川崎の地獄は日本の未来か? ディストピアでもがく不良たちのヒリヒリする生き様『ルポ 川崎』磯部涼インタビュー

12月22日(金)7時15分 tocana

『ルポ 川崎』(サイゾー)

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 気鋭の音楽ライター・磯部涼が放つ『ルポ 川崎』(サイゾー)の執筆裏話を著者本人がとことん語り尽くすスペシャルインタビュー! 今回は、多人種化する日本の未来やスラムツーリズム、川崎という街のディストピア感について聞く。

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■多文化共生、高齢化、貧困…… 日本の未来がここに

——本書の中で、川崎は日本の未来ではないかと語られていますね。

磯部涼(以下、磯部)  川崎市の中でも特に川崎区に未来を見ているわけですが、それについては、2点ほど思うことがあります。

 まず、いま日本では“外国人”が増えていますよね。それは、国として力を入れて呼び寄せている観光客であったり、国としては認めていないが様々な形でやってきている移民であったりする。後者に関して川崎区には長い歴史があります。戦前より、臨海部の工場地帯で働くために朝鮮半島から多くの人々が渡ってきた。彼らは日本人が住まない湿地帯のような環境の悪い場所にバラック小屋を建ててコミュニティを形成した。本書の舞台のひとつとなっている池上町は、かつて“朝鮮部落”と呼ばれていましたが、まるで迷路のようなつくりになっているのはそのような成り立ちの名残りです。

 そして、戦後も「あそこに行けば仲間がいる」「あそこに行けば仕事がある」ということで、在日コリアンが集まってくる。やはり、本書の重要な舞台である桜本に建つ、川崎の在日韓国人の拠り所となってきた川崎教会の初代担任牧師=李仁夏(イ・インハ)さん——「池上コインランドリー」という名曲で知られるラッパー、イン・ハの祖父——は、桜本、大島、浜町、池上町にかかるエリアを“おおひん地区”と命名しましたが、その辺りが在日コリアンの集住地域です。また、80年代にはフィリピン人の出稼ぎブームが起こり、桜本でも同国の人々が増えます。さらに、近年はブラジル人やペルー人もやってきて、まさに多文化地域の様相を呈しています。

 そういった街を、2015年から2016年にかけていわゆるヘイト・デモが狙い撃ちにし、地元の人々やカウンターと呼ばれる人々が抗した様子は『ルポ川崎』でも描いていますが、反面、川崎区では“日本人化”と“混血化”が同時に進みつつあります。外国にルーツを持つ子供達の支援を行っている桜本のコミュニティ・センター<ふれあい館>の職員・鈴木健さんは、本書で以下のように語っています。「在日コリアンにしても子どもたちは、大体、四世だし、最近は六世が生まれていると聞きます。ただ、日本人と結婚する人が多いから、全体的には、国籍や名前は日本のものになっていく。一方で、依然、朝鮮人というアイデンティティを持つ人もいるし、フィリピン人と結婚する人もいて、見た目でフィリピン人だと思われているけど、国籍は韓国、というケースもちらほらあったり」。

 それは日本の未来というか、世界の未来というか——。川崎中一殺害事件の際も、犯人グループの内のひとりがフィリピンと韓国にルーツを持つとされたことがヘイト・デモに火を着けましたが、混血化はグローバル化が進む世界では必然的に起こっていくことであり、日本政府のように外国人の労働力をあてにしながら、移民を差別するというダブル・スタンダードに陥るのではなく、現実にしっかりと向き合うべきではないでしょうか。

 さて、本書が川崎区に未来を見るもうひとつの理由は、いかにも現代日本的な話です。本書は若者たちのエピソードが中心ですが、川崎駅に直結したピカピカのショッピングモールを出て、川崎区を歩きながら感じるのは“くたびれた街”だということです。例えば、川崎駅周辺は風俗街という顔も持っています。もともとは赤線/青線地帯で、現在はソープランドが多いもののの、いわゆる“ちょんの間”も現存します。そして、後者のメインの客層は50〜60代、中には80代の客もいるそうです。働いている女性も、30代ではまだ若い方です。

 川崎駅前の繁華街では、臨海部の工場地帯で働く労働者のために“飲む・打つ・買う”の業種が発展してきましたが、その周辺にある日進町はいわゆる“ドヤ街”で、住居を持たない労働者が安価で泊まることが出来る簡易宿泊所が立ち並んでいます。2015年5月にそこで大規模な火災が起きた際には、宿泊者の多くが生活保護を受けている老人だということが話題になりました。それは労働者として経済成長を支えた人々の現在の姿であり、高齢化が進み、国としてシュリンクしつつある日本の未来の姿であると言えるかもしれません。

