なぜ移住者の商売に地域は冷たいのか?「田舎は閉鎖的だ」では何も解決しない
2023年7月7日(金)6時0分 JBpress
田舎暮らし、地方移住、田園回帰…。そんな言葉が注目されるようになって、どれくらいが経つのだろうか。農山村の専門家チームがまとめた『移住者の地域起業による農山村再生』(2014年、筑波書房)によると、今日に続く流れがはじまったのは、バブル経済が過去のものとなった1990年代後半以降。中高年の「定年帰農」や、「新・農業人フェア」のスタートによる現役世代の就農意識の高まりが、そのきっかけになったとされている。
そんな大きな傾向とは裏腹に、足元では、移住者と地域をめぐってネット界隈が「炎上」するシーンが目立つ。「ほら、田舎は閉鎖的だ」。SNS上の言説が「都市vs.田舎」の二項対立を煽り立てている。地方移住、とりわけ移住創業をめぐる現状は、いったいどうなっているのか。受け入れ地域と移住者、それぞれが意識すべきことは何か。日本政策金融公庫総合研究所の研究員がレポートする。(JBpress)
〜 中小企業の今とこれからを描く 〜
日本政策金融公庫総合研究所では、中小企業の今とこれからの姿をさまざまな角度から追うことで、社会の課題解決の手がかりを得ようとしています。最新の調査結果を、当研究所の研究員が交代で紹介していきます。初回のテーマは移住創業と地方の活性化です。
(桑本香梨:日本政策金融公庫総合研究所 主席研究員)
4人に1人が「なじめていない」
コロナ禍も影響して関心が高まっている地方移住。移住する人のなかには、その地域で自ら商売を始める「移住創業者」もいる。
移住創業には、本人のライフスタイルを豊かにするだけでなく、少子高齢化の著しい地方の経済を活性化することも期待されるが、当研究所が行ったアンケートでは、移住創業者の4分の1が移住先地域になじめていないという(図1)。
加えて特筆すべきは、そうした移住創業者に対する地域住民の姿勢だ。
住民の大半が歓迎の姿勢を示す一方で、移住者の支援に自ら関与するかどうかということに対しては、消極的になる傾向がみられた(図2)。
※調査の詳細はこちら:日本政策金融公庫総合研究所『調査月報』(2022年7月号)
移住創業を盛り立てて地方経済の潤滑油にしていくためには、このようなミスマッチを減らしていく必要がある。
望まれる取り組みについて、移住者と地域住民の両面から、事例も交えつつ考えていく。
移住前から地域行事に参加する
移住創業を考える際には、まず地域のことをよく知っておくだけでなく、自分が何者であるか、どのような事業を行おうとしているのかを、地域住民に知ってもらうことも大切になる。
住民のなかには、知らない人が近所で生活することや事業を始めることに不安を覚える人が少なからずいるからだ。
鹿児島県南九州市の頴娃町(えいちょう)に移住して、古民家を改装した貸し切りの宿「福のや、」を開いた福澤知香さんは、移住前に何度も町へ遊びに訪れた。
地元のイベントにも参加して住民と顔なじみになり、移住する頃には地域の慣習にもすっかり詳しくなっていたそうだ。
福澤さんのように、地域の催しなど地元の人が集まる場に参加することは、住民に認知され、地域になじむきっかけになる。
しかし、アンケートでは移住前後に地域の活動に参加した移住創業者は少ない。
「参加した」との回答が最も多かった地元の祭りでも、移住前で12.5%、移住後でも21.1%にとどまる(図3)。地域の祭りは住民の多くが参加するため、彼らとの交流のきっかけをつくるチャンスになるはずだ。
いきなり移住するのではなく、まずこうしたイベントに参加して地域の雰囲気を知り、住民と交流することが、移住創業の失敗を減らすことにつながる。
生活インフラの不便さを知る移住体験ツアー
互いを知るためには、地域側からも十分な情報を発信すべきである。
地方ならではの魅力だけでなく、都会に比べて生活インフラが不十分であること、人間関係が濃密であることなどもオープンにしていくことが、認識のずれをなくして後々のトラブルを避けることにもなる。
山口県周防大島町では、年3回、1泊2日の移住体験ツアーを開催している。
巡るのはスーパーや病院など、移住後の生活に欠かせないインフラが中心である。そのほか、地域の清掃活動に参加したり、地元住民と交流したりして、移住後の生活をイメージしやすくなるようサポートしている。
地域おこし協力隊は移住創業のトライアルに
地域おこし協力隊としての活動も、本格的に移住する前のトライアルになり得る。
任期付きで過疎化の進む地方に移住して、自治体と連携しながら地場産品の開発などの地域おこし支援や住民の生活支援といった地域協力活動を行う制度である。
その地域の実態をよく知る機会になるだけでなく、協力隊卒業後にその地域で生活していくうえでサポートしてくれる隣人を得ることもできる。
徳島県神山町に移住してゲストハウス「moja house」を始めた北山歩美さんは、最初、知らない土地で商売をすることに不安を感じていた。そこで、まず地域おこし協力隊として町に入り、協力隊の活動以外でも地元の集まりに積極的に参加するなどして知り合いを増やした。
彼らは、コロナ禍となったとき、近隣のお年寄りを気遣って宿を休業した北山さんのために、アルバイトを紹介してくれたりしたという。
「引き返す」選択肢をもった計画を
移住は個人にとって人生の一大事である。「引き返す」という選択もできるように、ゆとりをもって計画することが望ましい。
岐阜県郡上市八幡町の「チームまちや」では、空き家を整備して短期間お試し移住ができる「お試し町家」を行っている。町への移住を検討している人に、家具一式を備え付けた空き家を1〜3カ月程度貸し出すサービスである。
一度移住してしまえば簡単にやめることはできない。戻れる場所を残した状態で仮移住してみてからの方が、移住の決断に失敗がなくて済むとの考えである。
チームまちやでは、お試し町家の車庫をチャレンジショップの場にしている。町なかでカフェ「HARMONYほとり」を経営する梶田香里さんは、この制度を利用した一人だ。
チャレンジショップでかき氷店をしながら数カ月間暮らし、近隣の商店主たちから家賃相場や商売の繁閑などの情報を収集したり、近隣のカフェを巡って下調べをしたりした。息子も自然のなかで思い切り遊んで町をすっかり気に入り、家族で移住を決めたという。
移住創業者がなじむことは地域経済に重要
自分のやりたいことや望む暮らしが、移住予定先で得られるとは限らない。また、創業しようとする事業がその土地にはなじまないこともある。
地域の実情をよく理解してから移住創業できるよう、個人も自治体も互いを知ろうとする積極的な姿勢が求められる。
ちなみに、アンケートによると、移住創業者の創業した事業が「黒字基調」である割合は、地域になじめている人では67.5%だが、なじめていない人では42.1%と半数を下回る。
定住の意向を尋ねても、なじめていない場合は「その予定」との割合が23.7%と少なく、42.1%が「まだわからない」と答えている(図4)。移住創業者が地域になじむことは、受け入れる地域の経済にとっても重要であることを認識しておかなければいけない。
自治体のなかには、移住創業者と地域の間で行き違いが起こらないように、事業の内容をある程度コントロールしているところもある。次回は、その取り組み事例も紹介したい。
(続く)
筆者:桑本 香梨