100年前の「なでしこ」の真実。彼女たちは、突如サッカーを奪われた
サッカーキング2018年9月9日(日)7時59分
写真提供:丸亀高校
■女子サッカーのメモリアルデーに、100年前のなでしこが蘇る
9月9日は日本の女子サッカーにとって特別な日だ。平成元年(1989年)のこの日、日本女子サッカーリーグ(現在のなでしこリーグ)が産声をあげた。女子初の全国リーグ。参加6チームは東京都の西が丘サッカー場で開会セレモニーに臨み、続いて読売ベレーザ対清水FCによる開幕戦が行われた。記念すべきリーグ第1号ゴールを記録したのは、現代表監督の高倉麻子(ベレーザ)だった。
そして今年、平成30年の9月9日、日本女子サッカーのルーツに関係するエンタメ作品がEテレ(NHK教育テレビ)でオンエアされる。
番組名は『青春舞台2018』。上映される作品タイトルは『フートボールの時間』(フットボールではなくフートボール。作品の舞台となる大正時代にはどちらの表記もあった)。この作品は香川県立丸亀高校の演劇部によるオリジナル作品で、文化部のインターハイといわれる全国高校総合文化祭の演劇部門で今年、全国約2,000校の頂点となる最優秀作品に選ばれた。
「丸亀」の文字を目にしてピンときた方は、きっと熱心な女子サッカーファンだろう。冒頭に掲載したセピア色の写真——これは大正時代に撮影された、丸亀高等女学校の運動会のスナップだ。この写真こそ、日本国内で最も古い女子サッカーのプレー写真であり、なでしこのルーツが100年前に存在していた歴史的な証拠でもある。
それから約100年。「大正のなでしこ」たちの青春が、舞台作品となって現代に蘇った。演じるのは丸亀高等女学校をルーツの一つとする丸亀高校の生徒たち。写真に映る女学生たちの後輩だ。
■日本女子サッカーのルーツ
『フートボールの時間』はフィクション作品でありながら、証拠として残る重要な史実にしっかり寄り添ってストーリーを紡いでいる。そこで、この文章を読みながら『フートボールの時間』という作品に興味を持った方や、女子サッカーの歴史に興味を持った方に向けて、大正のなでしこたちの「リアル」を貴重な証拠とともに紹介したい。
(1)丸亀高等女学校は、明治時代からサッカーを取り入れていた
丸亀高校記念館に保管された資料の中から、明治39年(1906年)の新聞記事が見つかった。記事は女学校の運動会のプログラム紹介。開会式に続く最初の種目に「フートボール 生徒有志」と記されている。
(2)冒頭のセピア色の写真の撮影年は、大正8年だった
写真が「発掘」されたのは2010年春のこと。「香川近代史研究会」という団体が、丸亀市の資料館で第1次世界大戦(1914~18年)前後の資料を調べていた。すると、大戦当時丸亀にあったドイツ人俘虜収容施設に関係する資料の中から見つかった。発見当初、撮影年は大正13年(1924年)とされていたが、その後の調べで大正8年(1919年)と訂正され現在に至る。
(3)女学生が当時の思い出を綴った手記が見つかった
歴代卒業生たちによる記念文集の中に、サッカーについて書かれた文章が下記2篇ある。いずれも大正時代に生徒だった方のもの。
「私フットボールがすきでいつも力一ぱい足でとばして居りましたので体が細いのに足ばかり大根足になりまして笑われました」
「弓道、テニス、フットボールは朝、始業前の遊びの様で学年の制限もなく(中略)上級生の中に非常に上手な方があって、その人のボールは人々の頭の上を飛んで敵のゴールの中に見事にはいります。それを味わうのがとても気持ちがよくて、毎朝一列車早い汽車に乗りました」
(『丸亀高等学校創立第80周年記念文集』より)
(4)大正9年10月、ボールがすべて廃棄された……
女学校の備品簿によれば、明治39年(1906年)に県からボールを1個購入。値段は4円。現在の8万円ほどの価値であった。その後は買い足し、買い替えを繰り返し、大正2年(1913年)には8個保有していることがわかる。そして大正9年(1920年)10月1日、当時あった8個すべてを廃棄したと記録されている。
(5)ボールを廃棄した年の運動会。最後のフットボール
大正9年(1920年)11月13日。ボールの全廃棄が決まってから約1カ月後の運動会でフットボールをプレーする写真が撮影された。これを最後に、この女学校におけるサッカーの記録は一切途絶える。
以上が丸亀「大正のなでしこ」の史実だ。
■演劇部OGが母校の顧問に。先輩たちの青春を、後輩たち現役部員とともに作品化
「なぜボールがいっぺんに破損し、捨てられたのか」
「なぜ捨てられたのに運動会で行われたのか」
これらは今もわかっていない。しかしこの時代、高等女学校は義務教育ではなく、ある程度裕福な家庭の(主に12~16歳の)お嬢さんが通う「良妻賢母教育」を旨とする学校であったことは確かだ。足でボールを蹴るフットボール(フートボール)なるものが「女性にふさわしくない」と世間から思われていたことは想像に難くない。
