なぜヒトはヒトを食べたのか? 明治時代のヤバイ禁止令、骨噛みの風習…共喰いの禁忌
古今東西、人肉食が広く分布していたことは有名である。一般に「カニバリズム(cannibalism)」とは、人類の共喰いを意味している。欧州、南北アメリカ大陸、アフリカ、アジア、オセアニアと歴史上どこへ行っても、その事例は枚挙に暇がない。人類は人類を食べてきたのだ。
欧米で千年前に流行った共喰い
現在、世界をリードする「文明的」な欧米諸国だが、たとえばスペインの先史人類は敵対部族を殺し、人肉を食べたことが考古学的に判明している。また十字軍が遠征先の現地住民を殺して食べたこと、修道士たちが聖人トマス・アクィナスを調理したことは非常に有名だ。イエス・キリストでさえ「人の子の肉を食べ、その血を飲む者は」と象徴的に語ったが、当時のローマ帝国では「キリスト教徒は他人の赤子をさらい秘密の晩餐にて、その肉を貪り、その血を啜る」カルト集団として認知されていた。もはや欧米において人肉食が流行っていたと考えても不思議ではない。
なぜ人間はヒトを食べるのか
では、なぜ人類は同種族の人間を食べるのか。日本の事例で興味深いものがある。国立国会図書館所蔵のある記録によれば、明治時代にヤバい禁止令が出ていた。「死刑後の余った死骸を用いて刀剣の試し切りに使うこと、また霊薬錬成のために死体から臓器を取り出し密売することを禁止する。
原文リンク:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787950/118
1870年に明治政府が出した禁止令である。厳禁と命じなくてはならないほど、当時の日本では、この風習が一般的だったのだ。「人胆」とは人間の肝臓の天日干しした漢方薬であり、「霊天蓋」とは脳髄のことである。
文化人類学において「食人俗」は非常にポピュラーな研究テーマだ。吉岡郁夫「身体の文化人類学―身体変工と食人」(1989)、ヴィヴェイロス・デ・カストロ「食人の形而上学: ポスト構造主義的人類学への道」(2014)など多くの人が知るところである。では「食人」とは何なのか。
まず学問的にカニバリズムは、まず「社会的な行為か/否か」が問われる。飢餓や緊急避難のための食人は「カニバリズム」には含まれない。たとえば葬儀における「骨噛み」の報告がある。民俗学者・近藤雅樹(1951-2013)の研究ノート「現代日本の食屍習俗について」(2012)には、このようにある。
火葬後,近親者が集まり,遺骨を粉にして服用する……習俗が日本のいくつかの地域で近年までおこなわれていた。公然とではないが点在していた……淡路島南部,愛媛県越智郡大島,愛知県三河地方西部,新潟県糸魚川市。近親者による食屍は,アブノーマルなことに思われる。しかし,長寿を全うした者,崇敬を集めていた人物が被食対象となっていることからは,死者の卓越した生命力や能力にあやかろうとする素朴な思いが反映し……最愛の妻などの遺骨をかむことに対しても,哀惜の感情が表明されている。これらの行為は,素朴な人間感情の表出であると考えてよい。「現代日本の食屍習俗について」(2012)
つまりカニバリズムとは、まず宗教的/社会的な意味を持つ共喰い行為を意味する。哀悼惜別のために人類はヒトを食べるのだ。では、もっとシンプルな、それゆえ恐ろしい「人肉食」とはいかなるものか。日本でも有名な事件がある。そう佐川一政「パリ人肉事件」である。
日本人カニバリズムの世界
ドキュメンタリー映画『カニバ パリ人肉事件38年目の真実』は、第74回ヴェネチア映画祭でオリゾンティ部門審査員特別賞した作品だ。パリ留学中の1981年、佐川一政はオランダ人女性を射殺して屍姦のち遺体を食す猟奇事件を起こした。この事件には戦慄とともに恐怖しかない。しかし、人肉食の恐怖は日常生活に潜んでいる。「手首ラーメン事件」である。
事件は1978年、暴力団の抗争によるバラバラ殺人事件の遺体が西日本山中で発見されたことに始まる。しかし手首だけが見つからなかった。捜査の結果、指紋で身元バレするのを恐れた犯人が処理に困り、シノギのラーメン屋で手首で出汁をとったと供述した。当時、それとは知らず手首出汁のラーメンを食べた人がいるかもしれない。
世界で頻発するカニバリズムの背後に……
ところが「人肉食」は哀悼惜別のためだけではない。たとえばロシアでは2008年に悪魔崇拝の少年少女らが友人らを4名を殺害した後に食す事件があった。犯行動機は、悪魔からの逃亡だという。2009年には、ユーリ・モジノフらが自分たちのバンドのファンの少女カリーナを殺害しジャガイモと彼女の肉を一緒に焼き、恋人に振るまう事件が起こっている。一方アメリカでは2012年、世界を震撼させた「マイアミゾンビ事件」が発生した。果たして「人肉食」は、哀悼惜別のためだけなのか。それとも人ならざる何者かの存在が背後に潜んでいるのか。なぜヒトはヒトを食べたのか。謎は深まるばかりだ。
※当記事は2022年の記事を再編集して掲載しています。
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