ヤマハ開発部部長が明かす苦闘の2018年MotoGP、転機はタイGP/スペシャルインタビュー
2018年MotoGP第17戦オーストラリアGPで、マーベリック・ビニャーレスが優勝した。ヤマハが表彰台の頂点に立ったのは、2017年第8戦オランダGP以来、実に26戦ぶりのことだ。だがその勝利を『復活の狼煙』と呼べるほど、ヤマハの状況は好転したわけではない。結局ヤマハは残り2戦で勝ち星を挙げられず、1勝で2018年シーズンを終えた。長く続く苦戦の要因は何か。ヤマハMS開発部部長の辻幸一氏に聞いた。
ヤマハのGPマシンは歴代、ブレーキングからターンにかけて、つまりコーナリングの序盤を強みとしてきた。だが、少なくともここ2シーズン、ヤマハYZR-M1は本来の強みをうまく発揮できずにいる。2016年までさかのぼりながら辻氏が解説する。
「2016年は、レース序盤でトップを走っていても、終盤までリヤタイヤのグリップが保たずにポジションを落とす、というパターンが多かったんです。そこで、ミシュランタイヤの理解度を高めながら、いかに最後までリヤタイヤを保たせるかを考えた。そのひとつの解決策が、2017年のマシンでした」
「2017年は、開幕前のテストからビニャーレスの調子が良かった。リヤグリップも保つようになった。ところがいざシーズンが始まると、グリップダウンが始まったときの落ち込み度合いが激しい、という問題に突き当たったんです。そのことで、我々が本来得意としてきたブレーキングでは止まれず、ターンではマシンを充分に寝かせられなくなった。さらに、ウエットコンディションまでうまく走れなくなったんです」
ビニャーレスも、チームメイトのバレンティーノ・ロッシも、マシンに対して確信を持てず、思い切った走りができなくなっていた。2017年はビニャーレスが3勝を含む7度表彰台に立ち、ロッシが1勝を含む6度表彰台に立ちはしたが、ついに満足できるマシンの仕上がりは得られず、最終戦に及んで2016年型を持ち込む、という事態まで発生した。
そういった苦い2017年シーズンを踏まえた2018年シーズンだったが、ヤマハにとって再び厳しいものとなった。2018年型YZR-M1は、タイヤをしっかりと使い込める方向で開発し、その目標は概ね達成したものの、また違った問題が見つかった。
路面コンディションを含めた外的な要素はほぼ変わっていないのに、走行初日と2日目ではまるで別のマシンのようにフィーリングが変わってしまう、といったことが起こるのだ。
「少し敏感なマシンになっていた、と言えるかもしれません」と辻氏。共通ECU、ミシュランのワンメイクタイヤが導入されて以降のMotoGPマシンは、ほんのわずかな差がわずかなタイム差を生み、それが大きくリザルトに跳ね返ってくる。辻氏の言う「少し敏感」も極めて微妙な話ではあるのだが、走りにはダイレクトに表れてしまう。
■光明見えたタイGPからつながったオーストラリアGPの勝利
2018年シーズン序盤、第1戦カタールGPではロッシが、第3戦アメリカズGPではビニャーレスが表彰台に立った。さらに第5戦から第9戦までは、ロッシとビニャーレスのいずれか、または両ライダーが連続して表彰台の一角を担った。だが、ライバルに脅威を与えるほどの力強さはなかった。シーズン中盤から終盤にかけて、ロッシは9戦連続で表彰台を逃している。
ロッシは極めて繊細なセンサーの持ち主で、マシンの状況を的確に判断できる。その反面、マシンのセットアップが自分好みに決まらないと、成績に悪影響が及びやすい。
ただし、9回も世界タイトルを獲ったライダーだ。王座に就くために、安定してポイントを重ねることがいかに重要かを熟知している。その彼をして第10戦以降は表彰台に立てなかったことが、2018年型YZR-M1のシビアさを浮き彫りにする。
ビニャーレスは、もう少し大らかだ。多少マシンが好みに合わなくても、23歳という若さならではの勢いもあって、自分でどうにかしてしまう。そして若さゆえに、心の動きが直接ライディングを左右する面もある。
ヤマハは第15戦タイGPで、YZR-M1にそれまでとは方向性の異なる仕様変更を施した。これが功を奏し、予選はロッシ2番手、ビニャーレス4番手。決勝はロッシ4位、ビニャーレスは3位表彰台と、そろって好成績を得た。だが、続く第16戦日本GPのビニャーレスは、同じ仕様にも関わらず予選、決勝とも7位に沈む。
落ち込み、悩むビニャーレスに、辻氏は「セッティングを変えずに、(自信を持って)ひたすら走ってほしい」と声をかけた。その効果もあってか、ビニャーレスは第17戦オーストラリアGPでは独走優勝を果たすのだ。
「ロッシとビニャーレス、キャラクターの異なるライダーを擁することは、非常に有益です。我々は、ふたりのどちらにも99%のマシンを提供する義務があると考えているからです」と辻氏。そうやって双方のリクエストを満たすマシンを造り込むことで、結果的にオールマイティな強いマシンに仕上げていく、という考え方だ。
2019年型の仕様は、現時点では明確には決まっていない。「さまざまなトライをする」と辻氏は言うが、そのねらいは「より高精度な99%」だ。
「残り1%、勝つか負けるかという最後の1%は、ライダーの頑張りなんですけどね」と辻氏は笑った。マシンを徹底的に造り込む一方で、あと1%のひと押しをしてもらうべくライダーを盛り上げる。2019年シーズンのヤマハが試されるのは、チームとしての総合力である。
2018年型ヤマハYZR-M1スタジオショットフォトギャラリー(バレンティーノ・ロッシ車)
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