タイの熱狂を日本へ…“タイ・ダービー”で成功した清水のアジア戦略
サッカーキング2020年8月26日(水)19時0分
サッカーを架け橋に、日本とタイの絆をより強く――。今シーズン、タイリーグのムアントン・ユナイテッドからタイ代表FWティーラシン・デーンダーを獲得した清水エスパルスが、同国に向けたプロモーション企画を実施した。
対象となったのは、明治安田生命J1リーグ第9節の北海道コンサドーレ札幌戦と、第11節の横浜F・マリノス戦。札幌はチャナティップとカウィン、横浜FMはティーラトンといずれもタイ代表選手を擁するチームとの“タイ・ダービー”だ。
清水がタイとの交流を始めたのは7年前の2013年に遡る。BECテロ・サーサナ(現ポリス・テロFC)と業務提携を締結し、 以降、ユース年代選手の練習を受け入れるなど、主に育成分野で関係を築いてきた。2017年からはタイで児童養護施設に入居している子どもたちを対象としたサッカークリニックを実施したり、タイで事業展開するスポンサー企業を対象にビジネス交流会を行うなど、活動の幅を徐々に拡大。そして今シーズン、現役代表選手の加入を契機に、プロモーション活動に拍車がかかった。
コロナ禍で混乱を極めた今シーズンだが、7月上旬より公式戦が再開されると、Jリーグ、札幌、横浜FMと共同で8月のホームゲームに向け、急ピッチで準備を開始した。限られた時間で各クラブが様々な案を出し合ったなか、清水が真っ先に提案したのが、タイバージョンの『リモート応援システム』導入だ。株式会社エスパルス 営業本部 法人営業部 ビジネスサブリーダーの森宇宙さんによると、実は、“タイ・ダービー”と銘打ったプロモーション企画が動き出す以前から構想があったという。
「コロナ禍で『リモート応援システム』導入に向けた話し合いを進めていた時から、開発元のヤマハ株式会社さんには、『いつかはタイやブラジルなど、クラブに所属する選手の母国とつなぎたい』と伝えていました。そこへJリーグから“タイ・ダービー”に向けたプロモーションの話があり、準備期間は短かったですが、できるならやってみよう、と」
ヤマハの協力を得たほか、念のためサポーター代表としてコールリーダーの同意も得たうえで、リモート応援システムの画面上に日本語とタイ語を併記した。そしてタイ版のクラブ公式Facebookで告知、案内をしたところ、札幌戦では約1500、横浜FM戦では約150名のアクセスがあったという。森さんは「初めてで使い勝手が分からないところもあったと思いますが、我々の活動としてインパクトはあったはず。少しでもJリーグを楽しんでいただくきっかけになったんじゃないか」と手応えを口にした。
今後、新型コロナの猛威が終息し、スタジアムの観客動員が戻ったとしても、会場での“生の応援”とリモート応援システムの併用を検討しているという。
「コロナ禍で導入されたリモート応援システムですが、もともとは病院に入院していたり、遠方にお住まいでなかなかスタジアムに来場できない方などを対象に開発されたものとお聞きしています。ただ、スタジアムで声を出しての応援ができるようになった時、リモート応援の音がスタンドからのリアルな声援を邪魔してしまう可能性があります。そこはサポーターの方々の意見もお聞きしながら、ベストなやり方を模索するしかない。スタジアムでの応援とリモート応援、両方の良さを活かした体制を組めれば、タイとのつながりを強くする手段の一つになると考えています」
もう一つ、“タイ・ダービー”の目玉企画として実施したのが、選手名がタイ語で表記された特別ユニフォームの着用だ。シーズン当初には予定していなかった企画であるため、GKユニフォームなどすでに一般販売分を含めて在庫がないものに関しては、既存のユニフォームの英語表記のプリントを一度剥がしてタイ語に加工し直し、該当試合終了後に再び英語表記に戻すという段取りをつけた。
手間をかけた甲斐があり、タイの地上波TVで生中継された札幌戦の直後には、タイ語版のユニフォームを求める声がクラブの公式SNSに殺到。一般販売を急きょ決定し、18日よりクラブオンラインショップでの購入受付を開始した。これは主に在日タイ人が顧客ターゲットで、今後は「オンラインショップを海外発送に対応させ、現地のファンにも届けること」が課題だという。
また、両ゴール裏に設置されたLED看板も活用した。札幌戦では清水に所属する全選手の、横浜FM戦ではタイのサッカーファンの顔写真と名前をタイ語で映し出した。タイのサッカーファンとは、Jリーグ主導で行った清水のタイ語版ユニフォームプレゼント企画に応募した人々で、応募とともに清水への激励メッセージが多数寄せられたという。
ユニフォームもLED看板も、「万一、誤りがあってはいけない」とクラブスタッフ陣でタイ語表記のチェックを徹底的に行った。「カツカツのスケジュールで準備していたので、試合に間に合うかどうか心配でした(苦笑)」と裏話を明かした森さんは、企画の準備をとおして新たな気づきがあったそうだ。
