「7万人の役人リストラ」は序章に過ぎない…アメリカ全土を巻き込むイーロン・マスク氏の"社会実験"の中身

2025年2月25日(火)7時15分 プレジデント社

2月20日、米ワシントン近郊で開かれた保守政治行動会議(CPAC)総会でアルゼンチンのミレイ大統領(右)から渡されたチェーンソーを掲げるイーロン・マスク氏(ロイター=共同) - 写真提供=共同通信社

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アメリカのドナルド・トランプ大統領が就任してから2月20日で1カ月がたった。トランプ政権では、政府効率化省(DOGE)を率いる実業家のイーロン・マスク氏の存在感が高まっている。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「日本の報道ではDOGEのリストラ策(人員削減)ばかりが強調されるが、それは目的ではなく手段でしかない」という――。
写真提供=共同通信社
2月20日、米ワシントン近郊で開かれた保守政治行動会議(CPAC)総会でアルゼンチンのミレイ大統領(右)から渡されたチェーンソーを掲げるイーロン・マスク氏(ロイター=共同) - 写真提供=共同通信社

■就任1カ月で100を超える大統領令、公約の5割に着手


アメリカのドナルド・トランプ大統領が就任して1カ月がたった。100を超える大統領令を発し、公約の5割に着手するなど、そのスピード重視の姿勢は筆者が就任前から予想してきたものだ。なかでも実業家のイーロン・マスク氏をトップに据えたDOGE(Department Of Government Efficiency=政府効率化省)による官僚機構への管理の強化は、突然のUSAID(United States Agency for International Development=アメリカ国際開発庁)の閉鎖の報道などにより、世界に衝撃を与えている。


トランプ大統領はアメリカ時間で2月11日に、DOGEを率いるイーロン・マスク氏を大統領執務室に招いて2人で記者会見を行い、その模様を動画配信した。トランプ大統領はその中でイーロン・マスク氏を「非常に優秀で実際に多大な実績を残している」と褒め、2人の関係が現時点では良好であることを窺わせた。筆者は2024年12月の記事〈イーロン・マスク氏の「真の才能」を見抜いている…トランプ新大統領が「ビジネスの鬼才」を起用する本当の目的〉において、2人の蜜月について指摘したが、実際に共働を始めてからは、より深く関係性を強めていると見られる。


■トランプ政権の政策とマスク氏の主張


トランプ政権の政策には、イーロン・マスク氏の価値観がかなり投影されている。


マスク氏がお気に入りの仮想通貨「ドージコイン」から名付けたとされる「DOGE」という名称だけではない。トランプ政権が掲げる在宅勤務の禁止も、マスク氏の考えと一致する。ツイッター(現・X)買収時も最初にリモートワークを禁止し、週40時間以上オフィスで働くように求めた。マスク氏自身が誰よりもハードワーカーであり、「オフィスで仕事をしたほうが生産性が高い」と考えている。


マスク氏はDEI(Diversity、Equity、Inclusion=多様性、公平性、包括性)施策に反対の立場であり、トランプ大統領も「性別は男性と女性のみとする」と就任演説で明言した。これは「人材は能力によって選抜されるべきだ」という価値観の裏返しと考えられる。こうした考え方は、DEI推進事業を手がけてきたUSAIDへのアクションや、教育省のDEI関連助成金1億100万ドル(約160億円)分の打ち切りなどにも表れている。


また、トランプ政権では、バイデン前政権が行ってきたSNSの偽情報対策を「政府による言論の検閲」と位置づけ、大幅な方針転換を図っている。マスク氏がツイッター(現・X)を買収したのも、もともとが表現の自由のためであり、「偽情報であっても表現の自由が保証されるべきだ」という価値観はトランプ大統領とも通底している。


■ホワイトハウスHPに示された「政府効率化省の目的」


トランプ大統領はアメリカ大統領府(ホワイトハウス)のHP上で「大統領の政府効率化省(DOGE)の設立と実施(ESTABLISHING AND IMPLEMENTING THE PRESIDENT’S “DEPARTMENT OF GOVERNMENT EFFICIENCY”)」を発表している。その中で特筆すべきは、アメリカデジタルサービス(United States Digital Service)を「アメリカDOGEサービス(United States DOGE Service=USDS)」と改称して大統領府に設置することと、「連邦政府のテクノロジーとソフトウェアを近代化して、法律と生産性を最大化する」と宣言していることだ。


