だから資生堂は「108億円の大赤字」に転落した…中国市場に注力している間に失った「本当に大切な顧客」
2025年2月26日(水)11時45分 プレジデント社
写真提供=共同通信社
記者会見する資生堂の藤原憲太郎社長最高執行責任者(COO)=2024年11月29日午後、東京都中央区 - 写真提供=共同通信社
■「108億円の最終赤字」という衝撃
資生堂が2025年2月に発表した2024年12月期連結の最終損益は、108億円の最終赤字となりました。4年ぶりに赤字を計上した主要因は、2021年に売却したベアミネラルなど化粧品3ブランドの売却対価が回収不能になる可能性が生じたことから、引当金128億円を計上したことにあります。
決算説明のために開かれた記者会見で、藤原憲太郎社長兼最高経営責任者(CEO)は、「(引当金計上に伴う損失は)一過性の要因であり、現金支出を伴わない。引き続き全額回収に注力する」として、営業不振や財務圧迫などの特別な要因が存在するわけではないことが強調されました。
前期の最終損益が217億円の黒字であったことから、引当金計上がなければ、今期は20億円の黒字ということになり、利益は前期の10分の1の水準に落ちたことになります。今期の売上高は9905億円で前期比1.8%増であったことから、収益力が弱まった点は否めません。
■「今年は厳しい決断をする」と強調するが…
藤原社長は、この点を十分認識しており、利益確保のためにはコスト削減が急務であり、「2025年は構造改革の対象をグローバルに拡大する。厳しい決断をする。必ず完遂することを約束する」と力説しています。
具体的には、減収が止まらない中国や日本での構造改革を含むグローバル全体でコスト圧縮に踏み込む予定で、そのための費用として2025年12月期には230億円を計上する方針です。
グローバルレベルで推進する構造改革の対象は、人員削減、不採算店舗の閉鎖、不採算ブランドの削減といった経営資源だけにとどまらず、工場の自動化や業務効率化といったオペレーション面での生産性向上も含まれており、2年後の2026年12月期には、対前期比で250億円削減できると見込んでいます。
資生堂が今回掲げたグローバルレベルで進める構造改革は、藤原社長が力説するように、完遂することは可能なのでしょうか。
■「ピープルファースト」を掲げた魚谷前社長の経営
藤原社長の前任の魚谷雅彦代表取締役社長CEOは、2014年から2024年までの在職期間中にさまざまな取り組みを遂行してきました。就任後“PEOPLE FIRST(ピープルファースト)”を掲げ、資生堂の事業は「人」がすべてであり、社員を示すピープルを中心に経営する意向を示しています。
ピープルファーストとは、ステークホルダーの真ん中にピープル(社員)がいて、その横に株主と社会が存在することから、社員に活力があってこそ、ステークホルダーの利益につながるとの考えを意味し、この考えがグローバル全体に浸透していくことになります。
魚谷前社長は、『ハーバードビジネスレビュー2022年5月号』のインタビューにおいて、「社員は、会社の掲げるパーパスや経営ビジョンに共感することで、モチベーションが上がります。意欲を高く持ち続けて現場で頑張ることが、イノベーションにつながります。より魅力的な商品やサービスが生まれれば、お客様にも喜んでいただける。その結果として、売上げや利益が伸びていく。そうして、パートナーやサプライヤー、株主などのステークホルダーに還元されるのです」と述べ、ピープルファーストが利益創出のための“正のスパイラル”を生み出すことを示唆しています。
■雇用を投資と捉えて従業員数が大幅増加
資生堂にとって顧客に最も近い存在は、百貨店や専門店などで直接化粧品の提案をする「パーソナルビューティーパートナー(PBP)」と呼ばれる社員で、日本では約9000人、全世界では約2万人が働いています。
このPBPが企業理念に共感しているからこそ、資生堂のブランド価値を顧客に伝えることができ感じてもらえることから、魚谷前社長は、契約社員だったPBPの正社員化を積極的に推進することになります。
実際、2014年3月の従業員数は3万3054人でしたが、2019年12月には4万人に増えています。その一方で、臨時従業員数は、2014年3月の1万3408人から2019年12月には8130人に減少しています。
当然ながら、正社員化はコスト上昇を招き利益圧縮につながることから、一般的には慎重になりがちですが、魚谷前社長は、雇用をコストではなく投資と捉え、会社の価値観を理解した社員を中心にすえることこそが、顧客が心から喜んでもらえる価値を提供することにつながるとして、正社員化を貫き通すことになります。
画像=プレスリリースより
2025年1月21日に発売された、資生堂のグローバルラグジュアリーブランド「クレ・ド・ポー ボーテ」の「ラ・クレーム」限定サイズ・限定パッケージは「中米文化芸術大使」の李佩卿とのコラボで中国の上絵付技法“琺瑯彩”に着想を受けたパッケージデザインとなっている - 画像=プレスリリースより
■コロナ禍で正社員化にブレーキ
しかしながら、2020年以降はコロナ禍が経営に大きく影響したことから、正社員化は2019年12月をピークに反転することになり、2023年12月の従業員数は3万540人とおおむね2014年3月の数にまで減少しています。