「ネームのチェックするにあたって、タイ語の文字や法則について調べたりしながら、個人的にタイ自体に興味を持つきっかけになりました。タイではTwitterやInstagramと比べ、Facebookが圧倒的に普及しているというのも、文化の違いとして面白いなと思います。今回のタイ向けプロモーションをきっかけに、エスパルスサポーターの皆さんにもタイに興味を持っていただけたらうれしいです」
今回はホーム開催となった清水が様々な企画を用意したが、今後控えるアウェイでの対戦時には、札幌や横浜FMと共同での取り組みも議論に上がっているという。また、今後はファンづくりやプロモーションだけにとどまらず、スポンサー企業と連携したタイでの社会貢献活動を増やしたり、現地企業との関係を築くことなども視野に入れている。これまで何度も現地に足を運んできた森さんは、タイが秘める大きな魅力と可能性を感じ取っている。
「我々は2013年からタイと連携した活動を行ってきましたが、やはり現役代表選手が持つ影響力は計り知れないもので、ティーラシン選手の加入によってエスパルスに対して好意的な声が非常に多く届くようになりました。また、タイは親日家の人が多いという国民性もあって、我々が現地に行った際にはとても丁寧に、親切に対応してくださいます。近年、タイのサッカー熱はものすごく高まっており、タイとのつながりを強化していくことで、新規ファン獲得やビジネス面において、まだまだクラブが発展する余地は大いにあると思います」
ティーラシンは札幌戦、横浜FM戦ともに試合終盤からの出場となったが、札幌戦では90+3分に落ち着いたポストプレーでカルリーニョス・ジュニオのダメ押し弾を演出し、3-1の勝利に貢献。横浜FMには3-4で敗れたものの、セットプレーの流れから左ポストを直撃するヘディングシュートを放ち、跳ね返りを押し込んだ金井貢史の得点を生んだ。クラブのアジア戦略という側面だけでなく、いちプレーヤーとしてもJリーグの舞台で存在感を発揮している。
「タイのサッカー、選手たちのレベルは確実に高くなってきていて、日本でいう、中田英寿さんがヨーロッパに渡った頃のような盛り上がり、当時の日本がヨーロッパに向けていた視線と似たような視線が今、タイから日本に向けられているように感じます」(森さん)
かつては日本人選手がヨーロッパへの道を切り拓いていったように、タイのサッカー界はJリーグを経て大きな飛躍を遂げようとしている。現地で沸き起こる熱狂の渦は、アジアサッカーの成長、そしてJクラブが発展するカギを握っている。
対象となったのは、明治安田生命J1リーグ第9節の北海道コンサドーレ札幌戦と、第11節の横浜F・マリノス戦。札幌はチャナティップとカウィン、横浜FMはティーラトンといずれもタイ代表選手を擁するチームとの“タイ・ダービー”だ。
清水がタイとの交流を始めたのは7年前の2013年に遡る。BECテロ・サーサナ(現ポリス・テロFC)と業務提携を締結し、 以降、ユース年代選手の練習を受け入れるなど、主に育成分野で関係を築いてきた。2017年からはタイで児童養護施設に入居している子どもたちを対象としたサッカークリニックを実施したり、タイで事業展開するスポンサー企業を対象にビジネス交流会を行うなど、活動の幅を徐々に拡大。そして今シーズン、現役代表選手の加入を契機に、プロモーション活動に拍車がかかった。
コロナ禍で混乱を極めた今シーズンだが、7月上旬より公式戦が再開されると、Jリーグ、札幌、横浜FMと共同で8月のホームゲームに向け、急ピッチで準備を開始した。限られた時間で各クラブが様々な案を出し合ったなか、清水が真っ先に提案したのが、タイバージョンの『リモート応援システム』導入だ。株式会社エスパルス 営業本部 法人営業部 ビジネスサブリーダーの森宇宙さんによると、実は、“タイ・ダービー”と銘打ったプロモーション企画が動き出す以前から構想があったという。
「コロナ禍で『リモート応援システム』導入に向けた話し合いを進めていた時から、開発元のヤマハ株式会社さんには、『いつかはタイやブラジルなど、クラブに所属する選手の母国とつなぎたい』と伝えていました。そこへJリーグから“タイ・ダービー”に向けたプロモーションの話があり、準備期間は短かったですが、できるならやってみよう、と」
ヤマハの協力を得たほか、念のためサポーター代表としてコールリーダーの同意も得たうえで、リモート応援システムの画面上に日本語とタイ語を併記した。そしてタイ版のクラブ公式Facebookで告知、案内をしたところ、札幌戦では約1500、横浜FM戦では約150名のアクセスがあったという。森さんは「初めてで使い勝手が分からないところもあったと思いますが、我々の活動としてインパクトはあったはず。少しでもJリーグを楽しんでいただくきっかけになったんじゃないか」と手応えを口にした。