そして「USDS管理者は、政府全体のソフトウェア、ネットワーク、インフラストラクチャー、情報技術、ITシステムの品質と効率を向上させるために、ソフトウェア近代化イニシアティブを開始する」「USDS管理者は、機関の長と協力してネットワークとシステム間の相互運用性を促進し、データの整合性を確保し、責任あるデータ収集と同期を促進する」「機関の長は、USDSがすべての未分類の機関の記録、ソフトウェアシステムおよびITシステムに完全かつ迅速にアクセスできるようにする」と規定している。


加えて「大統領の政府効率化省(DOGE)労働力最適化イニシアティブの実施(Implementing The President’s “Department of Government Efficiency” Workforce Optimization Initiative)」も発表された。


マスク氏がXに投稿したDOGEのロゴ(写真=myCountrAI on X, via AI image generation/PD-algorithm/Wikimedia Commons

■ツイッターで行った「改革」を政府でも実現させる


その中では「連邦政府の官僚制を改革し、無駄や過剰、人材の固定化を排除する」「各機関は、退職者4人に対して新規採用を1人に制限する計画を策定する(公共の安全、移民法執行、法執行に関連する機能はこの制限の対象外)」「各機関の新規採用はDOGEチームリーダーとの協議の上、最も必要とされる分野に焦点を当てる」「各機関の長は、法令に従い、大規模な人員削減(RIF)を迅速に実施する準備を行う」とされた。この大統領令は、連邦政府の効率性と生産性を最大化し、国民への説明責任を強化することを目的としているという。


こうしたDOGEの権限強化は、日本の報道では「退職者4人に対して新規採用を1人に制限する」「米連邦政府の職員7万人超が早期退職に応じる見通しになった」ことなどを取り上げ、リストラ(人員削減)ばかりが強調された。しかし実際には政府のDX化の中心にDOGEのトップであるイーロン・マスク氏を置き、人事の権限をも集中させることにより、彼がテスラや買収後のツイッター(現・X)で行ってきた改革を実現させようとしていると読み解ける。


2024年12月の記事で詳しく述べたが、組織改革とAI・DXなどのテクノロジーで必ず効率性・生産性を向上させるのが「イーロンウェイ」であり、トランプ大統領はその両方が実行できる権限をDOGEに与えた。リストラは目的ではなく手段でしかない。政府を小型化する、より効率化する、より生産性を高める、そのためにテクノロジーを使うのがマスク氏の真骨頂であり、初手の大統領令で、すでにその準備が整ったと見ていい。


■これからのアメリカに予想される大変化


では、大きな権限が与えられたイーロン・マスク氏は、トランプ大統領の下でアメリカをどのように変えていこうとしているのか。多少、筆者の想像が入るが、これから起こる可能性があるアメリカの変化を考察していこう。


【DOGEにおいて想定されるイーロン・マスク氏の9つの戦略】


1.超小型・超高速政府の実現


2.行政の完全デジタル化(ペーパーレス&自動化政府)


3.AI・アルゴリズム主導の政策決定


4.公務員制度の完全改革


5.政府の収益化(赤字運営から脱却)


6.最小限の政府×最大限の自由


7.グローバル競争力の強化(未来投資型政府)


8.「国民の顧客化」戦略


9.メリトクラシー(実力主義)政府の確立


第1に、官僚制度をスリム化し、少人数・高効率な政府へ人員最適化を行うだろう。すでに退職者4人に対し、新規採用は1人に制限するという政策は発表されているが、それだけでなく無駄なポジションの削減やアウトソーシングの強化を行い、最小限にして最速の政府を目指すはずだ。まさにスタートアップ企業のような機動性を持つ国家運営への移行が目標となる。


■生産工場さえ「プロダクト」と考える


第2に、すべての行政手続きのクラウド化・AI化に取り組むだろう。すべての政府機関の手続きをオンラインで完結できるプラットフォームを構築(=行政のオープンAPI化)し、ブロックチェーン技術を使って税や政府支出、政策決定プロセスの透明性を強化する。また、AIで事務業務を自動化していく。最終的にはすべての行政手続きをスマートフォンで完結できることを目指すはずだ。


