「転職で年収アップ」を鵜呑みにしてはいけない…「引越し感覚」で会社を転々とする若者への"重大な警告"

2024年12月8日(日)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

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転職に対する価値観が大きく変化している。『月刊人材ビジネス』を発行するオービーエヌ社長の水野臣介さんは「転職をポジティブに考えている若者の中には、安易に転職を重ねて結果的にキャリアを積み上げられないケースがある。SNSやネット上に溢れている転職成功者のストーリーを鵜呑みにしてはいけない」という――。

※本稿は、水野臣介『人材ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。


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■かつては「辞めさせない人事」が主流


入社後3年以内に離職する大卒者の割合は、過去20年間、概ね3割前後で推移しています。先に結論を言ってしまうと、これは日本経済が失速して、会社と社員の関係、仕事と個人の関係が変わってしまったことに由来します。


1980年代、まだ日本の景気が良かったころは、求人が多く、企業の採用基準が引き下げられていました。


企業にはまだ体力があり、「やる気」さえあれば会社が面倒をみてくれた時代です。社員数が売上に直結していたため、多くの学生を採用し、「辞めさせない人事」が主流でした。当然、離職率も低下します。


反対に不景気には求人が減り、採用基準は引き上げられました。学生は、不本意ながら志望に合わない企業に入社する「不本意就職」をせざるをえなくなり、離職率が上がりました。


■終身雇用制度が崩壊し、成果主義へ


1990年代、とうとうバブルが崩壊し、製造業の就業者数が激減しました。その一方でサービス業への就業者数が増加。製造業では、終身雇用が色濃く残ります。


長期的視点で人材育成をしており、福利厚生も手厚いため、離職率は低い傾向でした。反対に飲食業界などのサービス業は早期離職率が高く、どんどん採用しなければ間に合わなかったため、積極採用を続けたのです。


そして2000年代に入り、終身雇用や年功序列と呼ばれる日本の雇用制度が崩壊し始めます。このころから成果主義が注目されるようになったのです。


こうして、システマチックな人事制度に基づいて右肩上がりで昇給する将来は来なくなりました。この現実を目の当たりにし、「こんな会社、辞めてやる!」と若者の早期退職に拍車がかかります。


■若手社員の去就は上司・先輩で決まる


会社に人生を預けることができなくなった就活生は、「自分の人生=仕事=キャリア」は自分で設計しなければいけないと考えるようになりました。そして「働きがい」を重視した就職活動を始めます。


キャリアに対する意識が高い学生ほど、会社に固執せず、スキルを身に付けたいと考える傾向にありました。


思っていた仕事ではないからと、安易にダイレクトリクルーティングで転職してしまい、結果的にキャリアが積みあがらなかった話も多く聞きます。


入社3年目の若手は、ダイレクトリクルーティングを活用して転職すれば、自分に合わない会社でこの先何十年とくすぶった時間を過ごさずに済むかもしれません。企業もミスマッチングな社員を何十年も抱えずに済みます。


しかし、「入社3年で3割離職」は、直属の上司や先輩がきちんと向き合うかどうかで決まると思います。若手社員にとって、働きがいの要素を占めるのは「上司・先輩が自分の仕事を認めてくれるか」「所属チームの一員として頑張れているか」「仕事の仲間がいるか」だからです。


木を見ても森を見ることができない入社3年生の「目」となり、森の景色やその素晴らしさを教えることが、上司や先輩の仕事です。そういった人材が会社にどれだけいるかがこの課題を乗り越えるポイントではないでしょうか。


■転職潜在層を狙い撃ちする新たな手法


ダイレクトリクルーティングの登場によって、転職市場は大きく成長しました。


ダイレクトリクルーティングとは、企業が求人広告を出すのではなく、求職者に直接アプローチする手法です。例えばLinkedInやSNSを利用して、求職者のプロフィールを見て直接連絡を取ります。


従来の求人手段は、求人広告やメディア等に求人内容を掲載し、求職者からの応募を待つスタイルでした。近年は、労働人口の減少や売り手市場が続いたことで、転職潜在層に対しても積極的なアプローチをするようになったのです。


■優秀な人材は待つだけで声がかかる仕組み


求人企業はダイレクトリクルーティングを使い、積極的に人材を探し出してアプローチします。


適性の高い人材が見つけやすくなり、迅速な採用が可能になることが利点です。そしてこの手法は、転職だけでなく新卒採用にも拡大しました。その一方、プライバシーに関する懸念や求職者が望んでいないタイミングでの連絡が問題となるケースもあり、利用する企業側には十分な注意が必要です。


転職市場の7割が、転職に対して関心を持ちながらも実際には転職活動をしていない「転職潜在層」です。企業から来たスカウトメールを見て考え直し、転職に至ったという話もよく聞きます。転職活動中の顕在層だけでなく、潜在層にまでアプローチを広げたい企業にとって、ダイレクトリクルーティングはもってこいの手法なのです。


これが普及することは、若年層にどう影響するのでしょうか。


求人誌の中から行きたい転職先を決め、自ら書類を送付し「仕事を獲得しに行く」かつてのプロセスは、まさに「ジョブハンティング」でした。今ではプラットフォームに自分のキャリア情報をアップしておき、興味を示した企業からのアプローチを待つことが主要な転職プロセスになりました。