今後、新型コロナの猛威が終息し、スタジアムの観客動員が戻ったとしても、会場での“生の応援”とリモート応援システムの併用を検討しているという。
「コロナ禍で導入されたリモート応援システムですが、もともとは病院に入院していたり、遠方にお住まいでなかなかスタジアムに来場できない方などを対象に開発されたものとお聞きしています。ただ、スタジアムで声を出しての応援ができるようになった時、リモート応援の音がスタンドからのリアルな声援を邪魔してしまう可能性があります。そこはサポーターの方々の意見もお聞きしながら、ベストなやり方を模索するしかない。スタジアムでの応援とリモート応援、両方の良さを活かした体制を組めれば、タイとのつながりを強くする手段の一つになると考えています」
もう一つ、“タイ・ダービー”の目玉企画として実施したのが、選手名がタイ語で表記された特別ユニフォームの着用だ。シーズン当初には予定していなかった企画であるため、GKユニフォームなどすでに一般販売分を含めて在庫がないものに関しては、既存のユニフォームの英語表記のプリントを一度剥がしてタイ語に加工し直し、該当試合終了後に再び英語表記に戻すという段取りをつけた。
手間をかけた甲斐があり、タイの地上波TVで生中継された札幌戦の直後には、タイ語版のユニフォームを求める声がクラブの公式SNSに殺到。一般販売を急きょ決定し、18日よりクラブオンラインショップでの購入受付を開始した。これは主に在日タイ人が顧客ターゲットで、今後は「オンラインショップを海外発送に対応させ、現地のファンにも届けること」が課題だという。
また、両ゴール裏に設置されたLED看板も活用した。札幌戦では清水に所属する全選手の、横浜FM戦ではタイのサッカーファンの顔写真と名前をタイ語で映し出した。タイのサッカーファンとは、Jリーグ主導で行った清水のタイ語版ユニフォームプレゼント企画に応募した人々で、応募とともに清水への激励メッセージが多数寄せられたという。
ユニフォームもLED看板も、「万一、誤りがあってはいけない」とクラブスタッフ陣でタイ語表記のチェックを徹底的に行った。「カツカツのスケジュールで準備していたので、試合に間に合うかどうか心配でした(苦笑)」と裏話を明かした森さんは、企画の準備をとおして新たな気づきがあったそうだ。
「ネームのチェックするにあたって、タイ語の文字や法則について調べたりしながら、個人的にタイ自体に興味を持つきっかけになりました。タイではTwitterやInstagramと比べ、Facebookが圧倒的に普及しているというのも、文化の違いとして面白いなと思います。今回のタイ向けプロモーションをきっかけに、エスパルスサポーターの皆さんにもタイに興味を持っていただけたらうれしいです」
今回はホーム開催となった清水が様々な企画を用意したが、今後控えるアウェイでの対戦時には、札幌や横浜FMと共同での取り組みも議論に上がっているという。また、今後はファンづくりやプロモーションだけにとどまらず、スポンサー企業と連携したタイでの社会貢献活動を増やしたり、現地企業との関係を築くことなども視野に入れている。これまで何度も現地に足を運んできた森さんは、タイが秘める大きな魅力と可能性を感じ取っている。
「我々は2013年からタイと連携した活動を行ってきましたが、やはり現役代表選手が持つ影響力は計り知れないもので、ティーラシン選手の加入によってエスパルスに対して好意的な声が非常に多く届くようになりました。また、タイは親日家の人が多いという国民性もあって、我々が現地に行った際にはとても丁寧に、親切に対応してくださいます。近年、タイのサッカー熱はものすごく高まっており、タイとのつながりを強化していくことで、新規ファン獲得やビジネス面において、まだまだクラブが発展する余地は大いにあると思います」
ティーラシンは札幌戦、横浜FM戦ともに試合終盤からの出場となったが、札幌戦では90+3分に落ち着いたポストプレーでカルリーニョス・ジュニオのダメ押し弾を演出し、3-1の勝利に貢献。横浜FMには3-4で敗れたものの、セットプレーの流れから左ポストを直撃するヘディングシュートを放ち、跳ね返りを押し込んだ金井貢史の得点を生んだ。クラブのアジア戦略という側面だけでなく、いちプレーヤーとしてもJリーグの舞台で存在感を発揮している。
「タイのサッカー、選手たちのレベルは確実に高くなってきていて、日本でいう、中田英寿さんがヨーロッパに渡った頃のような盛り上がり、当時の日本がヨーロッパに向けていた視線と似たような視線が今、タイから日本に向けられているように感じます」(森さん)
かつては日本人選手がヨーロッパへの道を切り拓いていったように、タイのサッカー界はJリーグを経て大きな飛躍を遂げようとしている。現地で沸き起こる熱狂の渦は、アジアサッカーの成長、そしてJクラブが発展するカギを握っている。
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