2024年には、日本国内で約1500人の早期退職を募集したことから、この数はさらに減少し、事業構造の見直しによるスリム化がよりいっそう図られることになります。魚谷前社長は、コロナ禍でインバウンド需要が激減して、何が重要なのかを見つめ直す機会になったと構造改革の必要性に言及しています。
こうした状況から、すでに資生堂は特に人員削減の面でコスト圧縮が進んでいることから、今回掲げる構造改革をグローバルレベルでさらに推し進めるのは、極めて難しいことがうかがえます。
写真=iStock.com/VTT Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VTT Studio
■資生堂の「選択と集中」という誤算
資生堂の収益力を高めるためには、構造改革による利益率の向上を図るだけでなく、2030年までの成長戦略を明確に示して売上高向上に注力することも必要です。
従来、資生堂は、低・中・高価格帯のすべての領域で化粧品ブランドを展開する戦略を採っていましたが、魚谷前社長が掲げる構造改革の下で、2021年にヘアケア「TSUBAKI」やメンズ化粧品「uno」といった有名ブランドを投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズが出資するOriental Beauty Holding(OBH社)へ1600億円で売却して、中・高価格帯スキンケアブランドに選択と集中の舵を切りました。
売却した2つのブランドを含むパーソナルケア事業(日用品事業)は、2019年度は売上高が1055億円に達し、グループ売上高の約1割を占めていたことから、資生堂の業績を下支えしてきました。
しかも、中・高価格帯のスキンケアは粗利率は高いものの、百貨店美容部員の人件費など固定費が重くなる傾向にありますが、低価格帯の化粧品や日用品は粗利率が低くても、ドラッグストアなどへの卸販売が主な販路となることから、販管費が抑えられるというメリットがあります。
■競合の参入を許した“イノベーターのジレンマ”
日本の化粧品市場は、低価格帯のマス化粧品が7割を占めていることから、今後もドラッグストアは重要な販売チャネルと位置づけられます。それゆえ、資生堂にとって、中・高価格帯だけで日本市場でのプレゼンスを維持するのは極めて困難であると言えます。
実際、資生堂が中・高価格帯への選択と集中に至ったことから、低価格帯のセルフ化粧品が市場に次々と投入され売り上げを伸ばすことになりました。特に、ロート製薬が投入したメラノCCの売り上げは好調で、2023年3月期の売り上げは約116億円に達し前年比67%増を記録しています。
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse
資生堂が低価格帯を切り捨てたことで、ロート製薬や花王などがローエンド市場から参入しやすくなるという構図を作り出したことは、大企業が陥る“イノベーターのジレンマ”に当てはまります。よって、将来的に中・高価格帯市場での競合の浸食や資生堂の顧客流出を招くことが懸念されます。
しかし、資生堂は、こうした状況や主力の中国事業が頭打ちになってきたことを背景にして、さらに、中・高価格帯への選択と集中を高めていくことになります。それが、2023年12月に4億5000万ドル(約640億円)を投じて手に入れたドクターデニスグロススキンケア(DDG)ホールディングスの買収です。
■全方位戦略への回帰も選択肢に
DDGは、皮膚科医の創業者が立ち上げたブランドで、古い角質や汚れを落とす技術に強みがあるため、高価格帯の化粧品ブランドとして、米国市場の開拓が見込めるとの思惑で買収に至っています。
概して企業はスケールアウトして大企業の仲間入りを果たすと、ハイエンドのコア事業に経営資源を集中させるようになります。健全な経営をしながらも、ローエンド市場から競合が市場に参入し、やがてハイエンド市場でも通用するような製品が作り出されると、品質や機能に大きな差がないことから価格の低い競合の製品が買われるようになり、大企業はいつしか顧客を奪われることになります。
資生堂が、低・中・高価格帯市場へと原点回帰して、低価格帯市場の日用品事業でも売れる商品を新たに開発し全方位で収益力を高め、このイノベーターのジレンマを断ち切ることも、ひとつの方向性であると言えます。今後は、そうした収益力を高めるための成長戦略を早い段階で示すことが求められることになるでしょう。
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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)
淑徳大学経営学部教授
淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。
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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)
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