——増加している多人種の子どもたちは、なかなか十分な教育を受けられないんですよね。それが不良少年になっていく。

磯部  そういう傾向があることは事実です。例えば、00年代に増えたフィピン人の少年少女の中には、80年代の出稼ぎブームの際に先に日本に来ていた母親から、10代半ばになって、突然、呼び寄せられ、故郷の友達とは離ればなれになってしまうし、言葉も分からないし、不安定になる子も多かったようです。そして、その受け入れ先になったのがヤクザだったり、性風俗だったりした。だからこそ、先程、話に出た桜本のコミュニティ・センター<ふれあい館>では彼らを地元のコミュニティに溶け込ませるため、日本語教育に力を入れている。他にも、ラップ・ミュージックやスケートボードのようなグローバル・カルチャーが、様々なルーツを持つ若者たちを結び付けていたりもします。

——不良少年たちは、自分たちの悪事を武勇伝のように話すのですか?

磯部  この本に出てくる不良達の証言を読んで「(話を)盛っている」と思う人もいるでしょう。ただ、自分としては彼らが活き活きと、多少大袈裟に語る様子こそが興味深いと思っています。あるいは、それは、いま生まれつつある都市伝説だとも言えるのではないでしょうか。話に出てくるのは、往々にして“友達の友達”——つまり、実在するのかどうかは分からない人物だったりするのですが、彼らはシャブ中になったらしい、人を殺したらしいアウトローの自由さに何処かで憧れながらも、人間として生きて行く最低ラインを教訓として学び取っていたりします。中一殺害事件も発生から3年近くが経って、地元の若者たちの中ではほとんど都市伝説のように語られているように感じますね。


■幽霊よりも人間のほうがずっと恐い

——これはトカナ的な質問になりますが、「川崎中1殺害事件」の現場近くで、幽霊を見たとか、人魂が出るとか、そういうオカルト話は耳にしませんでしたか?

磯部  これまでのところはありませんね……。ただ、現場に行って感じたのは、むしろ、そういった話が“何もないほうが怖い”ということです。

 中1殺害事件の現場は、知らなければ通り過ぎてしまうような普通の場所。夜は人気がありませんが、昼間は地元の人が釣りをしていたり、野草を採っていたりする河川敷です。すぐ横にはタワーマンションがあって、そこの住民からは現場がよく見えるでしょう。でも、そこで何が起きたか、もうほとんど意識されていない。恐らく、「幽霊が出た」というような類の話って、先程の都市伝説と同じように教訓として機能するというか、かつて起きた悲惨な出来事を人々が忘れないようにするために自然発生するものですよね。もちろん、被害者や加害者に近しい子どもたちや大人たちは、いまだに事件のことを重く受け止めていますが、「川崎ではあんな事件は表沙汰にならないだけでありふれてる」とうそぶく不良もいましたし、ほとんどの人々にとってはオカルト話にすらならないというのが実際のところでしょう。

 簡易宿泊所火災の現場も、今はただの空き地になっています。川崎老人ホーム連続殺人事件の現場にいたっては、名前だけ変えて、全く同じ建物で経営が続いている。その老人ホームは、住宅街の真ん中にあって、ここで何人も殺されたとは想像できないほど。そういった状況で、淡々と日常が続いていることにゾッとします。

 だから、幽霊よりも人間の方が怖いですよ。あるいは、そういった忘却、順応こそが人間が生きていく上で必要な強さなのかもしれないですけどね。

——それは川崎以外でも言えることかもしれませんね。

磯部  もちろんそうです。例の座間9遺体事件でも、事件が起こった建物自体、もともと事故物件だったと言いますよね。「事故物件は死の記憶が染み付いているから怖いのではなく、そういう場所であることをまったく気にも留めない人間が集まってくるから怖いんだ」と言っているひともいました。本書はそのような問題の象徴として“川崎”を描いているわけです。


■川崎探訪の醍醐味

——川崎の不良には、彼ら特有の“川崎オーラ”的なものがありましたか?

磯部  う〜ん、どうなんでしょう。本書における中心的な語り部であるBAD HOPのT-PablowとYZEERは「川崎(区)がほかと違うのは、すぐに手を出してくるところ。東京だとまず掛け合いがあるじゃないですか。川崎はいきなり殴ってくるから、気を抜けない」と言っていましたが。

 取材のために川崎駅の東口に降りるといつもいるスカウトが刺青をびっしりいれていたりするのも、他の土地だったら女の子は逃げちゃうだろうと思いましたね。あと、ヤクザの事務所が外にサンドバッグが吊るしていて、若い構成員がパンチを打っていたのもあまりにもこれ見よがしというか、ちょっと微笑ましい気持ちにさえなってしまいました。

——本書にもありますが、最近話題の「スラムツーリズム」という動きについてどう思いますか? また、本書を読んで川崎に行ってみたくなった人にアドバイスはありますか?

