認知症とともに生きる希望を示す女性の人生

12月11日(火)16時0分 NEWSポストセブン

諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

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 認知症になったら、人として様々なことが制限され、いろいろとオシマイになる。それは思い込みに過ぎないのだと、若年性アルツハイマーの女性との対談を経て知った諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、認知症を受け止めて活かす社会について考えた。


 * * *

「ぼくのこと、覚えてる?」

「覚えているわよ」


 そんな軽い認知症ジョークに、会場はドッと沸いた。


 対談の相手は、若年性アルツハイマー型認知症の山田真由美さん。先月、開催された「介護の日イベント」(がんばらない介護生活を考える会主催)は、「人生を豊かにする日常の小さな挑戦とは?」と題して、認知症当事者からどんな挑戦の日々を生きているのか話を聞いた。


 山田さんが、若年性アルツハイマー型認知症と診断されたのは、7年前の51歳のとき。当時、給食の調理員として働いていた。あるときから、食材の数を数えるなどの作業が難しくなった。本当はもっと働いていたいと思ったが、居づらくなって退職した。


 しかし、この決断について、今なら違った考えをもっていると山田さんは言う。


「認知症であることをきちんと説明して、周りに応援を求めればよかった。ほんのちょっと周りが応援してくれたら、働き続けることができたと思う」


 その後、家に閉じこもった山田さん。家の中は暗くなり、一緒に暮らしている娘さんを困惑させる日々が続いた。そんな山田さんが変わるきっかけとなったのは、ある出来事だった。



 近所のスーパーで買い物に手間取っていたとき、店員に声をかけられた。思い切って、自分が認知症であることを伝えると、店員は欲しい商品をそろえてくれるなど、快く手助けしてくれた。このときの体験から、山田さんは認知症であることを隠さないことが大事と思った。


「周囲に認知症であることを隠して、閉じこもることがいちばんいけない」


 認知症の症状は少しずつ進んだ。山田さんの場合、人の顔や名前は比較的覚えていられるが、空間認知機能が著しく低下した。空間の感覚が低下すると、服を着るのも難しくなる。


 袖に腕を通してから着るもの、頭からかぶるもの、足を通してはくもの、いろんな服に合わせて、どう体を動かしたら着られるのかがわかりにくくなっていたのだ。服の表と裏もわからない。その結果、着るだけで4時間もかかってしまうことがある。


 しかし、人が少し手助けをしてくれたら、着替える時間は数分ですむのだ。好きな洋服を着られれば、外出ができる。


 同居する娘さんとは、ついつい喧嘩になることも多いが、おおむねいい関係が続いている。娘さんが成人したら、自分も、娘さんも自由な生き方をしていい、と考えている。


 娘さんとの関係がうまくいっているコツを尋ねると、「半分だから」と言う。


「どういうこと?」と聞き返すと、半分は娘との生活、あとの半分は交際している男性との生活だという。その男性とは、認知症と診断された前後に付き合い始めた。



「そんなこと、ステージで話していいの?」


 ぼくは気を使って、その話題を制そうとしたが、「いいの、私は自由だから」とあっけらかんと言う。手紙をもらって付き合いはじめたが、今ではこの男性が心の安らぎだと話した。


 認知症には、いろいろな思い込みがある。「認知症になったら、仕事はできない」「認知症になったら、人としてオシマイ」……。


 たしかにできないことが増えるかもしれないが、できることも多い。山田さんは恋愛だってしている。すばらしいな、と思った。


 厚生労働省のデータによると、65歳以上の高齢者3000万人のうち認知症は460万人、予備軍と考えられる人は380万人を占めると推測されている。今後、高齢者人口が増えるに伴って、認知症患者も増えていくだろう。


「認知症=不幸」とぼくたちはつい思ってしまうが、決してそうではない。認知症の人にも、認知症ではない人にも、できることとできないことがあるように、人生はまだらである。


 そのことを、今、たくさんの認知症の人たちが声をあげ、顔を出して、ぼくたちに伝えようとしてくれている。そのことを大切に受け止め、これからの社会に活かしていかなければならない。


●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数


※週刊ポスト2018年12月21日号

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