安い「中華EV」が大量に流れ込んできただけ…「EVシフト」を強いられた欧州の自動車メーカーの悲惨な現在地
2025年1月8日(水)6時15分 プレジデント社
2024年11月27日、演説する欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長(フランス北東部ストラスブール) - 写真=時事通信フォト
■自動車産業との戦略対話を開始する欧州委員会
欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は12月19日、年明けからヨーロッパの自動車産業の将来に関する戦略対話を開始すると発表した。これは、先の11月27日にウルズラ・フォンデアライエン委員長が欧州議会で行ったスピーチに従い、各メーカーや業界団体、労働組合などと意見交換を行い、業界の将来を議論する枠組みだ。
写真=時事通信フォト
2024年11月27日、演説する欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長(フランス北東部ストラスブール) - 写真=時事通信フォト
フォンデアライエン委員長ら欧州委員会の執行部が描いた電気自動車(EV)シフトの結果、EUの自動車産業は大きな痛手を被っている。自動車産業にディーゼル車に代表される従来型の内燃機関車(ICE車)からEVへの強制的な生産の転換を強いる一方、中国からは安価なEVが大量に流入する事態を招いたのは、欧州委員会にほかならない。
これまでも、ヨーロッパの自動車産業団体である欧州自動車工業会(ACEA)は、欧州委員会に対して、EVシフトの在り方を見直すように訴えかけてきた。またACEAなど経済界と近い欧州議会の最多会派の中道右派・欧州人民党グループ(EPP)も、EVシフトの修正を試みてきた。しかし欧州委員会は、譲歩には慎重な立場を取り続けた。
そうはいっても、2024年に入って明確となったEV市場の不振や、それを受けた域内の自動車産業の著しい不調を受けて、欧州委員会も立場を変えざるを得なくなったようだ。とはいえ、EVシフトという錦の御旗そのものを下すことはできないから、戦略対話というかたちをとって自動車業界の「ガス抜き」を図るというのが実際のところだろう。
戦略対話では、①データ主導のイノベーションとデジタル化の推進、②産業の脱炭素化支援、③雇用・技能、④規制枠組みの簡素化と近代化、⑤需要促進と財源強化の5つの領域に関して議論がなされるようだ。詳細はさておき、こうした大枠からも、欧州委員会がEVシフトの路線そのものを堅持している点が、明確に窺い知れるところである。
■EV不振の一方で進まない業界のリストラ
ここで、2024年のEUの新車販売動向を確認してみたい。直近のデータが11月までであるから、24年通年のデータは1〜11月期の累計台数を年率換算したもので代用しているが、24年のEUの新車販売台数は1060万台程度と前年の1055万台からほぼ横ばいとなる見通しだ(図表1)。2年連続で1000万台の大台をキープしたことになる。
注目されるのは、ハイブリッド車(HV)とEVとで好不調が分かれたことだ。HV車は前年比約2割増となる320万台程度まで市場が拡大し、好調だった。排ガス規制の強化で各メーカーがHVの供給を強化したことが大きかった。他方で、EVは同約1割減となる140万台程度にとどまった。購入補助金がカットされたことが不調の主因だ。
国別には、最大の市場であるドイツでEVの登録台数が前年から3割近くも減少しており、不調が目立つ。EU最大の経済力を誇るドイツでさえこの様子であることが、ヨーロッパにおけるEV不振を端的に物語っている。各社ともEV不振が長引くと予想しており、現状では国際競争力に乏しいと考えているため、事業のリストラを模索している。
世界を代表する完成車メーカーであるフォルクスワーゲン社も、ドイツ国内の工場の閉鎖を計画していたが、労組による強い反発を受けて撤回を余儀なくされた。これではリストラなど進まず、ドイツの自動車産業は競争力を回復させることできない。自動車産業はドイツ経済に深く組み込まれているため、ドイツ経済そのものの不調につながる。
フォルクスワーゲン社などドイツの完成車メーカーは、もともとEVシフトには慎重な立場であったが、欧州委員会に押し切られるかたちで、EVシフトに着手せざるを得なくなった。ドイツの完成車メーカーの苦境は、ドイツ自体の問題も大きいが、欧州委員会が描いた性急なEVシフトという産業政策の影響によるところも、非常に大きい。
■限界が明確となったブリュッセル効果
米中二大国の狭間にあり経済力に劣るEUは、規制の輸出に努めることを通じて、国際社会において影響力を行使しようとする。EUが域内市場で規制(ルール)を設け、その域内市場での取引(ゲーム)に各国の事業者(プレイヤー)を参加させ、そのゲームのルールをグローバルに普及させようとする。いわゆる「ブリュッセル効果」だ。
EUでは、個人情報の保護を義務付けた「一般データ保護規則」(GDPR)が2016年5月に発効し、18年5月より適用された。日本でも近年、個人情報の保護が強化されているが、これはGDPRの影響を確かに受けた流れだ。GDPRは欧州委員会にとって大きな成功体験になったようだが、それ以外の分野では成果に乏しいのが実情である。
EVシフトに関してもそうである。2035年までに新車からICE車を排除し、実質的にEVに限定するという野心的なルールを導入することで、EUはEVシフトというグローバルなゲームを作り上げ、各国のプレイヤーを巻き込み、自らのその頂点に据え置こうとした。しかし現実は厳しく、むしろEU経済の国際競争力を削ぐ方向に働いている。
EUは中国を目の敵にしているが、もともとEVのようなモノに関しては、中国のような経済に比較優位性があることは明確だ。人件費も安く工業力に富んだ中国は、モノの大量生産に向いている。それにEVに必要な原材料、特に鉱物は中国で採掘される点も大きい。比較劣位にあるEUが産業政策でそれを巻き返すこと自体に無理がある。
■政府がすべきことは産業の後押し
筆者は、フォンデアライエン委員長が欧州議会で再任された11月末に、期せずしてベルギーの首都ブリュッセルに居て、有識者と意見を交わしていた。その際、日本ではブリュッセル効果という言葉が一部で肯定的に紹介されているが、当のブリュッセルではその言葉は廃れて、もはや風前の灯火だという意見が聞かれたのが、実に興味深かった。
写真=iStock.com/ollo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ollo
欧州委員会はEVシフトというかたちで自動車産業ゲームのルールを変えようとしたわけだが、それが上手く行っていないことは明らかだ。自動車の電動化そのものはメガトレンドだとしても、フォンデアライエン委員長らが描いた戦略観は急進的過ぎたのだ。それにルール改変のために必要なマネーも、EUは中途半端にしか供給しなかった。
EUの財政規律を考えた場合、メーカーが望むような潤沢な支援も不可能だ。それでも、EUはEVシフトという錦の御旗を下すことはできない。その結果が、戦略対話ということになる。自動車産業としては今さらかという感は拭えないだろうし、形だけの対話を試みたところで、自動車産業が陥っている苦境の打開につながるとは考えにくい。
市場経済では、各企業が需要の動向を見据えながら供給の在り方を決める。EUのように、政府が需要の在り方を予測し、供給の在り方にまで口を出すことは、計画経済に他ならない。市場経済において政府がすべきことは企業の後押しであり、統制ではない。この点につき、EUの苦境から日本が学ぶべき点は大きいと言えるのではないだろうか。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)