女性とスポーツの関係を裏付ける参考資料として、同時代に生きた女性アスリート人見絹枝(1928年アムステルダム五輪・陸上メダリスト)の自伝を引用する。やはり大正9年(1920年)、岡山高等女学校に入学しテニスに興じていた彼女は、祖母から次のように愚痴られるのである。
「お隣の元恵さんを見たらええ。お前のような者とちがってお茶やお花ですっかり綺麗になっている、ムキになってラケットとかいうものを振回して何になるんぞ」(『スパイクの跡』人見絹枝・著、1929年初版発行より)
丸亀高校演劇部OGで、2018年現在は同部の顧問を務める豊嶋了子(とよしま・のりこ)教諭は、自らの母校に起きた100年前の実話ミステリーをジェンダー論と結びつけ、『フートボールの時間』の脚本を執筆した。サッカーと出会った女学生たちの青春と、そこから一転「女性は女性らしく」という役割に縛られ苦悩する姿が、この作品を貫く。豊嶋教諭はちょうど1年前の初演時に、地元紙の取材に次のように答えている。
「当時、立場の弱かった女性が、時代にあらがうようにボールを追った心情に迫りたい」(2017年9月7日・朝日新聞デジタル)
どうしてサッカーを奪われなければならないのか。
どうして女は「自分」を生きてはいけないのか。
どうして私は、女に生まれてしまったのか。
そんな女学生の、魂の叫びが伝わってくる。
そしてエンディング。最後のセリフは100年という時を飛び越えて、現代の私たちへと強いメッセージを投げかけてくる。
創設30周年を迎えたなでしこリーグを、今後さらに盛り上げていくために私たちにできることは? また、東京オリンピック・パラリンピックを控え世界から注目される日本のスポーツ界および社会全体が、性差別やハラスメントを一掃するには、どうすればいいのか? 丸亀の史実と『フートボールの時間』を通して、そんなことも考えさせられた。
この物語は単なる昔話ではない。
100年後の「いま」を生きる、私たちの物語だ。
取材協力=香川県立丸亀高校・豊嶋了子教諭、馬場康弘元校長、鶴岡英作校長、同校演劇部員のみなさん
執筆者:江橋よしのり
2003年から女子サッカーを中心にスポーツを取材。FIFA女子プレーヤー・オブ・ザ・イヤー投票ジャーナリスト。主な著書に『世界一のあきらめない心』(小学館)『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』(講談社)、児童小説『猫ピッチャー』『イナズマイレブン』シリーズ(いずれも小学館)など。
9月9日は日本の女子サッカーにとって特別な日だ。平成元年(1989年)のこの日、日本女子サッカーリーグ(現在のなでしこリーグ)が産声をあげた。女子初の全国リーグ。参加6チームは東京都の西が丘サッカー場で開会セレモニーに臨み、続いて読売ベレーザ対清水FCによる開幕戦が行われた。記念すべきリーグ第1号ゴールを記録したのは、現代表監督の高倉麻子(ベレーザ)だった。
そして今年、平成30年の9月9日、日本女子サッカーのルーツに関係するエンタメ作品がEテレ(NHK教育テレビ)でオンエアされる。
番組名は『青春舞台2018』。上映される作品タイトルは『フートボールの時間』(フットボールではなくフートボール。作品の舞台となる大正時代にはどちらの表記もあった)。この作品は香川県立丸亀高校の演劇部によるオリジナル作品で、文化部のインターハイといわれる全国高校総合文化祭の演劇部門で今年、全国約2,000校の頂点となる最優秀作品に選ばれた。
「丸亀」の文字を目にしてピンときた方は、きっと熱心な女子サッカーファンだろう。冒頭に掲載したセピア色の写真——これは大正時代に撮影された、丸亀高等女学校の運動会のスナップだ。この写真こそ、日本国内で最も古い女子サッカーのプレー写真であり、なでしこのルーツが100年前に存在していた歴史的な証拠でもある。
それから約100年。「大正のなでしこ」たちの青春が、舞台作品となって現代に蘇った。演じるのは丸亀高等女学校をルーツの一つとする丸亀高校の生徒たち。写真に映る女学生たちの後輩だ。
■日本女子サッカーのルーツ
『フートボールの時間』はフィクション作品でありながら、証拠として残る重要な史実にしっかり寄り添ってストーリーを紡いでいる。そこで、この文章を読みながら『フートボールの時間』という作品に興味を持った方や、女子サッカーの歴史に興味を持った方に向けて、大正のなでしこたちの「リアル」を貴重な証拠とともに紹介したい。
(1)丸亀高等女学校は、明治時代からサッカーを取り入れていた
丸亀高校記念館に保管された資料の中から、明治39年(1906年)の新聞記事が見つかった。記事は女学校の運動会のプログラム紹介。開会式に続く最初の種目に「フートボール 生徒有志」と記されている。
(2)冒頭のセピア色の写真の撮影年は、大正8年だった
