上野千鶴子氏の「老人ホームは嫌」が物議…現役医師「公費による延命と手厚い介護は見直す時期がきている」
2025年2月14日(金)10時15分 プレジデント社
■立民と国民民主が「訪問介護」緊急支援を要請した背景
2025年1月29日 立憲民主党と国民民主党は、2024年度に介護報酬が減額された「訪問介護」に深刻な影響が出ているとして、緊急支援の法案を衆議院に共同で提出した。確かに、先の介護報酬改定では「利益率が高い」と判断された訪問介護関連項目は2~3%減となっている。
■介護事業者の倒産が過去最多
2024年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産は、過去最多の172件(前年比40.9%増)、と報じられた。中でも介護報酬のマイナス改定が直撃した「訪問介護」が過去最多の81件。倒産のみならず事業所の休廃業も相次ぎ、訪問介護事業者のない自治体は107町村にのぼり、今後もさらなる“空白”地域の拡大が予想されている。
少子高齢化が進むなか、介護ニーズは高まる一方だが、昨今の人手不足で介護職員の確保も簡単ではない。コロナ禍で悪化した経営を立て直せず、物価上昇に耐えられない事業者の倒産や休廃業は今後も続くだろう。
写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Satoshi-K
■進行する介護人材不足、進まぬ対策
介護業界の中でも、訪問看護を担うホームヘルパーの不足は特に深刻だ。令和4(2022)年度の有効求人倍率は、全職種1.31倍、施設介護員3.79倍に対して、ホームヘルパー15.53倍と報告されている。(※第225回 介護給付費分科会 全国社会福祉協議会 全国ホームヘルパー協議会 意見陳述)
このような人材不足に対して、厚生労働省は「介護のしごと魅力発信等事業」を行っており、若い読者向けに雑誌『anan』や『POPEYE』への記事掲載、介護マンガ制作、ポータルサイト作成、各種イベントや動画配信など、それなりに予算と人員を費やしているが、今のところ効果があったとは言い難い。そうした予算を介護職の給料に回せばいいのではと思うのは、私一人ではあるまい。
■テレビ放映された訪問介護のリアル
2月8日、日本海側は記録的な大雪に見舞われたが、その中で訪問看護の現実を放映したテレビ朝日系ANNニュースが話題になった。大雪に見舞われた新潟県上越市で一人暮らしをする80代男性は1日の大半をベッド上で過ごす。テレビカメラがその自宅に訪問する看護師に同行し、「どんなに降っても(看護に)行く」と取材に応じていたが、「こういう大雪ならば休んでも良いのでは。現役世代の命は、要介護高齢者より優先されるべき」といったコメントがSNSでは相次いだ。
在宅医療介護は患者の各自宅を訪問するため、どうしても非効率的になり、要介護者からセクハラ・暴言・暴力などを受けることもある。2022年に、埼玉県ふじみ野市で起きた訪問診療医師の射殺・立てこもり事件は多くの人の記憶に残っている。同じ介護職なら施設介護が選ばれ、訪問介護の仕事が敬遠されがちなのは理解できる。
■嵐を呼ぶ上野千鶴子氏インタビュー
このように問題を抱える介護の現場だが、雑誌『AERA』2024年12月23日号に掲載された、フェミニストで東京大学名誉教授の上野千鶴子氏のインタビュー記事がSNSで物議を醸した。
写真=共同通信社
<私たち団塊の世代は物わかりのよい老人にはなりません。暮らしを管理されたくない、老人ホームに入りたくない、子どもだましのレクリエーションやおためごかしの作業はやりたくない、他者に自分のことを決めてほしくない、これが私たちです。上の世代のように家族の言いなりにはなりません>
施設介護を拒否し、自宅での公費介護を要求したことに対して、SNSでは「自費でやって下さい。他人の金を使ってこんなこと言って呆れる」など、給料天引きで社会保険料を毎月支払っている現役世代からの反発は強かった。
■上野氏は「AI介護もバカヤロー!」
上野千鶴子、髙口光子『「おひとりさまの老後」が危ない! 介護の転換期に立ち向かう』(集英社新書)
上野氏は2023年10月発刊の『「おひとりさまの老後」が危ない! 介護の転換期に立ち向かう』(共著・集英社新書)の中でも、こう書いている。
<特にテクノロジー系の人たちが、「これからはAI介護です」とかって言うのを聞くと、バカヤローと思う。(中略)保育についてはAI化なんて誰一人言わないのに、年寄りについてはこんなに簡単に言うのは(中略)年寄りには人格がないとすら思っている>
