世界を席巻中のNetflixアニメ「アーケイン」も影響を受けた芸術家、アルフォンス・ミュシャの稀有な才能とは
2024年12月18日(水)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
アール・ヌーヴォーの代表的存在である芸術家アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)。今も世界中のアーティストにインスピレーションを与え続けるミュシャの傑作を、高解像度のプロジェクションで堪能する新感覚の没入体験型展覧会「グラン・パレ・イマーシブ 永遠のミュシャ」が日本に上陸した。
ミュシャ人気が再燃
19世紀末から20世紀初頭にかけて、一世を風靡した新しい芸術様式「アール・ヌーヴォー」。チェコ共和国で生まれパリで活動していたアルフォンス・ミュシャは、女優サラ・ベルナールのポスターを制作し、一躍「アール・ヌーヴォーの旗手」と呼ばれる存在に。しなやかで優美な曲線と、軽やかでいて心に響く美しい色彩。さらに異国情緒やクラシックな趣を感じさせる独自の装飾性によって、ミュシャは時代の寵児となった。
ミュシャの人気は今も根強いが、その人気がここにきて一段と高まっているようだ。2024年、日本ではミュシャ展が相次いだ。全国を巡回し現在は横浜・そごう美術館で開催されている「ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者」、大阪・名古屋が会場の没入型展覧会「ミュシャ展〜アール・ヌーヴォーの女神たち〜」。東京・府中市美術館では市制施行70周年の記念展として「アルフォンス・ミュシャ ふたつの世界」が開かれた。
そんな“ミュシャ・イヤー”のラストを飾るのが「グラン・パレ・イマーシブ 永遠のミュシャ」。グラン・パレ・イマーシブとミュシャ・トラスト(ミュシャ財団)が2023年にパリで開催したイマーシブ展覧会「Éternel Mucha」を日本向けにアレンジしたもの。高解像度のプロジェクションを用いて次々に映し出される代表作を鑑賞しながら、ミュシャの生涯を没入体験していく。
アルフォンス・ミュシャの曾孫で、ミュシャ・トラストの理事長を務めるマルカス・ミュシャ氏は話す。「2018年頃から、最先端のテクノロジーを用いたイマーシブ(没入体験型展覧会)が増加。ただし初期のプログラムは華やかなショーといった雰囲気で、学術的な知見を紹介する展覧会ではなかった。これは、自分たちの手で作り上げるしかないと感じた。様々な試行錯誤の末に生まれたのが、今回、日本で開幕した『永遠のミュシャ』です」
その言葉通り、「永遠のミュシャ」は、代表的な作品を華やかな演出で見せるだけのものではない。もちろんイマーシブ映像の圧倒的な迫力と美しさに心は踊るが、ミュシャの画業や人物像もしっかりと分析されている。「ミュシャ独自の女性の描き方である“ミュシャ様式”はどのように生まれたのか」「1900年のパリ万博でミュシャは何を表現したいと考えたのか」「フランスやアメリカで成功を収めながら、なぜ祖国へと戻ったのか」。丁寧な解説により、ミュシャの核心に近づいていくことができる。
決して古びないサブカル感
展覧会の目玉はイマーシブ映像。だが、映像を見たあとの展示スペースが予想以上に充実している。現代の女優がミュシャのポスターに描かれた女性に扮し、優雅に動く様子が見られる映像展示や、香水のディフューザーによってミュシャの“香りの世界”を楽しむコーナーなど、ミュシャの芸術の広がりを実感できる展示が続く。
特に漫画やアニメ、ビデオゲームなど、現代のポップカルチャーに与えたミュシャの影響を考察する展示が興味深い。「今なぜミュシャの展覧会が相次いで開催されているのか。10代、20代と思われる若い世代が多く来場しているのはどうしてか」という疑問の答えが見えてくる。
ミュシャの作品群は100年以上前に制作されたものだが、現代のゲームやCGアニメがもつファンタジックな世界観と親和性が強い。普遍的なサブカル感とでも言おうか、決して古びず、近年のクリエーターたちが制作する作品にもミュシャの芸術性が受け継がれている。出渕裕《『ロードス島戦記』眠り》、山岸涼子《真夏の夜の夢「アラベスク」、『花とゆめ』誌のポスター》、花郁悠紀子《別冊『ビバ・プリンセス』表紙》。展覧会ではミュシャの作品と、その後のクリエーターが制作した作品を比べ、その類似性や影響を探っている。
アニメ『アーケイン』への影響
展示はNetflixアニメ『アーケイン』で締めくくられる。『アーケイン』はアメリカ「ライオット・ゲームズ」とフランス「フォルティッシュ・プロダクション」によって共同制作されたアニメドラマ。シーズン2が2024年11月に公開され、世界中で大ヒットを記録。世界最大の映画・ドラマ評価サイト「ロッテン・トマト」では、批評家評価100%、一般人評価93%。映画・ドラマ情報サイト「IMDb」のランキングでも、実写・アニメ、映画・ドラマを含めて総合1位を守り続けた(本稿執筆時の12月10日時点では3位)。
物語は、科学の発展と貿易により繁栄する富裕層の都市ピルトーヴァーと、犯罪と貧困が蔓延する地下都市ゾウンという敵対する2つの地域が舞台。ピルトーヴァーはアール・デコの、ゾウンはアール・ヌーヴォーの影響を強く受けている。
『アーケイン』を鑑賞し、「これ、ミュシャだ」と何度思ったことか。ゾウンの街中にはミュシャ風の巨大壁画があり、見た人ならおわかりだろうが、各エピソードの冒頭を飾るジュークボックスのディスクに描かれた女性画はミュシャの絵そのものだ。
これは記者の勝手な思い込みではなく、『アーケイン』でアートディレクターを務めたジュリアン・ジョルジェルも認めている。「ゾウンに住んでいた画家がミュシャの様式をそのまま持っていたと考えてみたんだ。街には『ジョブ』のためにミュシャが制作した広告に触発されたフレスコの大きな壁画が現れる。なびく長い髪で極まる女性らしさと、自由の感覚が伝わってくる。飛ぶ鳩の群れとともに……」。
ミュシャが活躍した時代から、すでに120年が経過している。ミュシャ自身、後世のポップカルチャーにこれほど影響を与えるとは思ってもみなかっただろう。だが、現代の人々は今も変わらずミュシャに夢中だ。
「グラン・パレ・イマーシブ 永遠のミュシャ」
会期:開催中〜2025年1月19日(日)
会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)
開館時間:11:00〜20:00(12月31日(火)のみ〜18:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:12月19日(木)、1月1日(水・祝)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/24_mucha/
筆者:川岸 徹