写真が「発掘」されたのは2010年春のこと。「香川近代史研究会」という団体が、丸亀市の資料館で第1次世界大戦(1914~18年)前後の資料を調べていた。すると、大戦当時丸亀にあったドイツ人俘虜収容施設に関係する資料の中から見つかった。発見当初、撮影年は大正13年(1924年)とされていたが、その後の調べで大正8年(1919年)と訂正され現在に至る。
(3)女学生が当時の思い出を綴った手記が見つかった
歴代卒業生たちによる記念文集の中に、サッカーについて書かれた文章が下記2篇ある。いずれも大正時代に生徒だった方のもの。
「私フットボールがすきでいつも力一ぱい足でとばして居りましたので体が細いのに足ばかり大根足になりまして笑われました」
「弓道、テニス、フットボールは朝、始業前の遊びの様で学年の制限もなく(中略)上級生の中に非常に上手な方があって、その人のボールは人々の頭の上を飛んで敵のゴールの中に見事にはいります。それを味わうのがとても気持ちがよくて、毎朝一列車早い汽車に乗りました」
(『丸亀高等学校創立第80周年記念文集』より)
(4)大正9年10月、ボールがすべて廃棄された……
女学校の備品簿によれば、明治39年(1906年)に県からボールを1個購入。値段は4円。現在の8万円ほどの価値であった。その後は買い足し、買い替えを繰り返し、大正2年(1913年)には8個保有していることがわかる。そして大正9年(1920年)10月1日、当時あった8個すべてを廃棄したと記録されている。
(5)ボールを廃棄した年の運動会。最後のフットボール
大正9年(1920年)11月13日。ボールの全廃棄が決まってから約1カ月後の運動会でフットボールをプレーする写真が撮影された。これを最後に、この女学校におけるサッカーの記録は一切途絶える。
以上が丸亀「大正のなでしこ」の史実だ。
■演劇部OGが母校の顧問に。先輩たちの青春を、後輩たち現役部員とともに作品化
「なぜボールがいっぺんに破損し、捨てられたのか」
「なぜ捨てられたのに運動会で行われたのか」
これらは今もわかっていない。しかしこの時代、高等女学校は義務教育ではなく、ある程度裕福な家庭の(主に12~16歳の)お嬢さんが通う「良妻賢母教育」を旨とする学校であったことは確かだ。足でボールを蹴るフットボール(フートボール)なるものが「女性にふさわしくない」と世間から思われていたことは想像に難くない。
女性とスポーツの関係を裏付ける参考資料として、同時代に生きた女性アスリート人見絹枝(1928年アムステルダム五輪・陸上メダリスト)の自伝を引用する。やはり大正9年(1920年)、岡山高等女学校に入学しテニスに興じていた彼女は、祖母から次のように愚痴られるのである。
「お隣の元恵さんを見たらええ。お前のような者とちがってお茶やお花ですっかり綺麗になっている、ムキになってラケットとかいうものを振回して何になるんぞ」(『スパイクの跡』人見絹枝・著、1929年初版発行より)
丸亀高校演劇部OGで、2018年現在は同部の顧問を務める豊嶋了子(とよしま・のりこ)教諭は、自らの母校に起きた100年前の実話ミステリーをジェンダー論と結びつけ、『フートボールの時間』の脚本を執筆した。サッカーと出会った女学生たちの青春と、そこから一転「女性は女性らしく」という役割に縛られ苦悩する姿が、この作品を貫く。豊嶋教諭はちょうど1年前の初演時に、地元紙の取材に次のように答えている。
「当時、立場の弱かった女性が、時代にあらがうようにボールを追った心情に迫りたい」(2017年9月7日・朝日新聞デジタル)
どうしてサッカーを奪われなければならないのか。
どうして女は「自分」を生きてはいけないのか。
どうして私は、女に生まれてしまったのか。
そんな女学生の、魂の叫びが伝わってくる。
そしてエンディング。最後のセリフは100年という時を飛び越えて、現代の私たちへと強いメッセージを投げかけてくる。
創設30周年を迎えたなでしこリーグを、今後さらに盛り上げていくために私たちにできることは? また、東京オリンピック・パラリンピックを控え世界から注目される日本のスポーツ界および社会全体が、性差別やハラスメントを一掃するには、どうすればいいのか? 丸亀の史実と『フートボールの時間』を通して、そんなことも考えさせられた。
この物語は単なる昔話ではない。
100年後の「いま」を生きる、私たちの物語だ。
取材協力=香川県立丸亀高校・豊嶋了子教諭、馬場康弘元校長、鶴岡英作校長、同校演劇部員のみなさん
執筆者:江橋よしのり
2003年から女子サッカーを中心にスポーツを取材。FIFA女子プレーヤー・オブ・ザ・イヤー投票ジャーナリスト。主な著書に『世界一のあきらめない心』(小学館)『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』(講談社)、児童小説『猫ピッチャー』『イナズマイレブン』シリーズ(いずれも小学館)など。
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