ネットで自殺予防の相談 「命の番人」を続ける若者の真意は

12月26日(木)16時0分 NEWSポストセブン

 たったひとりで、ネットで自殺願望を持つ人からの相談を続けている若者がいる。取り組みは世界の研究者から注目も集めている。彼はなぜ、そのような取り組みを始めたのか。コラムニスト・オバタカズユキ氏が取材した。


 * * *

 唐突で恐縮だが、「死にたい」と思ったことはあるだろうか。あるいは、もう生きるのがつらくて「助けて」と叫んだことはあるか。


 そうした心のSOSを、スマホで検索エンジンの窓に打ちこんでみたとする。すると、例えば「死にたくなったあなたへ」というサイトの広告が、検索結果の上のほうに表示される。


 クリックしてみたら、メール相談を受けつけますとの案内。気軽に自分のつらい思いを書きこめる画面なので、「すべてがイヤなんです!」というような文言を打ちこむと、ほどなくして相談員から「どうしましたか?」とレスが来る。


 人によってはそこで終わる。でも、人によってはそこから数十回のメールのやりとりが行われる。そして、相談員が必要と判断した場合、うつ病診断サイトでのチェックを勧められ、精神科病院の受診を検討してはどうかと提案される。お金の問題がからんでいる場合は、生活保護の申請の手続きを教えてくれることもある。これらすべて無料で——。


 おそらく日本で、いや、世界でもまだ誰も手がけていないそんなネットの自殺防止活動を、一人で立ち上げ、一人で運営している20代の男がいる。その名はJiro ITO。当記事のUP段階では、「OVA(オーヴァ)」というNPOを立ち上げるべく奮闘中、その第一歩としてブログの「壁と卵」を開設したばかりだ。


 数か月前にその存在を知った私は、「社会貢献をしたい若者が増えているというが、まあ、自殺防止活動を一人でやるとは怖い者知らずだ。面白い!」と勝手に盛りあがって、Jiro氏の動きを追っていた。そのうちネット界で話題にする人もだんだん増えてきて、ついに先日、「世界デビュー」を果たしてしまった。


 年の暮れも押し迫る12月16〜18日、東京・秋葉原の巨大複合型オフィスビルで行われた「WHO世界自殺レポート会議及び関連行事」なる大イベント。2020年までに世界の自殺死亡率を10%減少させる目標に向け、世界各国から自殺防止の研究の専門家たちが集結するグローバルな学術会議だ。その最終日の午前プログラムで、和光大学専任講師の末木新氏が「インターネット・ゲートキーパー」(インターネットを使った「命の番人」ぐらいの意味)と題して、Jiro氏の活動を報告した。


 さあ、世界の頭脳がJiro氏の挑戦にどう反応するか。この目で見たくて寝不足の私も出かけた。会場には、白いお髭をたくわえたザ・サイコドクターといった風貌の外国人がたくさんいた。末木氏の研究報告は堂々しており、150人ほどの参加者たちが熱心に聞き入っていた。


 報告が終了するやいなやスタンディングオーベーション、とはならなかったが、休憩時間になると、末木氏のもとに外国人研究者が何人もやって来た。実際の運用の仕方についての質問などが投げかけられたという。手ごたえは上々だったようである。



 この日、私は、生のJiro氏とはじめて会った。パッと見は、昭和の野球部員がそのまま10年ほど歳を食いましたといった感じの青年だった。印象はいわゆる体育会系。ノートパソコンを片手に会場内を落ち着きなく動き回っているところを捕まえ、昼食に誘った。「なんでまた、こんなことを始めたのか」と、直接、彼の口から聞いてみたかったのだ。


「今年(2013年)の6月に、若者の自殺が増えていることを知りました。約半数の死因が自殺である、と。はじめて知ってショックだったのですが、同時にその防止方法を思いついたんです。だいたいの若者は1日中、スマホを使っています。自殺をしようとする人は、スマホで『死にたい』と打ちこんだり、自殺方法を検索するはず。ならば、そこにこちらから介入して、医療施設などにつなげればいいじゃないか、と」


 Jiro氏は大学卒業後、EAP(従業員支援プログラム)企業に就職、精神保健福祉士や産業カウンセラーなどの資格を取得して、精神科クリニックでソーシャルワーカーとして働いていた時期もある。IT知識を身につけ始めたのはわりと最近のようだが、スマホの自殺防止方法が思いついて間もなく、「とりあえずやってみよう」と動き出したとのこと。


「まったく1人で前例のないことをやり始めたので、最初はすごく不安でしたよ。でも、スタートしたのが7月14日で、その3日後にやってきたひきこもりの方の相談が、すんなり精神科の受診につながったんです。あっ、これは価値のある方法だと感じることができて、そのままずっと『夜回り2.0』と称して活動を続けています」


 相談のやりとりはメールだけで行っているのか。これまで何件ぐらいの相談をしてきたのか。


「9割5分はメールです。自殺の緊急性がすごく高くて、かつ、相談してきた方が希望する場合は電話も使います。でも、それは例外ですね。これまでの相談件数は、今、150件くらいになっていると思います。最多で一人の方と、150回以上やりとりをしたこともあります。ずーっと相談し続けている日々ですよ。正直、相談活動中は、私が鬱みたいになっているな、と思うこともたびたびです……」


 どうしてまたそこまでエネルギーを注いでいるのか。


「いろんな理由がありますが、僕自身、青春期に死にたいと思っていたんです。パソコンをつけては自殺サイトばかりをめぐっていた時代があったんですね。だから相談してくる方の目線で、こういうサービスを作れたのだと思います。昔の自分を救いたいみたいな気持ちは正直ありました」


 ありました、ということは、今はないのか。


「ええ、相談してきた方を“救う”っていう考えは傲慢だし、そんな簡単にできることでもありません。それと、『夜回り2.0』はお金になりませんから、並行して起業をするつもりなんです。自殺防止活動を持続させるためにも、稼げるビジネスモデルを早く確立したいです」



 稼げるビジネスモデルのアイデアはいくつかあるそうだ。それらもITを駆使したメンタルヘルス分野の改革で、一緒に取り組むパートナーと技術者を絶賛募集中とのこと。ハンバーグ定食を頬張りながら、意気込みのほどを語っていたが、興味のある方は「壁と卵-OVA代表JIROのブログ-」を覗いてみるといい。


 それにしても、「自殺」という言葉から連想される重たい空気が、この野球部員顔の青年からは感じられなかった。重い話もしているのだが、彼の勢いがそれに勝っていた。


 Jiro氏のような社会貢献型とは別に、現在の私は、ベンチャー企業でハードワークする若者たちについての本を執筆している。そんな個人的な事情もあって、このところつくづく思う。


 近ごろの若者は安定志向が強くて保守的だとか、さとり世代だとかと言われているが、その逆パターンも多い。無茶する若者はけっこういて、その生き方はなかなかカッコいい。わりとマジにそう言えるんじゃないか。 

NEWSポストセブン

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