美術家・横尾忠則が語る「我が人生の書」6冊

12月10日(日)7時0分 NEWSポストセブン

横尾忠則氏は「生き方に興味があって」本を読む

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 少年時代、僕はほとんど本を読みませんでした。両親が尋常小学校しか出ていなくて家に本が一冊もなかったし、僕が本を読んで勉強したことを話すと、両親が寂しがるのです。息子が自分たちの知らないことを知り、どこか遠くへ行ってしまうという思いだったのではないでしょうか。それで一人っ子の僕は本を読まなくなり、代わりに野原や田圃や小川や川で遊びまくっていました。


 例外的に中学時代に読んだのが江戸川乱歩と南洋一郎です。山川惣治さんの挿絵に惹かれ、【1】『青銅の魔人』を手始めに江戸川乱歩の「少年探偵」シリーズを読みました。同時に夢中になったのが、鈴木御水さんが挿絵を描いていた南洋一郎の冒険小説【2】『バルーバの冒険』です。僕の中では、小林少年たちが閉じ込められるお屋敷の地下室と、南洋の密林の洞窟が繋がっているんですね。後に僕が45歳で画家に転向してから、その2つの世界を何度も作品のモチーフにしてきました。いまだに血沸き肉躍る世界です。僕にとって少年性は創作の核になるものです。


 その意味ではジュール・ヴェルヌの作品も同じです。やはり挿絵に惹かれて【3】『十五少年漂流記』から入り、『神秘の島』、『八十日間世界一周』と、一連の作品をダーッと読みました。よく読んだのは1985〜1986年頃、50歳の頃ですね。ヴェルヌはまだ実現していない未来の科学を想像力で書き、それが後に実現している。凄い予言者です。もうひとつ面白いのは、ある作品で登場させた人物を、別の作品でも出してくること。『海底二万里』で謎の人物として登場し、『神秘の島』でその正体が明かされるネモ船長がそうですね。僕はその方法論に驚きました。それで、自分も昔描いた絵を何年後かに反復して描くようになり、それが僕のスタイルになったのです。


 少年時代に本を読まなかった僕が、大人になってから本を読むきっかけになったのがアンドレ・ブルトンの【4】『シュルレアリスム宣言』。1960年に24歳で上京した頃、よく耳にしたのがシュルレアリスムという言葉でしたが、何のことかさっぱりわからない。それでこの本をこっそり読みました。難しくてよくわからなかったけれど、シュルレアリスムの原則であるデペイズマン、メタモルフォーゼ、オートマティズム、この3原則をご神体のように自分のデザインに取り入れました。シュルレアリスムを知ってから、デザイナーより美術家の人達との交流が多くなりました。ネオダダの時代です。


 1960年代に大きな影響を受けたのはヘルマン・ヘッセの【5】『シッダルタ』。インドを舞台にある若者が悟りの境地に至るまでの道を描いた物語です。1967年に初めてヒッピーカルチャー最盛期のニューヨークに行ったときにはヒッピーの間でヘッセはスイスの聖者として尊敬され、この本はバイブルになっていました。この本をきっかけにして後に何度もインドに行くことになります。


 老齢になってからよく読むようになったのが、貝原益軒の【6】『養生訓』です。益軒さんは体だけでなく心の養生も説いていて、体の養生と心の養生が一対になっているんですね。ひと頃いろんな人の養生訓を読みましたが、帰ってくるのは結局益軒さん。いろいろな訳のものを読んでいて、いま手に入るものは全部持っているんじゃないかな。ちなみに、最近は本屋さんに行くと、日野原重明さんの本ばかり買って、読んでいます。


 僕にとって本は、教養を得るためではなく、生き方に興味があって読むもの。それと、どこかで自分の創作に結びつくんですね。だから、そんなにたくさん読むわけではありませんが、ここで挙げた本も含め、気に入った本は折あるごとに繰り返し読みます。


【PROFILE】よこお・ただのり/1936年兵庫県生まれ。『ぶるうらんど』(中公文庫、泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(青土社、講談社エッセイ賞)、『本を読むのが苦手な僕はこんなふうに本を読んできた』(光文社新書)他、著書多数。自身の作品を展示する横尾忠則現代美術館(兵庫県)、豊島横尾館(香川県)がある。


※SAPIO 2017年11・12月号

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