三菱一号館美術館の“新章”スタート、再開館記念展は美術館の顔・ロートレックと、現代アーティストのソフィ・カル

2024年12月10日(火)6時0分 JBpress

(ライター、構成作家:川岸 徹)

2023年4月からメンテナンスのために長期休館していた三菱一号館美術館。再開館を記念し、2人のアーティストを紹介する「再開館記念『不在』—トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展が開幕した。


丸の内のランドマークが帰ってきた

 2010年の開館から東京・丸の内のランドマークとして親しまれてきた三菱一号館美術館。1894(明治27)年、開国間もない日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルの設計による「三菱一号館」を復元した赤煉瓦の建物。コレクションも建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心に形成され、古き良き時代のあたたかみを感じられるミュージアムとして幅広い層から人気を獲得してきた。

 だが、2020年代は美術館にとってもアートファンにとっても、辛抱の時期。コロナ禍による外出控えにより、同館に限った話ではないが、美術館から客足が遠のいてしまった。自粛ムードが落ち着いた2023年4月には、設備メンテナンスの工事がスタート。工事による休館期間は約1年半に及び、コロナ禍の影響と工事が連続したため、三菱一号館美術館の「不在」は実際よりも長く感じられた。

 そんな三菱一号館美術館が、2024年11月23日にリニューアルオープン。さて、何が変わったのか?

 今回のメンテナンスでは空調機をすべて入れ替えるなど、快適性を高める工事が行われた。しかし、何より驚かされたのは展示室の壁色の変更だ。以前の三菱一号館美術館は壁色に赤味がかったグレーブラウンを採用。これが暗い色調の作品が多い19世紀から20世紀初頭の絵画とよくマッチし、美術館の大きな個性となっていた。だが、リニューアルによってすべての展示壁が、どんな作品にも合わせやすい乳白色に。壁色に合わせて絨毯も赤みのないものに変えられ、照明はLED化された。

 この変更に、三菱一号館美術館の今後のヴィジョンが明確に表れている。これまで展覧会は19世紀末から20世紀初期にかけての西洋美術がメインだったが、これからは取り上げるアーティストの幅を広げていく方針だ。「美術館は時代の変化に応じて、常にその活動を見直す必要があります。そのために、時代を映す鋭敏なアーティストの感性を借りることが、ひとつの最善策であると考えています」と三菱一号館美術館は言う。


「不在」を考察し続けるソフィ・カル

「再開館記念『不在』—トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」はタイトル通り、2人のアーティストをクローズアップして紹介する内容。1人は19世紀末のパリで活躍した画家・版画家のアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。もう1人は現代フランスを代表するアーティストのソフィ・カル。時代が異なり、なんの接点もないように見える2人のアーティストをどのように1つの展覧会にまとめるのか、興味深い。

 展覧会は3階フロアがトゥールーズ=ロートレック、2階フロアがソフィ・カルの展示。2つのフロアは「不在」というキーワードで結ばれている。

 ソフィ・カルは長年にわたり、「喪失」や「不在」について考察を巡らせているアーティスト。本展で紹介されている『あなたには何が見えますか』シリーズは、1990年にボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館で発生したレンブラント、フェルメール、マネらの絵画盗難事件から着想を得たもの。盗まれた絵画のうち数点は額縁が残されており、美術館では1994年に空になった額縁だけを元の場所に展示。ソフィ・カルはその不思議な状況を作品とし、美術館の学芸員や警備員、来館者に「額縁の中に何が見えるか」と問いかけている。

『海を見る』は海に近い街トルコ・イスタンブールに暮らしながら、貧困により一度も海を見たことがない若者から老人までの14人の、「生まれて初めて海を見る瞬間」をとらえた映像作品。海を見つめる後ろ姿と、振り返って様々な表情を見せる人々から「見ることとは何か」を考えさせられる。

 額装された写真の上に布が掛けられ、来場者は布をめくって写真を見るというカルの代表的シリーズ『なぜなら』も展示。布には「Parce que(なぜなら)」で始まるテキストが書かれており、この写真が撮られた理由や、なぜこの瞬間や場所が選ばれたのかを知ることができる。


「不在」とは無縁に思えるロートレック

 一方、展覧会のもうひとりの主役であるトゥールーズ=ロートレックは、「不在」とはかけ離れたアーティストに思える。ロートレックは1891年に初めて制作したポスター『ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ』が高い評価を獲得。ポスター作家として一世を風靡し、現在も世界中で抜群の人気と知名度を誇る。貴族の出身でありながら、パリの歓楽街モンマルトルで奔放な生活を送り、36歳で逝去した人生は映画にもなった。不在どころか、存在感の極めて強い画家というイメージだ。

 だが、そんな人物像と真逆ともいえる「不在」をテーマにすることで、新たなロートレック像が見えてくる。ポスター作家としての人気が先行し、画家として正当な評価を受けられなかった「美術史からの不在期間の作品」。女性人気歌手イヴェット・ギルベールを画題にしながらも、その姿を描くのではなく、彼女が身に着けていた黒い長手袋で彼女のイメージを表した「人物不在の肖像作品」。

「色彩の不在」をテーマにしたコーナーも見ごたえがある。ロートレックは多色刷りのポスターで知られているが、展覧会では単色の試し刷りが数多く紹介されている。色がないことで、ロートレックの線描の上手さとあたたかさがダイレクトに伝わってくる。ロートレックはアカデミックな美術教育をきっちりと受けていたのだと改めて認識させられた。


小展示室が新たに誕生

 今回のリニューアルで、三菱一号館美術館1階には小展示室が新設された。学芸員の学術的な興味に基づく展覧会を開催し、その学芸員のスキルアップを図っていくという。第1回は岩瀬慧学芸員が企画した「坂本繁二郎とフランス」展。坂本繁二郎の作品に加え、コローやミレー、セザンヌの油彩画も紹介。坂本がフランス留学で得たものについて考察している。

 不在期間を終えて帰ってきた三菱一号館美術館。新しい分野を意欲的に取り上げ、アートファンを大いに楽しませてほしい。

「再開館記念『不在』—トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」
会期:開催中〜2025年1月26日(日)
会場:三菱一号館美術館
開館時間:10:00〜18:00(金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は〜20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、12月31日、1月1日(ただし12月30日、1月13日、1月20日は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

https://mimt.jp/ex/LS2024/

筆者:川岸 徹

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