在宅を含む介護サービスの現状維持を強く求めた。上野氏はYouTubeでも「訪問介護報酬引き下げ/サービス縮小」に苦言を呈しており、コメント欄では同世代女性の絶大な支持を集めていた。しかしながら、「誰が支払うか」についてはほとんど触れていない。
■たかまつなな氏が大炎上したワケ
1月24日、厚労省の「年金改革関連法案」の概要が自民党に提示され、「厚生年金保険料の上限引き上げ」「2027年9月の開始を目指す方針」が公表された。SNSでは「また現役世代を苦しめる気なのか」「事実上の増税だ……厚労省だけで決められる保険料は消費税よりタチが悪い」など、反発や疑問の声が集まった。
そこで、年金部会の最年少委員として「賛成」したのが、元NHK職員でお笑いジャーナリスト(笑下村塾代表)のたかまつなな氏だった。「保険料の負担は増えますが、将来の年金の受給額が増えて、老後の生活にとってはプラスです。個人の損得だけではなく、社会のためになるかという点で議論が加速してほしいです」などと厚労省の公式見解受け売りの意見をXで発信し、大炎上した。社会のため、よりも、自分のことで精いっぱいで「負担増」を受け入れがたい若い世代から猛反発をくらった形だ。
■繰り返される現役世代負担増と問題先送り
日本の高齢化は今後も確実に進行する。つまり、医療年金介護など高齢者向け社会保障費は増える一方で、2025年度予算案では社会保障費は過去最大の38兆円(総額115兆円)となった。2025年には前出・上野氏を含む団塊世代のすべてが後期高齢者(75歳以上)となり、今後も社会保障費は増大する。現場を守る医療・介護関係者の多くは「公費医療介護の内容見直しや合理化は必須」と異口同音に主張しているが、政府の対応は鈍い。
夏の参院選を意識しているのか、冒頭の法案提出のように与野党とも大票田の高齢者の介護環境を維持向上させる一方で、現役世代には社会保険料値上げなどでどこまでも負担を強いる政策が目立つ動きに対して、否定的な意見を持つ若い世代は多い。
■外国人介護士より死生観の見直しを
2月6日、政府は「外国人労働者の受け入れに関する制度見直しを議論する有識者会議」の初会合を法務省で開いた。人手不足が深刻な介護、外食、工業製品製造の3分野で外国人の就労を緩和する運びとなった。介護分野のうち訪問看護サービスはもともと外国人就労の対象外であったが、許可される見通しである。
とはいえ、1学年200万人を超える団塊の世代が、「大雪でも毎日看護師が自宅訪問」のような在宅介護を希望者全員、いや一部の人であっても公費で受けることは、経済的にも人数的にも不可能である。「AI介護バカヤロー!」という上野氏の主張とは裏腹に、今後の公費介護は、施設介護を中心に、機械化・IT化などによる合理化や省人化は避けられないのではないか。
それでも、「どうしても自宅で介護」を希望するならば……。「親孝行な子供を育てておく」「自費で介護士を雇える資産を持つ」「要介護状態が長引く前に逝く」「長期化したら自宅は諦めて施設介護へ移る」の、いずれかとなるだろう。
手厚い福祉政策で定評のある北欧諸国だが、その特徴として専門家は「寝たきり老人がいない」ことを挙げている。現地では自分で食事をできなくなった高齢者には無理やり食事(胃に直接栄養を送る胃ろうなど)や水分補給などをしないで自然に看取るのが人間らしい死の迎え方だと考えられており、そのため、長期間寝たきりになる高齢者がほとんど存在しないという。他者が延々と生きながらえさせることは、むしろ虐待と見なされていることもあるのだ。
一方、日本は寝たきり高齢者が増え続けており、医療・介護が日々施されている。それには、巨額の公費がつぎこまれている。
写真=iStock.com/Rawpixel
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この世にたったひとつしかない命は尊い。ただ、生死に関わる仕事である医師のひとりとして私は、公費による高齢者医療介護で「可能な限り延命」するよりも「死生観の見直しによる穏やかな最期」にシフトする時期ではないか、と考えている。年間の予算を何にいくら使うかを決めるのは国の判断だが、医療や介護など社会保障費を青天井にするのは間違っている。これが、高齢者にも現役世代にも日本経済にも必要な改革であり、思いを同じくする医療・介護関係者は少なくない。
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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)
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