瞼の上あたりに「洗脳のツボ」がある?サルへの実験で嫌いなものを好きにさせることに成功
2022年12月13日(火)7時0分 tocana
米ワシントン大学医学部の研究チームが、サルを使った実験によって、眼窩前頭皮質の神経細胞の活動に介入することで、好みの傾向を操ることができることを立証した。サルと人間の脳は非常によく似ていることから、我々のあらゆる種類の選択の根底には、眼窩前頭皮質で計算された価値が深く関係している可能性があるとのこと。神経細胞に影響を与える手段が発見された場合、マインドコントロールが現実のものになるかもしれない。
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※こちらの記事は2020年11月22日の記事を再掲しています。
レストランでメニューを眺めている時、どの一品が魅力的に見えるのかは人それぞれだ。しかしこの時、脳に電流を流すと好みのメニューが変わることがサルを使った最新の研究で報告されている。二者択一の局面において、どちらを選ばせるのか“技術的に”操ることが可能なのである。
■“主観的価値”の解明の糸口が見つかる
その商品やサービスにどれだけの原材料と労力が投入されているかで客観的な価値が決まってくるものだが、消費者個々が必ずしも客観的な価値が高いほうを選ぶとは限らない。そこには主観的な価値観が多分に影響するからだ。
主観的な価値観は実に複雑なプロセスを経て形成されるものであるが、科学的にわかっていることもある。それは好ましいオプションを提示されている時、ちょうど目の少し上にある脳の眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex)の神経細胞の活動が顕著になることである。
この発見は2006年にハーバード大学医学部の研究チームによってもたらされたのだが、今回、ワシントン大学医学部の研究チームが「Nature」(11月2日付)で発表した研究ではそこからさらに1歩進んで、サルを使った実験で眼窩前頭皮質の神経細胞の活動に介入することで好みのオプションを変えられることが報告されている。
オプションがどのように評価され、脳内で選択されているのかを詳細に理解することは、依存症、摂食障害、うつ病、統合失調症などの状態にある人々の意思決定がどうしてうまくいかないかを理解するのに役立つ。
「多くの精神障害および神経精神障害では、患者は一貫して悪い選択をしますが、その理由は正確にはわかりません」と、神経科学、生物医学工学者で経済学者でもある論文主筆のカミーロ・パドア=スキオッパ教授は語る。
「今回の研究で、このパズルの重要なピースが1つ見つかりました。選択の根底にある神経メカニズムに光を当てることで、これらの障害についてより深く理解できるようになります」(パドア=スキオッパ教授)
18世紀の知の巨人、ダニエル・ベルヌーイ、アダム・スミス、ジェレミー・ベンサムは、量、質、コスト、約束されたオファーを実際に受け取る確率などの要素を考慮し、各オファーの主観的価値を計算することにより我々が選択を行っていると説明した。このような脳内での計算メカニズムの解明の糸口が見つかるまでに約3世紀が費やされたことになる。
「主観的価値をコード化するニューロンを発見しましたが、価値信号は選択だけでなく、あらゆる種類の行動を導くことができます。これらは、学習、感情、知覚的注意、および運動制御を導くことができることを証明するために、特定の脳領域の価値信号が特定の選択を促すことを示す必要がありました」(パドア=スキオッパ教授)
■脳への電流刺激でドリンクの好みが変わる
ニューロンによってエンコードされた値と選択行動との関係を調べるために、研究者は2つの実験を行った。
実験の1つでは、まず最初にサルに2杯のドリンクを繰り返し提示してどれを選択したかを記録した。ドリンクはさまざまな量で提供され、レモネード、グレープジュース、チェリージュース、ピーチジュース、フルーツパンチ、アップルジュース、クランベリージュース、ペパーミントティー、キウイパンチ、スイカジュース、塩水が含まれていた。
サルの個体にも味の好みがあるが、味に加えて量が多いことも好むので、彼らの決定は必ずしも容易ではなかった。ちなみに選択はサルがどちらのドリンクに視線を固定したかによって決められ、”希望通り”のドリンクが届けられた。
次に各サルの眼窩前頭皮質に小さな電極を配置し、各オプションの価値を表す弱電流シグナルで刺激すると、ドリンクが提供されている間、眼窩前頭皮質のニューロンがより活発に活動しはじめたのだ。つまり弱電流を流すことでこのサルにはどのドリンクも好ましく感じられたのである。しかしながらもともと好きだったドリンクをより好きになったことにより、好みの傾向が変わることはなかった。
もう1つの実験では、サルには選択を行う前に、最初に1つのオプションが提示され、次にもう1つのオプションが提示されたのだが、サルがどちらか1つのオプションを検討しているときに高い電流を流すと、その時点で行われていた価値の計算が中断され、最終的にサルは電流を流されなかったオプションを選択する可能性が高くなることが判明したのだ。
つまり、たとえ好みのドリンクを見せられている間であっても眼窩前頭皮質の神経細胞の活動を妨害されると価値判断が保留され、何もされない状態で提示されたドリンクのほうを選ぶようになるのである。この実験結果は、眼窩前頭皮質で計算された価値が選択を行うために必要な部分であることを示している。
「この種の選択に関しては、サルの脳と人間の脳は非常に似ているように見えます。この同じ神経回路は、レストランのメニューのさまざまな料理、金融投資、選挙の候補者など、人々が行うあらゆる種類の選択の根底にあると考えています。どの仕事を選ぶか、誰と結婚するかなどの人生の主要な決定事項でさえ、おそらくこの回路を利用しています。選択が主観的な好みに基づくときはいつでも、この神経回路にその責任があります」(パドア=スキオッパ教授)
もしも将来的に非侵襲的かつ、当人が気づかない方法で眼窩前頭皮質の神経細胞へ技術的に影響を与えることができるようになった場合、まさに“マインドコントロール”が可能になってしまうともいえる。脳活動の複雑なメカニズムが僅かながらであれ着々と解明が進められているが、さまざまな用途に適応できる技術であるだけにウォッチを怠ることはできない。
参考:「Neuroscience News」、ほか