れましたね(笑)。

——そうなっている原因はどこにあるのでしょう。

伊集院 やはり、これまで生きてきた時間の大半を受験と学校での競争に費やしてきたせいでしょう。私が若かった頃には、学校は授業が終わってしまえばそれまでで、ほかに家や町という場所があった。学校以外にも生きる場所があったんですね。

でも今は、学校さえ行って、試験と受験をクリアできればOK。逆に、それができるかできないかだけが基準で、ほかのことはどうでもいい。こうした価値判断が、今の若者の精神構造に少なからず影響していることは確かだと思いますね。

「どうしたらいいか分からないときに教えてくれる指導者が、政界や社会、企業の中にいなくなったことも今の日本の弱点のひとつ」と伊集院氏
「どうしたらいいか分からないときに教えてくれる指導者が、政界や社会、企業の中にいなくなったことも今の日本の弱点のひとつ」と伊集院氏

■反抗や、人の連帯を信じられない時代に

——社会人になっても「いい会社に入れればOK」「出世できればOK」だと......。

伊集院 学歴社会が進んだ結果、「家のために」「町のために」あるいは「友情のために」といった、かつてあった生き方の選択肢は消え失せてしまった。そうすると何が起こるかというと、人は「信条」を失うんですね。あるいは、志を。それが欠落すると、いざというときに踏ん張れなくなる。受験は合格できても、失業や病気、家庭の問題、大切な人との別離といったさまざまな苦境に耐えられず、潰れてしまう。

——確かに、思い当たる例が多々あります。

伊集院 かつては当たり前のようにあった、若者の反抗心が希薄になってきているということも問題でしょうね。理由もなくあらゆるものに逆らうということが、かつての若者にはあった。これは本能的な個の主張でもあるわけだけど、今は若い人が本音と建前を平気で言い始めている。そうすると、皆が自分のことしか考えなくなるんだね。世の中や他人がどうなっていようと、自分が幸せならばそれでいいということが前面に出て、もう何十年にもなった。

「学歴や競争では負けても、それでも社会ではやっていけるはずだ」という意志が今は持ちにくい時代なんだろうね。学歴なんて屁みたいなものだっていう発想がなくて、成功してエリートになれればと思っている。でも今の世の中、政治家や官僚連中の顔を見ていればわかるだろう? エリートであの程度なんだから。

この間も、銀座でたくさん人をはべらせて調子よく話をしている若い男を見かけました。ビットコインで儲けたらしいけれども、よく見たら実に浅ましい顔をしている。ホステスもママも今はなびいているけれど、金がなくなれば、たぶんそいつのところには誰も集まらないだろうなと。それではダメだと、私は思う。女じゃなくても、人が集まってくるような人格であり、志を持った人になってほしいと。

——人格や志を備える前に、世の中の厳しさに折れてしまう人も今は多いのかもしれません。

伊集院 それは、若いときに自覚を身につけておかなかったからでしょうね。それと、かつてあった人と人との連帯が否定される世の中になったことも問題。格差社会になって、勝つ側にいない者たちが集まってもいい結果が出ないことが皆、わかってきたんだね。一時期、国会前で若者が盛んにデモをやっていたけれども、あれもスーッといなくなった。こうしていても意味がないと実感したんでしょう。

■生き抜くために「勘」を研ぎ澄ます

——そんななかで、個人が個人として誇り高く生きていくために、大人予備軍は何を身につけるべきでしょうか。

伊集院 ひとつ言うのなら、「勘を研ぎ澄ましなさい」ということですね。直感力を信じなさいと。ただし、同時に直感の7、8割は間違いであることも覚えておきなさいよ、と。

——間違い?

伊集院 そうです。ところが、勘は残りの2、3割、そのうちの1割くらいで大当たりするときがある。日本史でいうと、桶狭間の戦いにおける織田信長の勝利なんかがそうですね。敵が勝利の美酒に酔っているときに、少し先も見通せないくらい大雨が降ってきた、「今だ!」というふうに。もちろん、大勝利は運命や宿命みたいなものが揃わないと起こらないのも事実だけれども。

——一発逆転を起こすための「勘」は、どうやったら研ぎ澄ますことができるのでしょうか。

伊集院 それにはやっぱり、孤独に耐えること。そして、いつも何かに逆上していることでしょうね。「なぜあいつは家がいいだけで得をするんだ」といったように、環境や階級意識に対する怒りは、常に胸に宿しておかないと。

——前へ進むための、正しい「怒り」を持つことが必要だということですね。

伊集院 なぜあえてこんなことを言うかというと、逆上している人間に対して「格好悪いよな、そういうの」と言う集団が、今は必ずいるから。でも、そいつらにのみ込まれてはいけない。人間、怒ったヤツのほうが勝ちなんです。

たとえば、ZOZOTOWNで巨万の富を築いた前澤友作。彼はアイデアがよかっただけじゃなく、きっと逆上の潜伏期間が長かったんだと思う。孫正義にしても、私は自動翻訳機の売り込みをしていた若い頃の彼に会ったことがありますが、そのときの熱心な説得はたいしたものだと思った。残念ながら今は両人とも、あまり志のある貌(かお)には見えないけども。

——エネルギーを持ち続ける、ということに通じるでしょうか。大人にとっての仕事、働き方をテーマにした章では、「仕事は人間が生き続けるための行動」であり、マラソンにたとえるなら「最後で勝ち負けが争える位置には食らいついておく」ことが大事だと書かれています。

伊集院 最初から楽をせずに先頭集団に入っておくことは重要だと思いますね。もちろん、飛び出せばキツいのはわかっている。でも、そのときには周りの人々の様子を見てみるといい。自分だけでなく、皆がキツいということがわかるから。そうしたら、「ここを乗り切れば勝負できるな」という気持ちも湧いてくるでしょう。

走り続けていれば、当然、疲弊はする。でも、マラソンは時間がきたら終わるけれども人生はそう簡単には終わらない。走るのをやめてしまえば、結局、揺さぶられっぱなしで死ぬことになるんです。

——伊集院さんの中にも、逆上するような怒りはまだありますか?

伊集院 もちろん。なくなればあとは下り坂だから。若者だけでなく、大人も頑張り続けなければいけない。それが生きるということだと、私は思っています。

■伊集院静 IJUIN SHIZUKA
1950年生まれ、山口県出身。CMディレクターなどを経て81年に皐月で作家デビュー。92年に『受け月』で直木賞を受賞。『乳房』『機関車先生』『なぎさホテル』など著書多数。2016年に紫綬褒章を受章。近刊に『ひとりで生きる 大人の流儀9』などがある。

●『大人のカタチを語ろう。』
仕事、男と女、親と故郷、金とギャンブル神の存在......。さまざまな人生の局面や岐路で、何を考え何をなすべきか。作家・伊集院静が「苦節、修羅場、絶望の中で見つけたもの」と表現する大人のカタチ」が、ときに厳しくときに優しく読む者の心に響く珠玉のエッセイ。集英社、1000円


取材・文/大谷道子 撮影/宮澤正明

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