磯部  「東京DEEP案内」を始めとして、スラム・ツーリズム気分で川崎の臨海部に足を運び写真を撮って、面白可笑しく書き立てる記事やツイートは幾らでもありますし、それらの行為にうんざりしていたり、ピリピリしていたりする住民の方も多いです。ただ、本来のスラム・ツーリズムがそうであるように、そこから興味を持ってより深い問題意識へと向かっていく人もいるでしょう。また、不良の中にはそのような悪意に満ちた視線によるスティグマ(烙印)を反転させて、「ヤバい土地に住んでいるオレ」という風にアイデンティティを形成しているケースも多いので状況は複雑です。それでも、何処かの土地を訪れる際にそこの住民や歴史に敬意を持つことは当たり前の話ですよね。

 僕としてお薦めしたいのは、川崎の臨海部に興味を持ったのなら、ご飯を食べに行くということです。例えば、ジャンク系でいうと川崎を中心にしたチェーン店「ニュータンタンメン」は、地元の若者たちのソウル・フードになっていますね。いわゆる担々麺とは全く違って、むしろチゲ・ラーメンなんですが、癖になる味です。それと、コリアン・タウンの焼肉は有名ですが、ぜひ、他の国の料理も食べてみて欲しい。桜本にあるペルー料理屋「エルカルボン」はペルー大使館御用達のロースト・チキンや牛肉とポテトフライを炒めたロモサルタード、シーフード・マリネのセビーチェなんかが名物だし、実はチャーハンも美味しい。ペルー料理って、中国系移民が多いことで中華料理も混じっているんですよ。それを地球の裏側の川崎で食べるという楽しさですよね。先程の話からの繋がりで言うと、日本のカレーなんかもそうですが、料理こそ混血化が面白い影響をもたらす良い例なんじゃないでしょうか。


■ヒリヒリした毎日、今この瞬間を記録する意味

——『ルポ 川崎』を読むと、本当に今の日本に貧困が広がっているという事実が痛いほど感じられました。帯には「ここは、地獄か?」という衝撃的な一文もありますが、川崎に漂う、このディストピア感をどう思いますか?

磯部  本来、“ディストピア”という言葉は過剰に管理された社会のことを指していて、『ルポ川崎』でも冒頭で描かれる川崎の、ジェントリフィケーションが進み、暴力や差別、貧困の問題が不過視化された側面をそう言っているのですが、BAD HOPに導かれて同地の奥深くへ分け入っていった本編に関しては、もっと混沌としたイメージを持つひとが多いでしょうね。一方で、その中で現状を変えようとしている人々もたくさんいる。

 あるいは、人気高校生ラッパーだったのが、一時、アウトローの道へと進んだLIL MANを取材した章で、彼の運転するクロスオーヴァー・タイプのベンツに乗って夕暮れに染まる川崎の街を眺めながら、「また闇に飲み込まれるのだとしても、それはこの瞬間、確かに美しかった」と感じるシーンがある。それは、当然、シンボリックな描写です。この後、不良の若者たちがどうなるかはわかりません。ただ書き手としては、今この瞬間、彼らが活き活きとしている様子を記録して残しておきたかったんです。

 そういえば、インタビューをしたある不良の若者が「取材、これで2回目なんですよ。この間、『チャンプロード』(※)に載せてもらって!」と嬉しそうに言っていたことがありました。また、先程話に出た<ふれあい館>の鈴木健さんは、桜本フェスという音楽イベントを企画した理由として、過酷な環境にある子どもたちが「『でも、あの日は愉しかったよな』とフェスを思い出し、『またいいことがあるかもしれない。もう少し頑張ろう』と(負の)ループを抜け出してくれたら。そういう、小さくてもいいから、拠り所となる幸せな記憶をつくっていくこと、それって、“勝てないかもしれないけれど、負けないための生き方”なんじゃないかと」語ってくれました。この本も、彼らが10年、20年後になって「こういうこともあったな」と思い出してもらえたらいいなと考えています。

——川崎の不良たち自身は、地元や日本の将来をどう考えていると思いますか?

磯部  ヒリヒリとした毎日を生きることで精一杯で、そんな大きなことを考えている場合ではないんじゃないですかね。彼らは選挙に行ったり、社会運動をするようなタイプではないでしょう。彼らがいる環境を知ると、それも仕方がないなと感じてしまう。ただ、だからこそ、彼らの暴力に満ちた生活に、如何に川崎という土地の、もしくは日本という国の歴史と現状が関係しているのか解き明かしたいと思いましたし、読者の方々にも本書を通してそれについて考えてもらえたらなと思っています。


 全国に先駆けて日本の未来を体現する街・川崎。しかし、決してすべてが陰鬱に覆われた“地獄”ではない。川崎だからこそ、人種や文化を超えた交流が生まれ、ヒップホップという文化が花開いた——。そんな希望をつないだ磯部涼のルポルタージュを、あなたもそっと手にとってほしい。
(取材・文=松本祐貴)


※画像は、『ルポ 川崎』(サイゾー)

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