2024年11月の記事〈「900万円の高級トラック」もイーロン・マスクなら売れる…EV逆風の中、テスラが「一人勝ち」できた理由〉で紹介したように、車の完全自動運転だけでなく、生産工場でさえも「プロダクト」と考えて完全自動化を目論むマスク氏だ。行政手続きの自動化も当然視野に入っているだろう。


テスラ「ギガファクトリー」上海(写真=China News Service/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

マスク氏が目論む、テクノロジーによる完全自動化は、行政手続きだけにとどまらないと筆者は見ている。


第3に、データとAIが政策を最適化する「政府のKPI指標化」を考えているのではないか。すべての政策成果を数値で評価し、効果が低い政策は即撤廃する。社会の動向をデータで分析し、経済・安全保障・医療などさまざまな分野の最適戦略をAIでリアルタイム予測して、自動更新していく。意思決定は官僚の主観や政治的圧力ではなく、可能な限りデータとAIで行う。AIに任せられることはすべて任せて、人間がやるべきことのみを人間が行うという改革だ。


これらはマスク氏が明言しているわけではないが、おそらくそうしたことまで想定しているのではないか。


■公務員も「スタートアップ型組織」へ


DEI政策に反対していることからも、マスク氏は「人材は実力で選ばれるべきだ」という価値観を持っていると思われる。


そうした点から第4に、公務員制度改革にも着手すると見ている。公務員の昇進・給与を完全成果主義に移行し、組織をフラット化して意思決定のスピードを上げる。テスラのような「スタートアップ型組織」へ移行し、常にイノベーションが起こる環境をつくりたいはずだ。


第5に、これも明言していないが、行政サービスの有料化(プレミアムプラン創設)や公有地、インフラ、特許を活用した積極的な収益化にも着手するかもしれない。「政府は税金で運営されるもの」という常識を打破し、政府自体が事業を運営することで、持続可能な収益モデルを構築するのだ。NASAなどのように政府が前面に出て技術開発を行い、収益化するケースもあるかもしれない。


第6は、最小限の政府・最大限の自由、つまり政府による規制の緩和・撤廃である。自動運転などの規制緩和を求める立場にあるマスク氏は、民間企業の市場競争による新規事業の最適化を標榜していくだろう。交通だけでなく医療や教育など、可能な限り政府による管理を廃止する。その代わりに業界内で自主的なルールを定めて自己管理することで、「自由市場が最適化する社会」を目指すのではないか。


ホワイトハウス(写真=DJTechYT/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■政府は「国民のためのサービス業」


それは第7に挙げたグローバル競争力の強化にもつながる。宇宙開発、AI、バイオテックなど将来性のある産業への重点投資を行い、政府主導で最先端技術の開発を加速させる。また教育ではAI教育やSTEM教育を徹底し、シリコンバレーのような人材を育成する。国家全体が「イノベーションセンター」になることで、アメリカは「未来産業のハブ」となる。対中国を睨んでも、国家として最先端技術への積極投資は欠かせないと考えるはずだ。


行政サービスについては、政府を「サービス業」として設計し直すだろう。UX(ユーザーエクスペリエンス=顧客体験)には定評があるテスラを率いるマスク氏の目により、直感的で使いやすい行政サービスが実現するのではないか。行政のカスタマーサポートを24時間対応のAIアシスタントにして国民の満足度を高めるとともに、そこで得たフィードバックをリアルタイムで政策に反映させる。政府を「国民のためのサービス業」として最適化し、満足度を最大化するというのが第8になる。


そして第9に、実力主義(メリトクラシー)の人材登用を行う。前述のようにマスク氏はDEI(多様性・公平性・包括性)政策が官僚的で非効率的な組織文化を生むと考えている。DOGEでは学歴・性別・人種・バックグラウンドではなく、スキルとパフォーマンスのデータ評価に基づく完全成果主義への移行を方針として打ち出そうとしている。すでにDOGEは多数のDEI関連助成金の打ち切りを発表している。