写真=iStock.com/Kenishirotie
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■若手社員は3年どころか「秒」で決断する


結婚に置き換えるなら、プロポーズをする側がされる側に変わったイメージです。買い手市場から売り手市場になったことが大きな要因のひとつと言えます。


転職をポジティブに捉えている20代は増加傾向にあります。入社3年の第2新卒をはじめ、キャリアの初期段階で他の会社で働く選択肢を持つことが手軽になりました。


20代のミドルパフォーマーからハイパフォーマーは、自己のキャリアパスを広げる機会になるとわかれば、躊躇なくスカウトメールを開封します。


こうして彼らのキャリアに対する悩みを見落とした会社や見過ごした会社は、貴重な若き人材を他社に流出させていくのです。「石の上にも3年」どころか、1秒でも過ぎれば隣の石に行ってしまう時代です。


ダイレクトリクルーティングは、利用企業にとっても、キャリアに積極的な若者にとっても、非常に強力な武器となりえます。異なる文化やライフスタイルを体験するように、引越し感覚で転職ができるようになったのです。


■「転職すれば幸せになれる」という幻想


「あなたのキャリアを正しく評価してくれる会社があります」「プロのエージェントがあなたの未来をサポートします」――耳触りの良いキャッチフレーズのCMが、毎日流れてきます。


「転職すれば幸せになれる」という考えは、はっきり言って錯覚です。


確かにキャリアアップして新しい職場でのリスタートに期待を抱くことは自然なことです。しかし、転職が必ずしも幸せにつながるわけではないという現実を知っておくことが重要です。


まず、転職のポジティブな側面について考えてみましょう。


転職は、新しいスキルを身に付けたり、これまで経験したことのない業務に挑戦したりする機会を提供してくれます。また、より良い職場環境を求めて転職することでストレスが軽減され、仕事と日常生活のバランスの取れた健康的な働き方を取り戻すことができます。


現在の職場が長時間労働やストレスフルな人間関係に追い込まれている場合、転職はひとつの解決策となりえます。


■失敗したケースはほとんど表に出てこない


一方で、転職によってすべての問題が解決されるわけではないことには注意を払う必要があります。


まず、転職をする動機が「なんとなく今の職場がつまらないから」「友人が転職して楽しそうだから」といった曖昧なままでは、たとえ転職できたとしても、その後もあいまいな動機で転職を繰り返す可能性が高くなります。


職場の人間関係が原因で転職しても、転職後の職場でも似たような人間関係の悩みに直面するというのはよくあることです。また、仕事に対する価値観や働き方に一貫性がない場合、次の職場でも満足感を得るのは難しいでしょう。


「転職すれば幸せになれる」という幻想を抱いてしまう背景には、現代社会の情報過多が一因として挙げられます。


SNSやインターネット上には、転職成功者のストーリーが溢れかえっています。彼らは転職をきっかけに年収が大幅に増え、キャリアも順調に進んでいるように映ります。しかし、これらの成功事例はコマーシャルであり、良い部分だけが切り取られていて、実際にあった転職後の苦労については語られていません。これは当たり前の話です。


しかし、今の仕事がうまく行かず精神的に不安定な時は、どうしても他人の芝生は青く見え、自分自身が進むべき道を見失って安易に転職してしまうリスクがあるのです。


■「ジョブホッパー」という末路が待っている


さらに、転職後も新しい職場に適応するためには、多大なエネルギーと時間が必要です。



水野臣介『人材ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)

新しい人間関係を築き、企業文化を理解し、仕事の進め方に慣れるまでには、場合によっては数カ月から1年以上かかることもあります。この過程で、予想していた以上のストレスを感じることもあり、逆に不満が増す場合もあるのです。


転職によって得られる幸せは一時的であることが少なくありません。


最初は新しい環境に対して興奮や期待感が高まるものの、しばらくするとそれらは薄れ、再び日常の業務に追われるようになります。このサイクルが繰り返される中で、「転職さえすれば幸せになれる」という錯覚は崩れます。


高度な技術を有する技術者やアナリストなどの中には、戦略的に短期間で転職を繰り返すことでキャリアアップをする人たちもいます。しかし、安易な転職を重ねるだけでは悪い意味の「ジョブホッパー」になってしまいます。


写真=iStock.com/claudenakagawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/claudenakagawa

「石の上にも3年」という言葉は、約2000年前のインドの修行方法に由来したものとされています。いつの時代も「辛いことでもあきらめずに続ければ成果が得られる」という本質を忘れてはいけません。


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水野 臣介(みずの・しんすけ)
株式会社オーピーエヌ代表取締役社長
人材派遣会社での勤務を経て業界専門誌『月刊人材ビジネス』発刊の前身となる出版社の株式会社オピニオンに入社。20年以上にわたり人材ビジネス業界の変遷をウォッチし続ける。2018年に『月刊人材ビジネス』を継承し株式会社オーピーエヌを設立、代表取締役社長に就任。現在は人材ビジネス業界向けに幅広い活動を展開している。
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(株式会社オーピーエヌ代表取締役社長 水野 臣介)

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