【月島・食堂 ユの木】居酒屋の聖地・月島に誕生した路地奥の居酒屋で、適温の燗酒と肴を味わう
2024年12月13日(金)6時0分 JBpress
(太田 和彦:デザイナー・作家)
日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」
まずはビールと小鉢六品
およそ四十年も前、銀座に勤めていた私が思いつきで入った月島の「岸田屋」で居酒屋の魅力を知り、以降そういう本を何十冊も書くようになった月島は、私にとって居酒屋の聖地だ。今日も岸田屋の外には待つ人のための椅子が並び、昔のままのコの字カウンターは満員だ。その左路地から道一本抜けた右がこのところ通っている居酒屋「食堂 ユの木」だ。
「いらっしゃい、どうぞこちらへ」
予約して箸を置かれていたのはL字カウンター一番奥、主人の仕事場のすぐ前。
当店最大の名物が小盆に小鉢六品の〈本日の突出し〉。これがあるから注文はあわてず酒だけ頼んで待てばよい。ビールは小瓶が〈キリンクラシックラガー〉、中瓶が〈サッポロ赤星〉。小瓶で待つことしばし。盆が届き「左から……」と説明が。さあ開始。
まずは温かいものから。〈あんこうと冬野菜の煮浸し〉のおつゆをスー……。ああもううまい。鮟鱇で冬到来を実感、青野菜にまじる極薄切り椎茸が仕事をし「かんずり(新潟で厳寒の野外にさらして作る赤唐辛子薬味)」が引き締める。
これも温かいうちにと〈栗のすり流し〉は、おつゆ表面の被膜で濃厚さがわかり、栗の香り、コクを匙で一気に。ここでビールを残したまま酒に替えよう。
酒は〈だいたいすっきり・だいたいやさしい・だいたいしっかり・だいたいくせあり〉に分けて三、四銘柄ずつそろう。では〈だいたいすっきり〉から、
「会津中将をお燗で」
「はい」と答えたのは黒短髪に黒シャツの娘さん。一升瓶から「正一合」とある徳利に注ぎ、錫ちろりに移し替え、湯に浸けて温度計を差した。待つことしばし。
ツイー……。
うーむ、初冬にぴたりの適温。では酒に合う品を。
〈巻き海老と芹、ゴマ酢和え〉は紅白の背を丸めて太った小海老のぷりぷり、添えた青芹にのせたゴマの香りは燗酒にぴたり。熱すぎずぬるすぎず温度を保つのは、ゆっくり燗したからだ。
次は〈白子の菊の花三杯酢ジュレ〉。出始めた鱈の白子はまだ幼く、かすかに酢をきかせた菊の花が味を応援し,全体をオリーブオイルでコクをつけている。
このへんで味を変えようと箸を伸ばした〈柿なます〉は、薄切りしたほの甘い柿が口をフレッシュに。柿は日本酒に合う。さて最後は〈半熟イクラの飯蒸し〉。説明された半熟イクラは大粒イクラを温度九十度ほどで時間をかけて温泉卵のようにしておくという手間をかけたもので、一粒つまむだけでも濃厚さを増した味がわかり、もち米を炊き込んだご飯にのせたもっちり老獪な味わいは最高のミニいくら丼だ。
以上三十分。ぜいたくの第一部が終わった。
清潔合理的な店内
ここからは一品注文。一杯やりながら品書きをにらみ、すでに候補は決めてある。
十席ほどのカウンターは中高年の男一人客が多く、皆、黙って箸に集中しているのは、ぶらりと一杯やりに来たのではなく、ここの仕事の質の高さを熟知して通う常連たちか。てきぱき働く主人は手伝う女性二人に「それは時間二分」「こっちが先」と指示し、その仕事ぶりを見るのがまた客の楽しみになっている。
白木を最大限に生かした店内は清潔合理的で、天井から下がる笠電灯の間に金色の大やかんをぶら下げているのがじつにいい。正面上の品書き大黒板端に美しい字で書かれた時々変わる豆知識の今日は「鯛の小話 なぜめでたい席で鯛が使われるのか。それは鯛は番いとなったら一生同じ相手と同じ場所で過ごす習性がある為、それにあやかったと言われています」。
さて、〈鰆の刺身(千葉)〉は、酢じめした腹身と、皮焙りで焦げ香をつけた背身の相盛りが豪華。これは逸品かもと期待した〈かつおのハラスうに和え〉は、刺身をウニで和える贅沢品で、仕上げに新潟・小林商店製という一年寝かせた醸造醤油をひとたらし回して香りづけ。しょっぱ過ぎずこってりと旨みたっぷり、最後に鼻に抜ける香りも余韻となり、よく考えた一品だ。
隣の男客の「何かおすすめの日本酒を」で出された一升瓶〈百百(ふたももち)〉は、山口県中島屋酒造が創業二百年を記念したもので、「それ僕も」と頼んだお燗はきりりと格調ある端正な辛口で記念酒にふさわしい。お燗の女性に「何度?」と聞くと「六十度です」。うーむやるのう。重量感のある酒はぐっと温度を上げておき、次第に飲み頃になってゆくのを知っている。
仕上げは珍味と押寿司
手の空いた主人が声をかけてきたのは、先日の私の番組での国分寺の居酒屋「潮」を訪ね、そこの〈銀杏の春巻〉を早速真似してみましたとのこと。勉強熱心だな。ではとお願いしたそれはとりあえずやってみましたという感じで、これから店の味に作ってゆくだろう。
そろそろ珍味で仕上げよう。品書の「酒ドロボー」から〈熟成かつお〉なる品を選ぶと「これは太田さんに食べてもらいたいと思っていたんです」と主人がひと膝乗りだした。製法は秘密と笑ったが、しっとりねっとりしながらも太陽光を浴びたような香りはカラスミにも通じ、酒好き皇帝に供せる高貴な味と書いておこう。名残惜しく仕上げに頼んだ〈おつまみ用押寿司〉二貫は、もち米三割で半搗きして炊いた酢飯にヒラメ昆布〆を握ったもので、味、香り、食感すべてが総合し、寿司が立派な酒のつまみになっていた。
築地から移転した豊洲市場が近いことから月島に二〇一八年に開店。店名「ユの木」は主人の名前に「ユ」が入るため。「食堂」と冠し、味に味を重ねるのをいとわない研究熱心さが客をつかんで離さない。まさに居酒屋の聖地にふさわしい店が誕生した。
銀座と川ひとつ隔てて便利ながら下町の風情を残した月島は高層マンションが増え、越して住み着く著名人も多くなり「月島族」を作っている。私もその一人だ。
「食堂 ユの木」
住所:東京都中央区月島3-14-2
TEL:03-6240-5095
営業時間:平日17時30分〜22時(20時50分までの入店) 祝日・休日17時30分〜21時30分(
定休日: Instagramにてご確認ください
https://www.instagram.com/tukisima_yunoki/
(編集協力:春燈社 小西眞由美)
筆者:太田和彦