■「アウトプット=ボリューム×密度×速度」


イーロン・マスク氏のテスラはEVの生産を自動化し、超大量生産が可能な工場「ギガファクトリー」を稼働させている。「自動車を進化させるより、自動車をつくるマシンである工場を進化させたほうが、効率は10倍高い」という発想で、乗用車だけでなく「サイバートラック(Cybertruck)」や「ロボタクシー(Robotaxi)」などの製品をテスラは生み出してきた。


テスラの「サイバートラック」(画像=Phillip Pessar/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

その根底には「アウトプット(Output)=ボリューム(Volume)×密度(Density)×速度(Velocity)」という思想がある。工場であればボリュームは「投入するインプットや時間」、密度は「工場全体での集積度」、速度は「つくる速度」になるが、それをDOGEに当てはめて考えると次のようになるだろう。


【DOGEにおける「Output=Volume×Density×Velocity」方程式の4要素】


Volume(ボリューム)


支出削減の対象範囲を最大化


⇒予算削減のインパクトを最大化


Density(密度)


資源の最適活用と集中投資


⇒最小のリソースで最大の成果を生む


Velocity(速度)


政策決定と実行のスピードを最大化


⇒官僚制を撤廃し、即断即決の政府へ


Output(アウトプット)


政府の成果を最大化し、効率的な社会を構築


⇒コスト最小・成果最大のスマートガバメントを実現


マスク氏が「政府も1つのプロダクト」であると考えているのは間違いないといえる。そうだとするとマスク氏は「政府そのものの生産性」の最大化を企図しているだろう。


■政府の常識を「非常識」にアップデート


そのためにマスク氏は、政府のプロセスをフルオートメーション化して、官僚を介さず、AIが最適な政策をリアルタイムで決定することや、行政のオープンAPI化(SaaS型政府)、官僚機構をスリム化して政府を効率最優先のリーン(無駄のない)組織に最適化することなどを目指していくはずだ。政府を「意思決定の塊」ではなく、「最適化され続けるプロダクト」に変えることが、マスク氏の最終目標となるだろう。


テスラでもスペースXでも、業界の常識をリストアップして、それを非常識だとしてアップデートしてきたのがイーロン・マスク氏である。


そのマスク氏からすれば、政府の運営は遅く非効率であると考えてもおかしくはない。政府は税金で運営されるべきということも、もしかしたら非常識だろうと思っているかもしれない。政府の意思決定は政治家や官僚が行うのも、政府が規制を増やして市民を管理することも。今までの常識に対して「非常識だ」とアップデートしてくるのではないか。


■■共和党支持者の評価が93%、民主党支持者は4%


アメリカの調査会社「ギャラップ」は、2月3日から16日にかけて、アメリカ全土で18歳以上の1000人以上を対象に世論調査を行った。それによると、トランプ大統領を「支持する」と答えた人は45%、「支持しない」と答えた人は51%だった。


支持政党別にみると、トランプ大統領の仕事ぶりを評価したのは、共和党支持者が93%だったのに対して、民主党支持者は4%で、大きな差が出ている。この構図は、マスク氏が率いるDOGEに対する賛否が分かれている状況と一致する。


日本の報道ではトランプ政権の過激な側面が強調されがちだが、大統領選挙でトランプ氏を支持した共和党支持者からすると、選挙での公約を果たしているだけにすぎない。そしてマスク氏は、政府機関を率いていても、これまでの「イーロンウェイ」を実践しているという点で一貫している。


2月11日、米ホワイトハウスの大統領執務室で話すトランプ大統領(右)とイーロン・マスク氏(画像=The White House/Images with extracted images/Wikimedia Commons

マスク流の改革は、マクロ的にアメリカ全体に対しては中長期的に大きなメリットをもたらす可能性がある。一方で、ミクロ的にはアメリカ国民の2割前後には短期的に犠牲を強いる可能性も否定できないだろう。今後、DOGEがある程度の成果を出せば、世界各国が「マスク流」の行政デジタル化に注目し、日本でも同様の議論が加速するかもしれない。世界最大の経済大国アメリカが打ち出した「政府効率化」という未曽有の実験をメリットとデメリット両面から注意深く見ていく必要がある。


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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=野上勇人)

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