ARTA NSX-GT、第6戦勝利の裏側。“あえて”切羽詰まった無線に表れた野尻智紀のチーム牽引力
2021スーパーGT第6戦オートポリスの予選日、「野尻(智紀)が怒っている」という関係者の証言を耳にした。サクセスウエイトが軽めなこともあり、ARTA NSX-GTは第6戦の優勝候補筆頭に挙げられていたものの、公式練習の混走枠では15台中の14番手。GT500専有走行枠では3番手に浮上したが、それは予選と決勝スタートで履かないほうのタイヤを装着したタイムであり、あまり参考にならない。
『本命マシンどうした?』という空気が流れるのも必然。『怒り』の感情が湧き上がるのも無理はないだろう。
今季のARTA NSX-GTは、速さが結果に結びつかないまま5戦を消化してしまっていた。次戦以降はハンデが軽減されチャンスが少なくなるため、今回は絶対に獲らなければならない。そこで、抜かりなく準備すべく、レース前の定例ミーティングの内容をより入念に行ったという。その場には、通常は参加しないメンバーも加わって、いつも以上にオープンに話し合ったのだという。
「ドライバーにそこまで言われたくない、と思ったスタッフもいたかもしれない」と野尻は語っていたが、それもすべて「チームを強くしなければいけない」という使命感から。エンジニアのライアン・ディングル氏も、「日本人は遠慮してしまう傾向にあるけど、そこで正直に話せて良かった」と、その時間がいつも以上に価値のあるものだったと認めている。
こうして準備万端で乗り込んだはずだったが、走り始めてみたらマシンは思わしくなく、いきなり暗雲が立ち込める。予選はなんとか4番手の位置を確保したものの、自分たちより重いマシンが前にいる。浮かない表情の野尻を予選後に直撃した。
「空力が上手に使えていない感じがあります。プッシュしたらオーバーではなくアンダーになったりと、ドライビングとしては難しいところで走らなくてはいけない。どんな運転でもバランスが変わらない状態になっていない」
オートポリスは、GT300の車両を追い抜く際ラインを外す場面が多く、懐の深いステアバランスが求められる。その理想形に到達していなかった。その理由のひとつは「低すぎる車高」にあると感じた野尻は、予選後に盛んに車体のなかを覗き込んでいた。かくして、マシンは今季のレースウイーク中最大級の大ナタを振るうことになった。ディングル氏は、その方向性は「レースで強いクルマ」を目指したという。
「予選と比べて決勝では一発の速さは不要。だからコントロールしやすく、かつラップをコンスタントに維持できるように。過去のデータを参考にして、かなり変えました」
翌日の決勝直前のウォームアップでステアリングを握った福住仁嶺は、生まれ変わったマシンのフィーリングに確かな手応えをつかんだ。ただし、前日にロングランのデータが取れていないこと、ピックアップの影響が予想されることなど、不安がゼロになったわけではなかった。
「いままでも途中でペースダウンして、その理由がデータを見ても分からないことがあったから」と福住。
手応え充分、でも不安ありな状態でスタートした福住のスティントは、セーフティカーが2回入るという荒れた展開になった。オートポリスはそのレイアウトからマシン同士の接触が多いコースで、セーフティカー介入率が高い。
また、前を走る2台のダンロップ装着マシンは、スティント後半にペースダウンする傾向にあることから、早めのピットインでアンダーカットする戦略が効果的と踏んでいた。そしてその思惑どおりの展開になっている。同じような戦略をとるチームもいるなか、アウトラップのポジションも冷静に見極めて27周目に2番手走行の福住を呼び寄せた。
後半を託された野尻はクリーンエアのなかを走ることができ、トップのModulo NSX-GTの前に出ることに成功。その後Modulo NSX-GTのタイヤが温まり、ARTA NSX-GTの背後に迫ったが、野尻は慌てず騒がず。
「追いつかれた時点では向こうのほうが分があったと思うけど、セクター3ではまず抜かれないかと。多少ダーティに見えた部分はあったかもしれないけど、どうしても勝ちたかったので、隙は絶対に見せないように走った」
ピットで野尻の走りを見守っていた福住は、安心して見ていたという。
「先週もスーパーフォーミュラでチャンピオンになったばかり。流れは野尻さんのもの。今回こそはまともに終えられるだろうと思いました」
野尻も「このままならいける」とは思いつつも、無線ではあえて緊張感を持たせていたという。
「後ろとのギャップやそのペースとか、たくさんのインフォメーションを教えてくれと、あえて切羽詰まった雰囲気でチームに伝えていました。自分自身も気を抜いてはいけないと思っていたし、チームにも緊張感を保ってもらいたかったから」
そうして、野尻もチームもピリッとした空気が崩れることなく、待望のトップチェッカーをくぐることができた。優勝後のパルクフェルメでは力強いガッツポーズを見せた野尻だったが、その後のテンションは平常値に戻った。それは『チーム野尻』が完成途上にあるからだろう。
近年の野尻のコメントは端々に『責任』という言葉が目立つ。ホンダの看板を背負い、チームの大黒柱として牽引する責務を突き詰めようとしているように見える。それはマシン作りにも言え、『クルマのことはエンジニアに丸投げ』ではなく、『エンジニアとの共同作業』という認識だ。その成果が今回はしっかり出た。
「ドライバーが望んでいたような感度が出てくれた。それが狙って出てくれたことが大きい」と野尻は言う。これまではハマれば速いが、そこに再現性が少なく、浮き沈みが激しかった。でも今回はそれをコントロールしたうえで、結果を出した。これで次戦もてぎの楽しみが増えた。
現在ランキングは、数字上はSTANLEY NSX-GTが圧倒している(ARTA NSX-GTとは25ポイント差)。だが、今回得た手応えが次で通用したら、最終戦富士での真っ向勝負も考えられなくもない。第2戦富士では、ARTA NSX-GTがホンダ陣営予選最速で、決勝もトップを走るなど強さを見せた場所なのだから。
※この記事は本誌『オートスポーツ』No.1563(2021年10月29日発売号)からの転載です。
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